立派な駆け出し冒険者、ツルギ・カズミ
このカナンナと呼ばれる世界に飛ばされてから数日の間、一海は流れるままに過ごした。
文化の違う世界ということもあってそれに慣れるのに手一杯だった上、そもそも彼は勇者としてこの世界に呼ばれているため色々と作業があったのだ。
まず王の謁見をし何故呼ばれたかの経緯があり、ユーリの事も幾つか質問される。
その後勇者の支援として戴剣の儀にて幾つかの支援を行うという話になった。
そしてその手続きの為にしばらく初めに目覚めた客室で過ごしてほしいと言われた。
その間にまず行った彼の行動は、この世界の仕組みについて調べた。
王からの許可を得て幾つかの本を儀式の日までに読み漁った。
幾つか分かったことがある。
普通文化が違えば文字も違うものなのだが、何故か読める。
原因に関して何も分からなかったのだが、少し不便なのがひらがなとカタカナで翻訳されている。
何となく思ったのは何かのお陰で文字が自国の言語に訳されているのではと思った。
そういえばユーリと普通に話してたけれど、本当は言語も違うかもしれない。
剣の力で通訳と翻訳ができているのかもしれない。
それに関してはラッキーだった。
情報を集める手間は省けるからだ。
そしてこの世界では6つの領土に分かれた王政による統治を行っているそうだ。
6つに分かれているが、昔は3勢力に分かれて対立していたらしい。
その昔行われた戦争の最中に1領土が突如現れた魔王リベリオに侵略され、今は魔王軍と人類の2勢力で争っている状況だそうだ。
出来る範囲で状況を理解し儀式を終えた後、彼は王都エルタージュから少し離れたギアの街へ馬車で移動することになる。
居心地の最悪な馬車に揺られ、その街に移動した訳は、ここには有名な駆け出し冒険者の集う酒場があり、そこで仲間の募集を行う様諭され向かうことになった。
そういった配慮のため、彼の暫く暮らす宿はその街にある。
そういった出来事で日が過ぎ、仲間の募集をかけて4日ほど経った今日。募集が何人集まったのかの確認に向かったのだ。
ーーーーーー
ぽつりぽつりと住民が歩く昼、一海は酒場「ルイズ’ス ターヴァン」の前で立っていた。
「何となく緊張するな」
一海はドアの前で竦んでいた。
(少し前行ったとき、思った感じの荒くれ者もいたから怖いんだよな……)
もしかしたら酔っぱらった勢いで殴られるんじゃないかと変な想像をするが、このままじゃらちが明かないと思いゆっくりと戸を開く。
店内は以前見たように結構な人数が席に座り談笑をし、飲食も行っている。
荒くれ者のような見た目の男もちらほらいるが、何故か以前より落ち着いた雰囲気がしている。
何となくイメージは通天閣の新世界や歌舞伎町みたくどんちゃん騒ぎでもしてそうなイメージだが。
「意外と静かだな……」
何となく不思議に思い回りを見渡しながらカウンターまで歩いていく。
昼からお酒を飲んでいる者もいたが、夜の様にはっちゃけたりはしていない。
何より驚いたのは昨日酒で騒いでた荒くれ者の強面が酒を飲まずサンドイッチらしきものをほおばって静かに食べている。
(酒を飲まずにサンドイッチ……?!)
思わず凝視してしまう。
その流れで荒くれ者とも目があってしまう。
(まずい……)
凄く睨んでくる。それはもう。怖い顔で。
「あげねーぞ」
ドスの効いた声でそう呟く。
「あ……すみません。美味しそうだなって」
これくらいしか言い訳が出なかった。
どうしよう、こいつがパーティー希望とかだったら、と不安になる一海。
「お前もブレッサンドの良さが分かるのか。最高だぞ」
「そうなんですね。ありがとうございます。……因みにどこで頼めますか?」
意外といい人で良かった。まあ変にこだわりのある人は怒ると怖いとかあるのかもしれない。
そう思う一海。
少し安堵しながら店主さんを探す。
「お前さんもここに来たばっかなんだな。注文とか色々な相談はカウンターに行けば分かる。あとあれが掲示板な」
「分かりました。ありがとうございます」
「礼儀正しいのは長生きの秘訣だ。いいってことよブラザー」
一礼して足早に去る。
滅茶苦茶いい人だった……
怖がって申し訳ないと思いながらカウンターまで駆け付ける。
長い黒髪ロングを紐でくくった如何にも酒場の店主ですという女性がここのオーナー「ルイズ」さんだ。
同い年くらいかそれより少し下くらい見えるその人に声をかける。
「すみません」
女性ははーいと言いながら顔を上げる。
書類を作成中だったみたいだ。
「ああ! 少し前のお兄さんじゃないか!」
「覚えてたんですね」
「当たり前だよー。前は何か……道化師みたいな恰好をしてたけど、今は立派な!……駆け出し冒険者だね!」
「立派な駆け出し……」
褒めてるのかけなしてるのかそもそもスーツって西洋の文化じゃなかったか? と思い苦笑いしながら話を進める。
「ところで少し前の件なんですけど」
「多分その話と思ってたよ」
「早くて助かります。因みに今何人くらい集まってたりしますか?」
「0人だよ」
あまりの即答と驚きの結果に暫く沈黙が訪れる。
「……え?」
「0人だよ」
聞き間違いかと思い耳をかいてもう一度訊ねても同じ結果だった。
「ええ?! まだ誰も集まってないんですか?!」
「当たり前だよー。募集かけてまだ4日しか経ってないからね」
「だとしても一人もいないっておかしくないですか?!」
一海はこの状況に驚きを隠しきれなかった。
確かに、募集をかけてから4日しか経っていないのは早いかもしれないという不安はあった。
しかし、状況としてはかなり特殊な広告があったはずなのに一人もいないのは違和感しかない。
戴剣の儀を行い、それに3日かかっているのであれば少なからず1~3人は絶対そういう話を聞いて飛んできそうなものなのに。
一体どういうことなんだ……
「この世界に疎いから仕方ないのかもだけど、一つ勘違いしてるよ」
オーナーは口を開く。
「勇者部隊ってのはあんたがくる前に何度も結成されて何度も死んでいる。みんな知ってしまってるんだよ、無謀な特攻だってことをね」
「でも、みんな知ってるんですよね?世界が終わるかもしれないって!」
「ああ、知ってる。だから動かないんだ。国の為に命を捨てる兵士は必ずしも全員が捨てたいと思わないからだ。今この世界ではそれでも世界を救うと言う奴はペテン師か大馬鹿野郎だけなんだよ」
そんな言葉をルイズに言われ、でもと言葉を続けたくなったが残念ながらその言葉は声にできなかった。
それは正論であり事実だからだ。
故郷だった日本でさえ、神風と呼ばれ、無駄だとわかりながら特攻で命を落とした人間のその本心は、検閲で黒く塗りつぶされる様な生への願望だと彼は知っている。
何より正義の言葉を振りかざそうとした自分は、唯々最悪の事件に巻き込まれ、そもそもユーリの願いに従うのかどうかも決めれずに流れに身を任せているような状況で仲間がいないと焦るのもお門違いというものだ。
そう思ってしまった。
人というものはやはり自分本位で考えるしかできないのだと。それがただここカナンナでも同じというだけだ。
「すまないね。そんな嫌みのつもりはないんだ。ただそういう事情だからマーケティングも意味ないって話だったんだ」
「……すみません、自分もちょっと気が立ってました。」
「事情は大体だけど聞いてるからさ。それにあたしはそんなことで不機嫌になるほど器は小さくないのさ!」
何故か得意げにそう言い切ったが、今の一海としては何故か気が楽になるような一言だった。
「そうだ。事情は聞いてたって言ったので思い出したんだけどさ。お兄さん確か戦闘経験はホボないんだったね?」
「まあ……そうですね。」
何となく恥ずかしそうにする一海。
流れでも肩書は勇者、そんな役職の力量が駆け出しというのも確かに居心地は悪いのだろう。
彼が返答すると、カウンター下をゴソゴソと探索し、銅でできた小物と一枚の手書きの紙を取り出した。
「募集がくるまでに時間はある。だからちょっとした贈り物とお姉さんからのお使いをプレゼントだ!」
小物はジョッキと剣を交互に交えさせた、ルイズスターバンの文字の入ったブロンズバッジ。
そしてB4用紙ほどの大きさの紙にはこう書かれていた。
ーーーーーー
依頼書:小型依頼
依頼から帰ってこない魔法使いを連れて帰ってきてくれ。
セルスライム(青) 1~10匹
依頼詳細:依頼に出た駆け出しの魔法使いがまだ帰って来ないんだ・・・期限も迫ってきてるから手伝ってあげてほしい。場所はこの街から東にあるビギン草原にいるから頼んだよ
報酬:500E
~依頼者:ルイズ
ーーーーーー
「……依頼書?」
少し一海は驚いた。
(ここってギルドみたいなものなのか……?)
ゲームによっては依頼の集まるような場所もある。
でも正直いうとそういうのって現実だとおかしい部分も多い。
何なら冒険者は酒場に集まるのも割とおかしい話だったりする。
しかしこの世界は中々そんな感じの仕組みが多くて少し変な感じがする。
慣れ過ぎて怖い。この感覚が一番近いと思った。
「歴史の授業は大嫌いなんだが、世界中の酒場って王国非公認の万事屋みたいな仕組みになってるんだ。『悩みありしは酒場に向かえ』なんてことわざもあるくらいにね。そしてこれは私から君へのお願い事だ」
万事屋ね。分かりやすい良い例えだと思った。
詳しい仕組みとかは分からないけど、今の一言で王国公認の騎士団とか駐屯所の役割みたいなポジションだということが分かった。
この人多分教師とかも出来るんじゃないかと心の中で思った。
「その紙にも書いてある通り、依頼に出た魔法使いが帰って来なくてね。もう期限も少ないから手伝ってきてほしい。彼女の依頼はセルスライムの討伐10匹。状況によって残りの討伐数も変わるからそんな風に書いている」
「一緒に依頼クリアして連れてこいってことですね」
「そういうこと! そしたら依頼の仕組みも教えたしこれで君も立派な!……駆け出し冒険者だ。」
「立派な駆け出し冒険者……」
彼女はどうも立派な駆け出しが好きみたいだ。
「なんだいその顔は、私のところのブロンズは他の依頼施設より優秀なんだよ!」
ルイズは一海の手にはたく様にバッジを渡す。