-4 『デート?』
翌日。
私は学院から飛び出し、昼下がりの市街へと出向いていた。
今日はクルシュとデート――もとい、お買い物だった。昨日の料理会の後、私が彼女に提案したのだ。
「可愛らしい小物とか買いお出かけしましょうよ」と。
クルシュの可愛さは折り紙付きだ。もう部屋の棚に飾って毎日愛でて眺めたいくらい。下手なお人形よりも、喜怒哀楽の変化がある分余計に可愛らしく感じる。
それが、かつて部屋に引きこもってはお人形遊びをしていた私の中の『ナターリア』に火をつけた。
クルシュは可愛いが、それは素材の味がそもそも良いからだ。しかし女装こそしているものの、彼女が持っている小物などはあまり女の子らしくない質素なものだ。そういうオシャレというものにはあまり気を回せていないのだろう。心こそ女の子だが、もともと男として育てられているクルシュにはあまりそういった知識がないのかもしれない。
――だからこそ、私が可愛く彩ってみせる!
そんな謎の強い意気込みで、私は今日という日を楽しみに迎えたのだった。
集合時間の少し前くらいに着くように寮を出た。クルシュも、高等部と中等部で寮こそ違えど同じ学院内なので、私が迎えに行こうかと提案もした。しかしクルシュはどういう訳か、
「いいえ! 向こうで待ち合わせましょう!」と強く申し出てきたのだった。
何か用事があるのかもしれない。
私としても別に断る理由はないので、現地集合となったのだった。
集合場所である市場の入口の広場。その噴水がある中央付近に、すでにクルシュはいた。普段は学生服を身にまとっている彼女だが、今日は白いワンピースにつばの広い帽子をかぶっていて、深窓の令嬢を思わせるような優美さがあった。両手で小さな鞄を体の前に提げ、寡黙に佇む姿は通りがかる人の目を奪う程だ。
――あの子が男だとみんな知らないんでしょうね。私は知ってますけど。私はよく知ってますけど!
謎の優越感に浸りながら、私は彼女へと近づいていった。
「……あっ」
私に気づいたクルシュは、花弁を開かせた華のように鮮やかな笑顔を浮かべて顔を持ち上げた。
「おまたせ、クルシュ。待ったかしら?」
「いえ。いま来たところです」
「そう。よかったわ」
そんなありきたりな会話を、しかしクルシュは何故か楽しそうにしていた。私も、一緒に買い物を行くのが楽しみだからお互い様か。しかし、そんなうきうきした気持ちに水を差す人影が一つ。
「で……やっぱりいるのね」
「やあこんにちは、リーズ」
やはりというか、エルクも同伴していたのだった。
――ほんとにストーカーじゃない。ブラコンという程度ではないわ、これは!
「すみません。私は絶対に来ないでって言ったんですが……」
「人ごみは危ないからね。貴族街ほど治安も良くない。暴漢に窃盗。どんな危険が迫ってもおかしくはない」
確かに言っていることはわかるが、限度というものがある。
――まったくもう。可愛い小物とか、クルシュに似合いそうな髪飾りとかを買って大変身させて驚かせるつもりだったのに。驚かせる相手が一緒に買い物に来たら意味がないじゃない。
私のちょっとした計画も一瞬で台無しだ。
「いい加減弟離れしなさいよ。クルシュも迷惑してるわ」
一番迷惑しているのは私だけど。
「そう言わないでくれ。ほら、今日のお土産」
エルクが手に持っていた袋を差し出してくる。
「そこの露店で売っていたんだ。焼いた生地の中に甘いクリームが入っていてとても絶品らしい」
「貴方ねえ……いつもいつも、そんな食べ物で私を懐柔でもしているつもり? 私はそんな単純な女じゃないわよ!」
イラっと語気強く言葉を返しながらも、私はしっかりとその差し出された焼き菓子の袋を受け取って懐に抱え込んでいたのだった。
――あ、甘くていい臭い! これは美味しそうだわ!
ほぼ無意識のように、ものすごい速さで袋を上げて口の中へ放り込む。
――美味しいぃ!!!
さっきまでエルクに向けていた強気な態度はすっかり消え失せ、私の顔は中に入っていた甘いクリームのようにとろりと蕩けてしまったのだった。
「特別に今回ばかりは許ひへあげるけど、次はなひわよ。私を簡単に懐柔でひふとは思わなひほほね」
口の中にしっかり焼き菓子を頬張りながらそう言う私を、エルクはにやにやと口元を浮つかせながら眺めていた。
まったく。どこまでも余裕そうな顔をしていて食えない男だ。内情は超がつくほどのブラコンだが、ただ黙っている分には整った顔立ちをした優男。そのこと知っている私は、こんな男のどこがいいのかと疑問に思うが、道行く女性はすれ違うだけで蚊に目を奪われてばかりのようだった。
エルクのできているところは外見だけではない。
「きゃあっ」
近くで大きな紙袋を抱えていた女性が転んだ。石畳を蹴躓いたようだ。倒れこんだ女性の持っていた袋から、たくさんのリンゴなどの果物がこぼれ落ち、広場に散乱していった。
それを見て真っ先に動いたのはエルクだった。
急いでそれらを拾い集め、あっという間に胸いっぱいに抱え込むと、倒れて起き上がった女性の下へと素早く返してやったのだった。
「傷んではいないみたい。誰かに踏まれなくてよかった」
そう言ってまた紙袋に入れなおしてあげるエルクを見ると、彼の優しさはただ弟だけにではないことがよくわかる。エルクも今日は私服だったのだが、拾った果物についていた砂などのせいで胸元が汚れてしまっても、全く気にする素振りも見せていない。
「も、もしや貴族様でしたか!? そ、そのような高そうなお召し物、私のような貧乏人には弁償もとても……」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっとついたくらいでこれくらいは問題ないさ」
「で、ですが」
「僕から拾ったんだ。この服を汚したのは僕さ。責任は僕にある。気に病まないで」
「ありがとうございます!」
終始にこやかに応対する彼の姿は、王族たる器の広さを感じさせるようなものだった。
本当に、よくできた男だ。
だが私は騙されない! 私からしたら、処刑をつれてくる死神なのだから。
「ちょっとエルク。早く行くわよ」
私が強くそう言うと、エルクはその女性に会釈を向けて急いで戻ってきたのだった。彼が立ち去った後も、その女性や、近くで見ていた他の女の子たちまで、見惚れたようにうっとりした目でエルクを見送っていた。
――なんかイライラするわ。
エルクがそういった女性たちの視線を集めて持て囃されているという事実に、不思議と私の心の奥はむず痒いような感覚に襲われていた。
「まったくもう。急がないと良い小物が売り切れちゃうかもしれないわ」
どこからかやって来る苛立ちを歩く原動力に変えて、私はクルシュを連れてのしのしと歩き始めた。その瞬間、
「リーズっ!」
「きゃっ」
不意に追いついてきたエルクが私の腕を掴み、強引に引き寄せてきた。急なことで混乱した私は、気が付くとエルクの腕の中にすっぽりと収まっていたのだった。
エルクの顔が急接近する。
誰もが目を奪われるほどの美形の顔立ち。絹のようにさらさらしていそうな黄金色の前髪。もう少し引き寄せられれば唇が触れてしまいそうなほどにお互い接近している。
私の心臓がこれ以上ないくらいに暴れだした。
――こ、これって!
胸騒ぎがとまらない。
普通、急にこんなことをしだすだろうか。
エルクにいきなり抱き寄せられたこの状況。考えられるのは一つしかない。
――エルク、もしかして……私をここで殺す気!?
私が思い至ったのは悲しくもそれだった。
『ぐへへ。お前の正体はもうわかってるんだ。隙を見せた今、ここでお前を処刑してやるぜ。ぐへへ』
舌を巻いてナイフを取り出し、私をここで公開処刑しようとでもいうのか。
「これまで何度も私の前に現れたのはやはり機会をうかがって私を仕留めるためだったのね!?」
「仕留める?」
私が咄嗟にそう叫んでエルクから離れようとしたが、しかし彼は私の体をがっしりと掴んでいて離してくれない。やっぱり逃がさずに殺す気なんだ、と恐怖を覚えた瞬間、
「おい、あぶねえぞ嬢ちゃん!」
激しい怒号と共に、私たちの目の前をいくつかの馬車がものすごい速さで駆け抜けていったのだった。
「そこは馬車が通る場所なのに。危うく轢かれるところだったよ」
どうやら私は、つい馬車の通行が多いところへ足を踏み入れていたようだ。確かに他の人たちはそこを避けている。一目見れば瞭然だったのに私は全く気付いていなかった。
「ちゃんと前を見ないとダメだよ」
「わ、わかってるわよ!」
今回はたまたまだ。
偶然、気もそぞろになって不注意になってしまっただけだ。
でもよかった。
私を殺すためだったのではなくて。
ふう、と安堵の息を漏らし、私は気を取り直してエルクから離れる。今度はすんなりと放してくれたエルクに、私はほんの少しだけ彼へと振り返って「……とりあえず、ありがと」とお礼を言ったのだった。
それを聞いたエルクが機嫌よく口角を持ち上げ、そうして言った。
「――でも確かに。どうにかして仕留められないかといろいろ考えているところかもしれないね」
「や、やっぱり……!?」
「なんてね」
「ど、どっちなのよお!」
命がかかっているから必死に尋ね返す私に、エルクはふざけたようにけらけらと笑っているばかりだった。




