空は青、地は緑、草を背後に天仰ぐ。
そこは一面の草原を見渡すことのできる平野だった。
旅だった街も指でつまめそうなくらいには小さくなり、遠くに見える山だって自分よりも背が低いと思えるほど遠い。
自分たちの世界にも昔はこんな風景があったのだろうか。
そう思いたくなるほどそれらは遥か遠くに感じるような素晴らしい殺風景だった。
どこまでも続きそうなほど高い快晴、草の青さに照る光、そして心地よい風。
これぞ絶景の満漢全席と言っても差支えがないほどの美しさだった。
これを言葉で伝えようとするのなら、「絶好の冒険日和」といったところだ。
「いい景色だな」
ルイズさんからお使いを頼まれ、暫く歩き続け不意に言葉を漏らしてしまう。
都会ではこんな風景なんて出会えない。
何なら日本は島国というのもあって見渡す限りの地平線というのは滅多にお目にかかれない。
地球が如何に汚れてしまっていたのかを実感してしまう程奇麗だった。
この場所に来てから、自分の故郷がなくなったなんて嘘の様に実感を持てていない。
それは俺が考えないようにしているだけか、目新しい物の多さに圧倒されているのか。
はたまたこの絶景が心の傷を癒してくれているのか。それは分からない。
どちらにせよ今の俺は世界を救うとか魔王を倒すなんて大層な話は考えている余裕はない。
「どうすればいいんだろうな」
不安を零しながら先に進む。
ん?
前に何かあると思った。
そこに目を向ける。
目の前には青色の粘液性の半固形の液体がぴょんぴょんと跳ねていた。
「おー、スライムだ」
ゲームでしか見ないような状況に心なしかウキウキしてしまっていた。
小さいときはよくそういったRPG等やっていたので変にそういったものを見てしまうと好きな芸能人に会えたような気分になってしまう。
「えーと、確かセルスライムって言うんだよな。青色だから……討伐対象か」
オーナーに教えてもらった情報と同じ姿だ。
因みに初めての依頼を達成する心得として、この草原には特段危ない奴はいないが、今はスライム以外の魔物を見たら逃げるようにしろと教えられている。
暫く眺めていたがスライムは、目はないがこちらをじっと見つめるかのようにその場で跳ね続ける。
特に危険そうには感じない。
「一応こんなのでも倒さなきゃいけないんだよな」
少し可哀想に思ってしまう。
でも倒してほしいという話がある以上情けなどかけられない。
「じゃあちょっとごめんな」
そう言って俺は剣を抜こうとする。
ああ、何だろう。可哀想という気持ちはあるのだが、少しだけワクワクしている自分がいる。
やっぱりこういう旅をして戦うって感覚は、やはりファンタジーの醍醐味なんだろうなと感じざるを得なかった。
体中をアドレナリンが駆け回るのが分かる。ああ、喧嘩なんて好きじゃなかったけど今だけは昂ってしまう。
抜いた光の剣の刀身が少し錆びているのを見るまでは。
「ん~~~~~?」
何だこの錆び。こんなの公園で使った時にあったっけ?
いやなかったよな?思わず変な声で唸ってしまった。
まあ仕方ない。どうせあの時使った力を使って戦うから錆び等問題ない……と思う。
そう思っていたのだがふと深層意識での光の剣の言葉を思い出した。
そういえば暫く話せないって言ってたがまさか関係あるのか?
「……まさか」
フンッ!と念じながら振ってみる。俺の思念は何も生まない。
連続で振ってみた。しかし何も起こらない。
「そうかあの時の話せないって力が使えないってことか……」
待てよ?
それじゃあ直で戦うしかないのか?こんな鈍らで?
いやまだだ。錆びているっていっても武器として切れない程錆びているわけではなさそうだ。
それに相手はスライム。2匹なら大人しく逃げるが1匹しかいない。まだ戦えるかもしれない。
「それじゃあ早速、戦闘開始!!」
前に走って距離を近づけ剣を横に振る。それはスライムの体を命中する。
よし!
と思ったが切ったというより叩いたような感触だった。
魔物は少し遠くの方へ飛びさっきの様に跳ね続ける。
切れなかったのはジェルみたいな感触だからだろうか
「錆びてなかったら倒せたか?」
そんな不安が浮かんだが仕方がない。今はあいつを倒すのが先決だ。
それに自分の力で倒せないと意味はない。練習のつもりで戦おう。
そう思っている間にスライムは跳ねながら詰め寄る。
そして、俺の頬に目掛けぶっ飛んでくる。
「グォベェ!?!?」
その衝撃は今でも思い出すほどトラウマだった。
特にそれを顔面で味わっているのが尚効いた。
例えるなら正直頬がえぐれたと思うくらい痛かった。
こんな柔らかそうな物体が痛く感じるほど早いスピードで飛んできたわけでもないが、それでもストレートパンチを喰らったほどの衝撃が俺に走る。
後々分かったのだが、こいつらは一部の体のゲル部分を圧縮して固くする事が出来るらしい。
そんな衝撃を受けた俺の体は恐らく数メートル程体が飛ばされた。
ああ、痛い。
こいつ、無害な見た目でとんでもない攻撃をしてきやがる。
よくもやってくれたな。
先程気持ちを高揚させたアドレナリンは次第に怒りへと変化する。
「てめえ! 親父にもぶたれたことないんだぞ!! 絶対ぶっ潰してやる!!」
その後は死闘だった。何度も俺は剣を振り、透かしては当て、相手も殴っては避けてを繰り返す。
およそそんな戦いは5分6分は続いただろうか。
戦闘時間というものは慣れていない人間からしてみれば3分でも長く感じる。
この世界では規模は違うだろうが、ルールが確立された格闘技なんかでも5分で1ラウンドだ。
競技のプロでさえ休憩を取る時間が慣れない人間では死闘に決まってる。
決着のつかない殴り合い。俺は満身創痍。相手は分からないが段々弱ってきているのが分かる。
「うおおおおおおおおお!!」
止めの一撃にお互い移る。その勝敗を決したのは。
スライムの突進を躱し、その後の硬直に縦に剣を振る。
その攻撃が当たり、スライムは真っ二つに切断された。
「……どうやら鈍らの剣でも一応切れるみたいだな。」
という感想が先に出てしまったが、息を切らしながらその光景を眺めていると、次第に喜びの感情が湧き上がってくる。
「……勝ったんだな。やったあ……!」
そう言いながら俺は雪崩落ち草のベットに横たわる。
「はは……ははは!!」
こんな状況でこんな感情を抱いてはいけない。
そんなの分かりきっている。
でもなぜだろう。生きている実感がした。楽しいと思ってしまった。
やはり男たるもの冒険譚というのは楽しいものなのだろうか。
それとも他に思うことがあったのかそれは分からない。
ただ涙が出てきた。
何となく癒えることのない心の穴の痛みが少しだけ和らいだ気がした。
そんな実感を地面から感じながら数分経ち、はっとする。
「必死に戦い過ぎて忘れてた。早く手伝いに行かないとな」
そう思い俺は体を起こす。
そこには俺と一刀両断された亡骸を囲むように佇むスライムが2匹いた。
何となく嫌な予感がした。
こいつらって攻撃する前は危害を加えないって聞いたけど、こういう状況はどうなんだ?
報復するなんて感情があるのか?
何しろなんとなくなんだが殺意が溢れてる気がする。
「ふう、じゃあ早速、魔法使いのもとに進もうかベァ!!!!」
吹き飛ばされた。
ああ、完全に敵意がある。溢れてしまってる。
こいつら同胞を殺した報復か自分たちも襲われるという危機感で襲ってきやがる。
俺は無言で走り出す。スライムたちも追いかける。
「タイム! 2vs1は無理! 同時は流石に無理だからーーーーーー!!」
死に物狂いで走るがあいつらも全力で追いかけてくる。
そりゃそうだ。戦いとはいつだって本気の上でしか成り立たないのだから。
ーーーーーー
気が晴れたようにスライムたちは去っていく。
散開していく中央には気絶した男の無残な寝姿。
感情を奪われるような絶景の中にポツンと景観を壊す敗者の姿。
ああ、空はこんなにも青いのに、晴れぬことばかりが彼を襲う。
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