-2 『挨拶』
これまで集会などで何度か利用したことのある大きな会場も、今日ばかりはいつもとは違う風に見えた。天井のシャンデリアなどはもとより、いたるところに天幕などが施され、会場の中は重厚な雰囲気に包まれていた。
会場の隅には生演奏のための楽団までずらりと並んでいる。
その豪奢さが余計にこれからの私の緊張を増幅させてくる。
おまけに今日訪れているのは生徒だけではなかった。ここは貴族たちの社交の場。将来の上流階級における付き合いにとって非常に重要な機会だ。その理由の一つが、今日においてはその舞踏会を見るために生徒たちの親も賓客として招待されているからだ。
婚約を決めている生徒たちはお互いの家族との親睦を深めるために。そうでなくとも、貴族においても地位の高い人物に顔を覚えてもらうチャンスでもある。
そういう意味ではミゲルやユーステインも三大権力を親が持つ由緒ある家系のため相手には困らないはずなのだが……これまで誰も近づけない不良だったり引きこもりだったりで声をかけづらかったのだろう。二人とも、学院の舞踏会にちゃんと出るのは今日が初めてらしい。
彼らもそれぞれ相手の女子生徒と落ち合って会場入りしたが、その相手の少女たちはひたすら緊張と気まずさでつらそうな表情を浮かべていた。言ってしまえば彼女たちは最後まで相手が決まらず先生にあてがわれた余り物だ。それがいきなり、最上級ともいえる地位をもつ二人の相手となれば気が気でないだろう。おまけにまだそれほど親しくもなさそうである。
――二人とも、さっきからずっとエルクを見てない? もっと相手の子を見てあげなきゃモテないわよ。
やたらと私たちの方ばかり見てくるミゲルたちに、私は保護者のような気持ちで「しっかりしなさいよ」と言いたくなった。口には出さないでおいたけど。
しかしエルクのことを見ているのは何も二人だけではない。やはり王族の子となれば誰でも注視してしまうものだろう。さすがに彼の父親である国王自らが来賓されることはないが、着飾ったドレスなどを少しでも目に留めてもらいたいのか、妙に彼の近くにやってくる女子生徒が後を絶たないのだった。
色目を振りまいて興味を引きたいのだろう。私としては勝手にすればいい。だが彼の懐には私がいるため、皆揃って私を睨むようにけん制してくるのだけは面倒な気分だった。
こうまで女子生徒たちがすり寄ってくるとは。
――なるほどね。私を選ぶのも納得だわ。
私が彼女たちに邪険に思われるかもしれないが、まあそれくらいは問題ない。ただでさえ『ゴリラ』なんて言われているのだから問題ない。それにそういう生徒も最近はごく一部だ。
「あ、リーズさん。今日のお召し物可愛いですね」
「あら、ありがとう。貴女も似合ってるわ」
仲の良い級友の生徒も、同じ学級の男子を連れて挨拶に来てくれた。普段は大人しめな彼女も今日は煌びやかなドレスを纏って輝いている。他にも数人の級友が声をかけてくれたりして、おかげで私の緊張も少しずつだが絆されていった気がした。
だが、そんなようやく緩みそうになった私の緊張を、エルクが手綱を引いてくるようにぎゅっと引き締めてくる。
「ちょっと挨拶に回ろうか」
「え……あ、そう。いってらっしゃい」
「何言ってるんだい。キミも来るんだよ」
「はあっ!?」
――ちょっと聞いてないんですけど!
「さすがに立場上、父に代わって顔を見せて回らないといけないんだ。今日は来賓がたくさんだからね」
「だったら貴方一人で行けばいいじゃない」
「キミは僕の相手だろう?」
ええ……と最後までイヤな顔を浮かべていた私だが、強情に不敵な笑みを浮かべてくるエルクに私も仕方なく折れてしまった。
――貴族たちっていったらもしかしたら『ナターリア』を良く知ってる人がいるかもしれないじゃない!
それこそ、私は引きこもっていたので顔は狭いが、お父様とお母様は貴族社会において顔が広い。そこ経由で『ナターリア』を知る人がいてもおかしくないだろう。
なるべく目立たないに越したことはない。
私は生徒たちの親である賓客たちが集まるエリアへ向かうエルクの後ろを、陰に隠れるように一歩引いてついていった。
王族であるエルクが声をかける度、生徒の親たちは畏まった態度で頭を下げてく。エルクも慣れた様子で笑顔を作っては、簡単な会話をかわして、それから会釈をしてまた次の人へと移っていく。
なんとも堅苦しい挨拶が行われていく中、しかし一組の親だけは様子が全く違った。
「ちょっとあなた ほら、リーズが来たわよ!」
「おおー!」
私の両親だ。
一応、生徒の親ではあるので来賓として呼ばれている。
普段ボロボロの服を着ている『いかにも農民』という外見である二人も、今日ばかりはドレスコードをしっかりと守って着飾っている。お父さんはらしくなく前髪を纏めて固めているし、お母さんも高そうな髪飾りをさしたり厚化粧なくらいに白粉を塗りたくっている。なんとも外面だけは繕ってはいるようだが、そわそわと落ち着かない様子で視線を泳がせている姿はあまりにも品がなかった。
まあ、ただの農家の一般市民が来るような場所ではないのは間違いないが。
エルクは例に漏れず私の両親の前にも訪れ、やはり爽やかな優男を思わせる笑顔を作って会釈をして見せる。
「こんにちは。リーズさんのご両親、でよろしかったでしょうか?」
「ええ、そうです!」
「いやあ、うちの娘がお世話になっているようで」
二人とも畏まってはいるのだが、明らかに他の貴族たちよりもずっと軽い。王族といえば平民からすれば雲の上の存在だし、まるで珍しい動物を野山で見つけたような高揚ぶりなのだろう。おまけにそんな天上人が自分の娘を引き連れているというのだから、彼らからすればこの上ないほどに嬉しいことなのかもしれない。
「……どこでその服を調達してきたのよ」
「借りたの。ちょっと高かったけど、娘の晴れ舞台となれば、ねえ?」
「しかも王子様の相手ときた。いあ、ほんと。うちの娘ですみません」
「すみません、って何よ」
場違いなほど能天気に笑う両親を私はイラっと睨み返す。二人も随分周りから浮いていて悪目立ちしている。今すぐにでも穴があったら入りたい気分だ。
しかしそんな私たちを、エルクは呆れることなく微笑ましい表情で眺めていた。




