僕は思う
今から千年と少し前。
地球では、惑星間航行のための空間跳躍航法が発明された。宇宙開発は一気に進み、人類は何光年もの広範囲に散らばった。となれば、当然のように異星人との接触が期待され、そして、出会いがあった。
ただ、地球人が想像していた宇宙人とは違った。
出会った相手も人類だった。
ファーストコンタクトは衝撃だったろう。見たこともない宇宙船の向こうから現れたのは、自分たちそっくりの異星人だったのだから。
DNA検査の結果は、間違いなく地球人と同じ人類だった。原因は分からないが、進化の繰り返しの末に現生人類が現れた後、何らかの方法で連れ去られた人類の一部が、遠く宇宙空間を隔てた別の星へ渡り生き残ったらしい。
DNAはわずかにその分だけが違っているようで、異星人たる人類、アランチオネ人は、わずかに皮膚の色がオレンジがかっている。よく見ないと分からないくらいで、個人差もあるが、環境のなせる業らしい。
では、連れ去った原因はなんだったのか。
これはさっぱり解明されていない。だが、どうやら別の異星人が絡んでいたのは間違いがないようだ。
人類よりも数段上の文明の痕跡が残っている。
たとえば、恒星の存在を遠くからは隠蔽する技術なんかだ。
けれども、肝心の誘拐犯はどこの誰だか全く分かっていない。事実としてあるのは、宇宙のあちらとこちらに引き裂かれた人類が、再び異星人同士として出会い、話をし、喧嘩をしたということだ。
今の統合政府は、千年ばかり前に起きた二度の星間戦争の結果によって生まれた機関で、現在その政府の元で二つの種族は仲良く暮らしている。
もちろんわだかまりもあるし、生活習慣などの違いから居住星や居住区が分かれているケースの方が多いが、種族が混じり合った結果、ハーフの人口もかなり多い。
新人類というわけで、政府の施策は上手くいっているということだろう。
だから、先ほどの配達人のいう「地球人」という言葉は、あまり公の場で語られるべき単語ではない。
アランチオネ人というのもあまり好ましくはないらしいが……僕は心の中で呟いているから、まあ、たぶんセーフだ。
けれども、やっぱりアイデンティティというものを政治家が吹き飛ばすことは難しい。もう随分と年月が経っているけれども、彼も深層の部分に自分は地球人だという気持ちがあるのだろうか。
ああ、野球やサッカーのチームを贔屓する感じに似ているかもしれない。
僕は地球へは行ったことはないし、野球もサッカーもこの星では盛んではないけれど。多分、この星に住むほとんどの人が同じことを感じているだろう。
大きな戦争から時が経ち、長い平和が続いた。長閑で平穏な日々だ。人類は静かに暮らし続け、活力を失い始めた。
長い時間を掛けて、人類の文明は衰退し始めている。
この惑星プリモとその衛星、というか正確には伴星だけれども、衛星アネロに残っている宇宙船もほんの数台で、近距離航行用だけだ。
なかなか一介の民間人では星を出ることすら叶わない。だから政府や軍を除いて、交流はほとんどない。僕は仕事柄、数回出会ったことはあるけれど、これは内緒だ。
普段の僕らは、すぐ側にあるあの月ですら、ただ大地から見上げてその美しさを讃えることしかできない。
隣人とは、そんな関係だ。