1 コインの表裏
ここから行動経済学の話と経済学の話を中心にストーリーが展開されます。
眩しい日差しが私の顔を照らす。夏休みなだけあって夜明けが早く、まだ朝8時だと言うのに蒸し暑い。
私の耳元で携帯がブブブと振動している。
「アラームが…切り忘れちゃったか。もう一眠りしよう…。」
ブブブ…ブブブ…ブブブ…。さっき止めた筈のスマホが再び振動し始める。アラームならもう止めたはずだ。
『髙山日華夏』
スマホに表示されていたのは会長名前だった。寝ぼけていたはずの頭が一瞬で冴えてしまう。学校は既に夏休みに入り高校2年生の夏を満喫している中、会長から連絡となれば何も隠し事はないが背中に嫌な汗をかく。
振動していたスマホは直に静かになる。この後再びスマホが振動する事が予期で来た私はスマホの電源を切った。
勝った…。会長がしつこいのは去年散々見てきた。
「勝ったと思ったか?」
聞き覚えのある声に不気味な笑い声が聞こえた。
振り向くと、後ろに会長がいた。
「――ど……どうしてここに?一体どうやって…?」
「玄関空いてたぞ?フフフ…。」
「そんなわけ…。」
私は部屋の入口に見慣れた女を見つけた。
「お前か…。」
「そうよ。私がおばさんに頼んで開けてもらってたの。会長がこんな事もあるだろうからって。」
エスパーかよ。こんな事なら素直に学校へ行くんだった。私の平穏が崩れていく……。
「それで、わざわざ私の部屋まで迎えに来て学校で何をするつもりですか?」
「この間言ったじゃないか。君の進路のヒントのためだよ。」
「わざわざ夏休みに学校へ行ってですか?無駄じゃないですか?」
「部活動だし当り前だろう。それとも私はここでやってもいいんだぞ?」
「え?……いや、ちょ…。」
「私は賛成です。ここエアコン聞いてるし、ちょっと5人ってなると狭いかもしれませんが。」
「この際、狭いのは我慢しよう。じゃあ橘君。お菓子とジュースの準備を頼むぞ。」
会長と栞はこの間会ったばかりとは思えない程息ピッタリだ。巧みに私を扱き使おうとする。
会長に歯向かってもおそらく無駄だろうから私は大人しく1階へ降りお菓子とジュースを探した。
「あの会長、去年より図々しいな。まさかこんな展開になるなんて…。」
冷蔵庫に入っていたMuuと引き出しの中にあったおかきをお盆に載せ、人数分のコップを用意する。
「ただいま~」
玄関から母さんと妹の絵美の声が聞こえた。
「あら、起きてたの?栞ちゃんと生徒会長さんは来られたの?」
「お兄ちゃんそれ私のMuu!!」
「先輩たちはもう来てる。ってか鍵は掛けといてよ…。」
私は鍵が開けられていたから先輩や栞が入ってきた事を伝えた。
「でも、生徒会長さんはあなたの進路に必要なことなんだ!って言ってたわよ?それに、この間担任の先生からも進路希望票の事で電話があったわよ?」
ぐっ…。あの会長のやり口か?手が早すぎる。きっと会長から母親へ連絡するように根回しされていたんだ。
「進路は自分で決めるからいいんだよ。早くあの二人を追い出さなきゃ!せっかくの夏休みが!!」
「2人?さっき3人ぐらいが2階へ上がっていったけど?」
「すごく丁寧な子たちだったわね。生徒会役員って言ってたわよ?なんでも部活でこの家に召集されたって。」
母や妹はゲートキーパーにもならなかったってことか。
一刻も早く現場(自分の部屋)へ向かい、解散させなければ‼私は急いで階段を上り自分の部屋の扉を開けた。
「お?橘君、お邪魔してますよ。」
「セ、先輩!お邪魔してます‼」
「橘君、お邪魔してるよ。」
「大和、邪魔してるぞ?」
ん?一人変なやつが居なかったか?あたりを見渡して人数を確認する…。6人。この部屋に私を除いて6人いる。
「プププ…。アハハ!もうだめ。裕二君、この部屋に溶け込みすぎ…。」
「おっす!何か面白そうな事やってるって聞いてすっ飛んできたぞ。」
そうか、裕二が多いのか。
「いや、裕二高校2年の夏だぞ?暇かよ!」
「まぁまぁ、彼を呼んだのは私だ。彼にもこの部に入部してもらおうと思ってな。」
この会長は…。
「でも、この部は確か生徒会役員だけじゃないんですか?」
「現状生徒会役員しかいなかったからそうしているだけで、外部の者も歓迎だよ。むしろ人数が多いほど良い。」
「まぁいいじゃないかよ大和。俺とお前の仲だろ?」
まぁ正直私もこのメンバーで男が高峰と私だけって言うのは心細かったしいいか。
「わかった。」
「サンキュー‼」
今までに見たことのないにこやかな笑顔を見せる裕二。するとスマホにメッセージが飛んでくる。
『この部最高かよ‼』
裕二の言いたいことは非常にわかる。実は生徒会役員の3年生の先輩2人は全校生徒人気ランキングで不動の1位と2位なのだ。会長の妹響さんや栞もランキングトップ10に入っているし、傍から見ればうらやましい状況なのだろう。
「それではこれより第1回部活動を行う!」
会長が立ち上がり号令をかけた。その後沈黙を破ったのは他でもない私だった。
「えっと…、ちなみに何をするんですか?」
「よくぞ聞いてくれた、橘君‼まずは君たち6人にとある問を出すからそれぞれ意見を述べてくれ。」
◇◇◇
ここにコインがある。今4回連続で表が出ている。では5回目のコインは裏か表か。
◇◇◇
一体何の問題か分からない。
「じゃあ裕美から順に答えていってくれ。」
会長に指名され最初に応えることになった高橋先輩。
「えっと、裏じゃないかしら?」
「その理由は?」
「4回連続で表が出ているってことは次は裏になる確率が高くなるんじゃない?」
なるほど、5回連続で表になる確率を考えれば確かにそうだ。
「では、次橘君。」
「私も、高橋先輩と同じですね。5回連続で表になる確率を考えれば裏になる確率が高くなる気がします。」
「私も」
「僕も」
みんなそろって5回目は裏だと考えたようだ。
「人間というのは時に謝った判断をすることがあるものだ。君たちは確率というものを誤った情報で考えてしまっている。」
「誤った情報?」
「そうだ。これならどうだ?」
そう言って会長は手に持っていたコインをテーブル中央へ置く。
「私がこのコインを今から投げる。その時の裏と表の確率は?」
「そんなのお互いが2分の1の確率ですよね?あたりまえじゃないですか。」
「そう、これは当たり前なんだよ。」
「当り前…。そうか!」
「日高は気づいたようだな。」
2分の1が当り前?どういう事だ?
「橘君。君はコインが連続して5回表が出る確率がどれぐらいか計算できるかい?」
「32分の1ですね。」
「流石、即答だね。じゃあ今回の問題でその32分の1が発生する確率ってどれぐらいだい?」
そこで私は大きな間違いをしている事に気づいた。
「そうか。2分の1なんだ。」
「そう、2分の1なんだよ。君たちは4回連続で表が出ているという状況を基に5回目はどちらが出るか聞かれ、咄嗟に頭の中でその32分の1という確率を思い浮かべたんだ。その情報に引っ張られる事で、表より裏の方が出やすいと勘違いを起こしたというわけだ。」
なんてことだ。一見簡単に思えた問題が引掛け問題になっていたなんて。
「この思考はギャンブラーに多く見られる傾向で、一つの事柄に引っ張られるのさ。この引っ張ってしまうものこそ『代表性』と呼ばれるものなんだ。今回の32分の1のようにね。」
私たちは会長の問題のトリックに気づけなかっただけでなく、会長が出す問題に惹かれてしまっている事にまだ気付かずにいた。
これを読まれた方はどうでしたでしょうか?
コインの裏の方が確率的に高いと考えた方がいるかと思いますが、気を付けてくださいね。
世の中にはこのコインの表裏のように間違った判断をしてしまうケースがありますので。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回の最新話更新は午後10時を予定しています。
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