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 -7 『後悔』

「そんな子がいたのね」


 エルクに、昔、婚約者がいたという話を聞かされた私はしらばっくれるように適当な相槌を打った。


 過去を思い返すエルクの表情はどこか切なげで、遠い目をしていた。


 まさか彼が私に『ナターリア』のことを話してくるとは思わなかったので、私はひたすら驚いた気持ちだった。けれどそれを表に出すわけにもいかず、平静を装っておく。


「思えば僕は、そんな彼女の相手をしていたせいで世話焼きな性分になってしまったのかもしれないね」


 エルクは苦笑するようにそう言った。


 そんな彼は、今、果たして『ナターリア』のことをどう思っているのだろう。聞きたいけれど、聞きづらい。本来は赤の他人であるはずの私がそんなことを言及するのは不自然に思えたし、エルクが彼女のことを引きずっていると聞いたせいで尚更できなかった。


 ――でも確かに、前世の私だってあれだけ傲慢な性格に育ったのはエルクが原因の一つかもしれないわね。


 お父様たちの財力で何不自由なかったのもそうだが、周囲から白い目で見られてもエルクという王子様が励ましたりしてくれる。そんなふやけるほどのぬるま湯に浸かっていたのだ。


 そこから飛び出した今となって、どれだけ『ナターリア』が擁護できない女だったのかと痛感させられる思いだった。


「……養豚所と言われても仕方ないわね」

「え?」

「い、いや。なんでもないわよ!」


 つい口に漏らしてしまい、私は大慌てで誤魔化した。まだ小声だったからちゃんとエルクには伝わっていないようで、彼は不思議そうに小首をかしげていた。


 あぶないところだった。


 ――でも、もしかするとエルクに知られところで大丈夫なんじゃないかしら。


 最近はそう思えるようになってきた。彼の人となりを少しずつ、前よりもずっと知ってきたからだろう。もし彼が私を『ナターリア』だと気づいても、すぐに処刑台に運ぶような薄情者とは思えない。


 ――いや、もしかしたらそう思わせるための演技をずっとして私をだましてる可能性も……うーん。


 どうにせよ、世間的に『ナターリア』は犯罪者の娘。どういう訳か娘にまで処刑させようという雰囲気すらあった。もし今になって私の存在が公に知られれば、たとえエルクは何もしなくても、他の誰かが私を糾弾してくるかもしれない。


 やはり誰にも知られないでいるのが一番だろう。


「僕はあの子を甘やかせるだけ甘やかして、ここぞという時に突き放した。救えなかったんだ。僕はどれだけ無責任なのだろうかと思った」


 エルクは後悔しているのだ、と痛いほどに伝わってくる。それが余計に、彼に対して私が抱いていた警戒感を和らげさせる。本当にそう思っているのだと、言葉の節々に感じたから。


 エルクは、私の敵ではない。


 安心感が私の心をすっと楽にしてくれた。


「……それにしても、よくそんな子を見捨てずにいられたわね」


 純粋な疑問を投げかけてみる。

 いくら婚約を決められていたとはいえ、あんな養豚所の豚をけなげに世話し続けるだろうか。どれだけの聖人君子なのだろうと思ってしまう。


 私の問いかけに、エルクは一瞬だけ困ったような顔をして、それからふっと小さく笑って答えた。


「どうしてか、って聞かれると不思議とあまり言葉が浮かばないんだ。けれど少なくとも、その時は――出会ったばかりの頃は違ったんだよ」

「え?」

「その子は決して、最初からどうしようもなく怠けようとしていたんじゃないんだ。ちゃんと、逃げずに踊ろうとしていたんだ。自分がそれが苦手なことをわかってても。だから助けたくなったんだ」


 そんな風に見られていたとは驚きだった。


「でも、助けすぎちゃったのかもしれない。そうしてせいで、できなかったら僕に甘えればいいってなっちゃったんだ。きっと。僕はいつも限度がわからない。クルシュにしたって、その子にしたって。つい気になって、手を出そうとしてしまう」


 確かにそうだと思う。

 エルクの良い部分でもあり、他人を堕落させる悪い部分でもあるのだろう。


「でも、本質は真面目な子だったんだって僕は思ってる。きっと生まれ変わって僕が甘やかすことなくいたら、きっとしっかり者に育っていたんじゃないかなって。そう思うよ」


 エルクの言葉に、私は何度も言えないむず痒さを覚えていた。


 まさかエルクにそんなことを言われるとは思わなかったのだ。不意打ちすぎて、口許がにやけようになってしまったのを必死にこらえてひた隠す。


「き、きっと買いかぶりすぎよ」

「そうかな?」

「そうよ。どんな理由があろうとも、駄目な生活を本人が選んで送ったんだから。たとえエルクがいなくても、きっとその子は死ぬまでそのままだったわ」


 そっか、とエルクが軽く息を吐く。


「ありがとう」


 急にお礼を言われ、私はびっくりして身構えてしまった。


 それからエルクは私の体調の無事を改めて確認すると、安堵した顔を浮かべて帰っていった。


 一人、部屋に残された私はいろいろと複雑な想いを巡らせた。


 エルクの『ナターリア』に対すること。

 それと、夢の中で見たあの嵐の夜の出来事。


 あれが本当のことなのだとしたら……。


 それ以上考えるべきか、もう終わったことだと忘れるべきか。私の中で思考はひどく混濁し、ただただ憔悴するように鬱屈するばかりだった。


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