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 -4 『いつかの夜に』

 ――――――――。



 あれはいつのことだっただろう。

 随分と夜は更けていて、お屋敷の使用人たちもほとんど帰ってしまった頃合い。外は嵐のような大雨だったというのに、こんな真夜中に、まるで人目を隠れるように屋敷を訪ねてくる馬車があった。


 私――ナターリアは、静まり返った屋敷に急に響いた扉の音で目を覚ました。確かその日は、私が十四歳になった誕生日のお祝いとして買ってもらった大きなクマのぬいぐるみが届いて、抱き枕のように可愛がって一緒に眠っていた。


 聞きなれない夜中の物音に気付き、私は部屋を出た。寝ぼけ眼を擦り、幼子のようにクマのぬいぐるみを引きずりながらその音がする方へと足を進めた。


 広々としたエントランスには、こんな時間にもかかわらず、正装をしたお父様とお母様がわざわざ来客を出迎えていた。


 やって来たのは真っ黒な外套を深くかぶった男たち数名だった。服装からしてどこかの使用人だろうか。その中の一人がお父様たちの前に出る。彼はあまり整った格好をしておらず服もどこか小汚くてみすぼらしさはあるが、そんな男に対して、お父様たちはとても畏まった様子に迎え入れていた。


 その一人だけを、お父様とお母様は丁重に応接室へと案内した。どこかのお屋敷の使用人かと思ったが、それにしても扱いが丁寧すぎる。


 私はそれがすごく気になって、真っ暗な廊下で部屋の明かりが漏れる扉のわずかな隙間から、お父様たちのことを覗いていたのだった。


 彼らの話はとても難しく、それでいてひそひそと小声だったので、私にはいったい何のことだかまったくわからなかった。ただお父様もお母様も真面目な顔をしていて、その部屋に灯ったランタンの明かりは、まるで不気味な影を差すようにゆらゆらと揺らいでいた。


 当時の私にはわかるはずなどなかったが、今にして思えばその時からお父様たちの様子はおかしかった。それからしばらくしてお父様たちはクーデターを企てた謀反人として処刑されることになる。


 お父様たちは非常に自尊心が強く、私腹を肥やしているだけだというラスケス家への批判について非常に疎ましく思っていた。だが傲慢ではあれどそれほどの悪人ではなかった。だから私も、そんな両親がクーデターを企てるなんて信じられなかったくらいだ。


 社会的にはお父様たちが首謀者として処断されたが、もしかするとこの外套の男こそ、お父様たちにクーデターを吹き込んだのかもしれない。


 やがて彼らの話し合いは終わった。

 応接室から出てくる彼らに気づかれないように私は物陰に隠れた。


 外套の男はお父様たちに見送られて帰るようだった。エントランスで待っていた他の外套の男たちに混じり、帰宅の準備をしていた。目で追っていた私には区別がつくが、こうまで同じ格好をした使用人のような連中が並んでいると、誰がさっきの外套の男なのかわからなくなりそうだ。


「また来てもらいたい。今度までにはいろいろと考えさせてもらう。その時にはもっと明るい返事もできることだろう」


 送り出すお父様が外套の男に向かって言っていた時、


 ――あっ。


 物陰から覗いていた私はつい近くにあった小棚の花瓶を倒してしまい、ことん、と夜の静間に満ちた廊下に音が響く。


「誰だ!」


 咄嗟にお父様が叫んで私の方を見つめてきた。

 私は咄嗟に隠れることもできず、仕方なく顔をのぞかせたのだった。


「……なんだ、ナターリアか。うちの娘だ。心配することはない」


 物音の外套の男も物静かながら気にかけて振り向いていたが、お父様が私をそう紹介するとまるで興味がなさそうに帰り支度を続けていた。


 私はお母様に引き寄せられ、一緒にその外套の男たちを見送ることになった。誰かもわからない。何をしに来たのかもわからない。ただ、顔が見えなくて、私は何よりも恐いという感情が強かった。屋敷の屋根を叩く強い雨音と遠くで光る雷のせいもあるだろう。けれど私は、まるで表情がわからないその外套の男がひどく不気味に思えたのだ。


「本当に今日はありがとう」


 帰り支度も終えて家を出ようとする外套の男にお父様が声をかける。


「次に会うときは上物のワインでも用意しておこう。私の親身にしている領主が作らせているものでね。きっと貴方も気にいるはずだ――『ノーベルザーク』卿」


 お父様の言葉に、場の空気が凍り付いたように静まり返った。その言葉をかけられた男が、その被った外套の下から凄むような目つきで睨んだのだ。


「気を付けられよ、ラスケス卿。どこで誰が聞いているかもわからぬものだ。そう、この少女のように。物事はぜひ慎重に。でなければ、もし万が一のことがあれば大事なことを知ってしまったこの少女すら不幸な目にあわなければならなくなってしまうゆえ」

「あ、ああ……すまない」

「私はどうも心配性なのでね。くれぐれも失態のなきよう。でわ、また後日――」


 そうして外套の男は帰っていった。

 お父様の気まずそうな顔と、お母様の心配そうな不安顔ばかりが私の頭にこびりついていた。


 それからしばらくして、両親によるクーデターの話が世間に知られ、二人はそのまま処刑されることとなったのだった。



 ――――――――。


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