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 -5 『目が覚めて』

 はっとなって私は目を覚ました。


 なんだか夢を見ていたような……けれど深い眠りの後のような混濁とした意識の中、目が覚めた私が見たのは、見慣れた自分の部屋の天井だった。


 ――あれ。私、どうしてここに。確か舞踏会の会場にいたはずなのに。


 靄がかかったような頭をどうにか整理して思い出そうとして数瞬。ふと自分が倒れたことを思い出し、咄嗟に体を持ち上げた。


 ――さっきのは……夢?


 わからない。

 なんだか意識が混濁していて、さっきのが夢だったのか、それとも『ナターリア』の中の記憶の一部なのだろうかすら判断が付かなかった。


 ――あれってどういうこと? お父様たちと一緒にいたあの人は――。


 ふと冷静になって、ようやく自分の思考が落ち着きを見せた。体中を流れたかのような大量の冷や汗を服で拭い、改めて自分の周りを見てみる。


 ここは私のベッドだった。

 しっかりと寝間着に着替えていて、丁寧に布団までかけられている。


 いったいどなっているのだろう。

 誰かが私をここまで運んできて、着替えさせたのだろうか。


 状況がつかめないまま困惑していると、


「ああ、起きたかい。よかった」


 声に気づいて振り返ったその先で、エルクがコップに水を入れて私の方へと持ってきてくれているところだった。彼はベッドのそばに置かれた机にそれを置くと、屈みこんで視線の高さを合わせ、私の顔を覗き込んできた。


「もう大丈夫かい?」

「……エルク?」

「動かないほうがいい。急に倒れたんだ。万が一もあるし安静に」

「ええ……って、なんで私の部屋にいるのよエルク!」


 当たり前のような顔をしてエルクがいたので突っ込みが一呼吸遅れたが、ここは私の部屋だ。しかも本来なら男子禁制の女子寮。巷で『ゴリラ』と言われている私と言えど恥じらいのある女の子なわけで、自分の部屋に勝手に男に入られていただなんて、乙女としてはとても複雑だった。


「なんでもなにも、倒れたキミをここまで運び込んできたんじゃないか」


 エルクはさも当然のようにさらっと答える。


「いやいや。貴方、ここは一応女の子の部屋なのよ!? 少しは遠慮ってものが……というか、せめてクルシュとか、いたでしょ?」

「ドレスってけっこう重たいからね。キミを運ぶのも苦労したんだよ」

「それは……感謝はするけれど」


 ふと、私は今の自分の寝間着姿にはっとした。


「ちょっと待って。これ、どうして私はドレスじゃないのよ。もしかして貴方……私が寝てる間に勝手に……」


 私をひん剥いて着替えさせたんじゃ――。


「ああ、違うよ。ここまではキミのお母さんについてきてもらったんだ。着替えとかもすべてやってもらってね。でも生徒の寮に学院の部外者が長居するのもいろいろ手続きがあって面倒でね。僕を信頼してくれて、世話を交代することになったんだ」

「あら、そう」


 それはひとまず一安心か。

 お母さんに聞けばすぐわかるし、そんな安易な嘘はつかないだろう。


 冷静になって周囲を見回すと、しかしまだ違和感があった。エルクがここにいるだけでも変なのに、不思議と自分の部屋なんだけど自分の部屋ではないような。


 ――あれ、あそこに置いてた服ってどこにやったっけ。あ、あそこにちゃんとかかってる。そういえば学院の宿題を机に出したままだったような。あれ、無い。しまってたっけ。


 よく見ると部屋もどこか綺麗になっている気がする。もう少し散らかっていたはずなのに。


「ああ、寝ている間に少し片づけさせてもらったよ」

「ええっ!?」


 私の思考を読んだようにエルクは微笑みながらそう言ってきたので、私は素っ頓狂な声を上げて驚いてしまった。


「来てもらった保健室の先生はただ気を失ってるだけだって言っていたから問題ないとは思っていたんだけど。目を覚ますまでは心配だったし、それまで暇だから何かしようと思ってね」

「あ、貴方……なにか変なもの触ってないでしょうね!」

「変なもの?」


 いや、特になにか心当たりがあるという訳ではないが、ここは私の自室だ。そこら中に私物があるし、ちょっと戸棚を開けたら恥ずかしい私のショーツなども簡単に見えてしまう。もし知らないところでそんなものを見られていたのだとしたら恥ずかしくて死んでしまいそうだ。


「大丈夫。ちょっと転がっているものなどを片付けただけだよ」

「……そう。ならいいけど」


 それも嘘ではないことを祈るばかりだ。


「どれほど倒れていたのかしら」

「そうだね。四時間くらいかな」

「……そう」


 窓の外を見てみればもう外は茜色の空が広がっていた。本当に長いこと寝ていたらしい。その間もエルクはずっと気にかけてついてくれていたのだろう。


 エルクは今、どう思っているのだろう。いや、どう思うのだろう。


 これほど親身に見守ってくれていた女がもし、処刑されるはずだった彼の婚約者だと知ってしまったら。今度こそ処刑だと糾弾してくるだろうか。


 いや、彼はきっと――。


「エルクって本当に世話好きなのね」

「え?」

「クルシュにだってそうじゃない。過保護というか、優しすぎるというか」

「そうかな」

「そうよ」


 無自覚なのだからなお凄い。


「昔からそうなの?」

「うーん、どうだろう」


 エルクは小首をかしげて思いふけるように中空を見やった。


「そうかもしれないね。でもそれはきっと、あの子のせいなのかも」

「あの子?」


 不思議に顔をひねった私に、エルクはふふっと微笑を浮かべた。


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