-3『遭遇』
「うちの娘をよろしくお願いします。あまり可愛げはないですが」
「どうか末永く。どうか、どうかこのご縁を結んでくだせえ。あまり可愛げのない子ですが」
二人して実の娘のことをそう言うのはどうなのだろうか。いじめか。
しかしエルクもまったくそれを「そんなことないですよ」なんてフォローするわけでもなく、
「こちらこそよろしくお願いします。おとうさん、おかあさん」
ただ笑顔で二人と手を交わしていた。
「まあ! 王子様の手に触れちゃったわ!」
「はは、よかったな。だが、お前の王子様は俺だぞ」
「ちょっとあなた、手に触れないで。せっかくの王子様の感触が消えちゃうじゃない」
「ええ……」
上品さの欠片もない二人のガサツな会話に、ははっ、とエルクが笑い声をこぼす。悪くは思われていないようだが、私としては「もう帰って」と言いたいくらいに恥ずかしかった。
「それじゃあ私たちは美味しそうなたっぷり料理を堪能しておくわ。あっちに用意されていたの。全部おいしそうだったし、ぜーんぶ食べちゃおうかしら」
「来賓ならいくらでも食べていいらしいぞ。留守番してくれてるマリーの分も持ち帰ってやりたいな」
「お願いだからやめて、二人とも」
意気揚々とご機嫌に会場を出ていった両親たちを、私はあきれ顔を浮かべながら見送った。
「明るいご家族だね」
「品がないだけよ。ただの農家だもの」
「それはただの出自にすぎないだろう。貴族でも品のない人はいるさ。それこそ、とても人間とは思えないような人もね」
「……?」
そうなのだろうか。
まあ、貴族だっていろいろだ。人数もそれなりに多い。
「それじゃあ次に行こうか。あとは……ああ、あそこか」
エルクに手を引かれ、更なる挨拶回りへと歩かされる。
――まだなの? これじゃあダンスの前に疲れちゃうわ。
せっかく練習したのに、ヘトヘトではまともにできないかもしれない。これで衆人環視の前で転びでもしようものなら、恥ずかしくてもう二度と人前に出れないかもしれない。
もうそろそろ終わってよ、と沈んだ気持ちのままエルクについていくと、ふと彼が立ち止まってこれまでにないくらい丁寧にお辞儀をした。
「やあ、エルク様。ごきげんよう」
「ノーベルザーク卿も来ていらっしゃったのですね」
どうやらエルクが尋ねたのはミゲルの父親のようだ。
「おかげさまでというか、なんというか。近頃は大きな事件もなく暇なものでね」
「いえいえ。王国兵の皆さんがしっかりと秩序を守ってくださっているからです。本当に感謝しています」
エルクも畏まった様子で丁寧に言っている。
彼も王族とはいえ継承権は低い。三大権力の一つを統括するノーベルザークには迂闊に失礼な態度はとれないのだろう。爵位も最上位である公爵だ。王族の次に偉い。
――ミゲルの父親ねえ。どんな人なのかしら。
ナターリアも同じく公爵位の生まれだったが、私はおそらく一度も会ったことがないだろう。少なくともそんな人物と面談した記憶はない。
――どれどれ。
エルクの後ろからひょこりと顔を覗かせる。
やや髭が濃い、しかしごく普通の初老の男性といった雰囲気だろうか。眉間の深いしわが厳めしい顔つきに思わせ、どこかミゲルのように目つきも鋭く威圧的な印象がある。
ふと彼も私に気づき、目が合った……その瞬間だった。
――っ!?
えもいわれぬ電撃のような衝撃が私を駆け巡り、途端に気持ち悪さが胸の奥からこみ上げてきた。そう思った瞬間、私の視界は黒い靄でかすみがかったように暗くなり、そのまま力なく倒れこんでしまった。
「リーズ!」
気づいたエルクや他の周囲の人たちが騒然とする声を遠いまどろみの底でまるで他人事のように耳にしながら、私の意識はゆっくりとなくなっていったのだった。




