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人に名前を与えると、その人は死ぬ。
それが、この世界の決まりだ。
だから誰も、名前を持たない。呼びかける時は指差し、あるいは役割で呼ぶ。「あなた」「そこの人」「看守」「母親」。それで十分だった。名前がなくても生活は回るし、むしろその方が長く生きられる。
それでも例外がある。
名を与えなければならない人間がいる。
私だ。
机の上には一枚の紙と、まだ何も書かれていない帳簿。隣にはインクとペン。それだけ。部屋は無機質で、窓もない。ここで私は名前を書く。
書かれた瞬間、その人は死ぬ。
「次」
扉の向こうから人が入ってくる。顔色はみんな同じだ。理解しているのだ。この部屋の意味を。
私は目の前の人を見る。年齢も性別も、できるだけ意識しないようにしている。感情を持つと手が止まるからだ。
「名前を決めます」
それだけを告げる。
相手は何も言わない。ただ、こちらを見る。
私はペンを取る。
ほんの一瞬だけ、手が止まる。
それでも、書く。
名前を。




