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 -3 『楽しい団欒』

「ど、どうでしょうか……」


 クルシュは不安そうに眉をひそめながら、祈るように胸の前で両手を組んだ。


 食堂の長机にはずらりと、所せましにたくさんの料理が並んでいる。煮物、肉料理、スプ、サラダ。どれもクルシュが作ったものだ。私が作ったものもあるが、それらはメインではないので端に置いている。


「ま、まずは最初に、リーズさんに食べてみてほしいんです!」


 食堂の椅子に私たちが並んで座るとクルシュがそう言ったので、まずは私が食べることになった。


 真っ先にエルクに食べさせてやりたいのかと思ったので私は意外だった。だがもし変な味だったら大変だし、私が味見をして安心した状態で食べてもらうのもいいかもしれない。


 クルシュは料理こそ初めてだったが、手つきはなかなか悪いものではなかった。包丁さばきはさすがに苦手そうだったが、簡単なざく切り程度ならすぐにできるようになっている。芋の芽を取り除いたりするのは得意そうだったし、意外と料理の才能はありそうだ。


 見てくれも悪くはない。

 干し肉を炒めた時にやや焦げ付いたりはしたが、失敗はそれくらいだ。煮込んだスープはいい具合に野菜をしんなりとさせ、味が良くしみていそうだ。


 私はその中の、カブの煮込み料理を食べてみることにした。


 大きめに切られたカブをスプーンですくい、口に運ぶ。だしを基本に砂糖や塩などの調味料で味付けされたカブはよく汁を吸っていて、柔らかくじんわりと優しい味が口の中に広がった。


「うん、美味しいわ!」

「本当ですか!?」


 私が褒めると、クルシュは飛び跳ねそうなほど弾んだ声で喜んでいた。


 ――こらこら。まだ本命に食べてもらわなきゃいけないのに喜ぶのは早いわよ。


 それにしても美味しい。一緒に煮込んだ葉野菜が良い感じに苦みを加えている。これなら十分に他人に食べさせられる程度の出来栄えだろう。


「エルク、ほら。食べてみなさい」

「うん、わかったよ」


 いよいよ私はエルクに食べさせる。

 実の弟の作った、真心のこもった料理だ。まずいとは言わせない。


 エルクも楽しみだといった風に食器を手に取り、さっそくカブを口へと放り込んだ。


「うん。これはすごい。初めてだとは思えないくらいだ」

「お兄ちゃんもありがとう」

「びっくりしたな。クルシュも成長してるんだね」


 エルクは兄らしく優しい微笑みを浮かべ、クルシュもその言葉を嬉しそうに笑って受け止めていた。


 よかった。

 これでクルシュの恋も一歩進んだだろう。


 ――ぐるるるる。


 私のお腹は、目の前のご馳走を前に既にぐるぐると鳴き喚いている。それが他のみんなにも聞こえていたのか、


「お前はまた……」とミゲルに呆れられ、

「……俺も、わかる」とユーステインに同情され、

「それもリーズらしいけれどね」とルクスに笑われてしまった。


 急に恥ずかしくなり、私は少し顔を赤らめてしまう。


「さ、食べるわよ」


 誤魔化すようにそう言って、私はさっそくご馳走に手を伸ばしたのだった。


 それからみんなで、机いっぱいに並ぶご飯を食べた。ルクスとミゲルは意外と小食だった。いや、私と比べているからおかしいのかもしれないが、私の半分も食べないうちにお腹がいっぱいだと言い出した。ユーステインは……一皿も食べきれずに腹を膨らませている。彼は印象通りだろう。


 結局、最後まで食べているのは私一人だった。


「まったく。こんなに美味しいのに食べれないなんてみっともないわね」

「お前がおかしいんだよ……」

「いったいリーズの体のどこにそんなに入っているんだろうか……」


 ミゲルとルクスが、なおも手を止めずに食べ続ける私を見て心なしか引いた顔で呟いてくる。彼らも、せっかくクルシュが作ったものを残さないようにと限界まで食べていたが、気分が悪くなる寸前に脱落していたのだった。


「お鍋にまだ少し残っていますから、よかったらそれもどうぞ」とクルシュがにこやかに教えてくれ、私は「ぜひいただくわ!と、まだ食べきっていないお皿を持ちながら笑顔で答えたのだった。


「化け物じゃんか」


 ミゲルが青ざめた顔で引き笑う。

 そんな彼の言葉を私はしっかり聞き逃さず、ぎろりと睨みつけた。


「何ですって?」

「いや……なんでも」


 蛇のような私の眼圧に、ミゲルはとぼけた顔で視線をそらした。


 それにしても、今日は特に食が進む。

 いつもよりもたくさん食べられそうだ。


 どうしてだろう。

 今日はまだ、日課のトレーニングや走り込みもしていないのに。

 色々考えてはみたけれど、やはり一番の違いは私の機嫌なのかもしれない。


 リーズがいて、エルクたちもいる。

 みんなで一つの食卓を囲んでいるこの光景が楽しくて、つい食が進んでしまうのだろう。


 ナターリアのままだったなら、こんな、友達と一緒に楽しく食べることなんて知らずにいただろう。更には一緒に料理まで作って、それを自分たちで食べるのだ。なんだかとても親密なようで、私はそれだけでなんとなく嬉しくなっていた。


 あの頃とは違う。

 ただ私腹を肥やして飼われるだけだった少女とは違う。


 私は、一人の『リーズ』としてここにいるのだ、と思えた。


「私がお皿を洗いますね」


 山のようにあったご飯は結局、すべて私が平らげてしまった。最後の一口まで至福の時間だった。空っぽになったお皿を私の前から下げるクルシュも、その気持ちいい食べっぷりに思わず笑顔を浮かべているほどだ。


「ありがとうクルシュ。でも私もやるわ」

「そんな。食べてもらっただけでも嬉しいですのに」

「作ってくれたんだもの。お返しよ。それに二人でやると早く終わるでしょ」

「ありがとうございます」


 男どもは食べ過ぎで動く元気も残っていないらしい。


「あいつすげえな」

「そうだね」

「……そういうとこも、いい」


 食器を運んで皿洗いをする私たちを、彼らは昼寝をするように垂れ下がった目つきで眺めているばかりだった。


 ――まったく。男連中は使い物にならないんだから。


 それに比べてクルシュは非常に働き者だ。

 汚れたお皿やお鍋を率先的に洗ってくるし、少し手が空けば今度は机の拭いたりと、自分からせわしなく動き回ってくれている。


「クルシュは将来、いいお嫁さんになるわね」


 私が心からそう褒めると、クルシュは気恥ずかしそうに顔を赤らめ、けれどしっかりと嬉しそうに微笑んでいた。


「私――のお嫁さんいなれるでしょうか」


 途中、急に小声になってうまく聞こえなかったが、エルクのことだろうか。さすがに本人がすぐそこにいる手前、言いづらいのだろう。


 私は後押しするつもりでこぶしをぐっと握って見せた。


「なれるなれる! 絶対に大歓迎だわ!」

「本当ですか!?」

「ええ」


 素直に喜んだ表情を見せるクルシュは本当に本物の女の子のように可愛らしかった。下手をすると、いや、『ゴリラ』なんていうあだ名がある私よりもずっと女の子然としているだろう。


 ――もしクルシュとエルクがくっつけば、クルシュも幸せになるし、エルクだって不用意に他の女に近づいたりはしないだろう。


 それに、そういう魂胆がなくともクルシュは応援したくなる。なんていったって、私からしても妹のように可愛がっているからだ。


 より可愛く、完璧な女の子らしくするために、私は努力を惜しまないつもりだ。料理だってなんだって教えてあげよう。


 ――そうだ!


 食器を片付けていたクルシュに私は振り返る。


「ねえクルシュ。明日は暇かしら?」

「へ? 明日、ですか?」

「ええ。デート、行きましょ?」


 私がいたずらっぽくふざけてそう言うと、クルシュは途端に顔をトマトよりも真っ赤にさせ、


「ふえええええっ!?」と声を激しく上擦らせ、手に持っていた食器を床に落としてしまったのだった。



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