開戦の合図
リベが去って行ってからも、俺はベンチに座ったまま空を見上げていた。
今日の天気も晴れ。
忌々しい程に澄んだ青空が上空に広がっており、そこをたまに鳥が通過していく。
《兄さん、先ほどの少女ですが……》
俺がそんな風に空を見上げていると、凍華が声を掛けてくる。
そういえば、リベが一緒に居る間は誰一人――それこそ、桜花でさえ口を開いてなかった事に気づいた。
「何かあったか?」
《いえ……あの少女からは魔力を感じませんでした。ですが、兄さんのように“魔力がない”のではなく“魔力を意図的に隠して”いました。なので、どういった人物なのか判断する事が出来ませんでした……》
魔力――それは、一見同じように見えても人によって違う。
例えるのであれば、指紋だろうか。魔力を見る事によって、顔見知りならば誰だかわかるし、凍華曰くある程度の人となりを知る事も出来るらしい。
ちなみに、俺は“魔力がない”と言われてるし、自覚もしているがそれは少し違うらしい。
正確には、“限りなく0”というだけで魔法を行使する事も魔力を使って何かをする事も出来ないが、一応は水一滴の何百分の一くらいは存在しているらしい。
なので、俺の魔力を知っている人が見れば、俺かどうかがわかるとかなんとか……。
まぁ、魔法を行使する事が出来ない時点でそれは“無い”と言っても過言ではないから、結局は魔力が無いという話になるのだが。
それはさておき、どうやらリベは意図的に自分の魔力を隠していたらしい。
気になって凍華に聞いてみた所、魔力を隠すという行為はかなり難しいらしく、それを使える人間は恐らく10人居るかどうかって所だと言う。
「リベは魔力を隠す必要があった……?」
《その可能性が高いと思いですね。あの外見も恐らくは偽装だと思います》
「S級指名手配されている、とか?」
《あり得ます。外見を変えて、魔力を消せるのであれば捕まることは絶対にないですしね》
だが、俺の目から見たリベはそんな極悪人という感じではなかった。
少しの事で驚いたり、甘い物が好きだったり、どこか強引な……そんな、女の子だ。
「――わからないな」
《そうですね。想像は出来ますが、真実は本人に聞くしかないです》
凍華の言葉が終わるのを待っていたかのように、城下町全体にピィーッ! という甲高い音が木霊する。
その後に続くようにブォーッという低い音が聞こえてくる。
二つの音を聞いた人々は一瞬の静寂の後、悲鳴を上げて門の方から遠ざかるように走り出す。
「な、なんだ……?」
《警笛とブラックボアの角で作られた笛の音……兄さんッ!!》
「――ッ!!」
凍華の叫び声と同時に、東門の方から爆発音が轟き、大量の雄叫びが聞こえてくる。
そこまで来れば、俺にも何が起こったのかわかった。
――魔王軍が攻めてきたんだ。
◇ ◇ ◇
王城の内部は大騒ぎだったが、シエル姫だけは裕から事前に話を聞いていたため、冷静に指示を出していた。
補給線の確保、前線より下がった場所への救急所の設置……事前に準備して打ち合わせしておいた通りに事を進めていく。
本来であれば父である国王への許可が必要なのだが、今はそんな事をしている余裕はないとばかりに指示を出し、強引に準備を推し進める。
「出来るだけ早くしてください。前線ではもう戦いが始まってるはずですっ!」
「ハッ! 了解ですッ!!」
傍に居た騎士や兵士がシエル姫に従って行動する部屋の扉がバンッ! と勢いよく開く。
シエル姫がチラリとそちらを見ると、そこには勇者である柏木 春斗が真剣な表情で立っていた。
(厄介事が来ましたね……)
シエル姫が内心で嫌な顔をしていると、春斗がズカズカとシエル姫の前までやってくる。
「魔王が来たんだろ? 僕達も戦う」
「……お気持ちは嬉しいのですが、それは出来ません」
「何でだッ!? 僕らは勇者だ。市民に危機が迫っているのなら、助けるべきだろう!?」
春斗の言葉にシエルは内心でため息を吐く。
勇者とは、何かと扱いに困る者なのだ。
「ハルト様のお気持ちはわかりますが、勇者とは魔王を倒すための存在であり、市民を守るための存在ではありません……勇者は古来より、その力で魔王を倒し、世界を救う者なんです」
「なッ……それじゃあ、市民を見殺しにしろと言うのか!?」
その言葉に周りに居た兵士やシエル姫がピクリと反応する。
春斗は今、この国の兵士達が役に立たないと言ったようなものなのだ。
「春斗様、今の発言はこの国の騎士や兵士に対する侮辱ですよ?」
「うっ……そ、それはすまない……」
シエル姫に鋭く睨まれた春斗は素直に謝る。
何かと正義感が強すぎて暴走する春斗だが、自分に非があるとわかればちゃんと謝るのだ。まぁ、ほぼ認めないため謝る事はかなり稀なのだが。
「だけど、魔王が来たんならシエルが言った事に当てはまるはずだ! 僕も前線に行かせてくれ!!」
「春斗様に呼び捨てにしていいと許可を出した記憶はありませんが? それに、“魔王軍”が攻めて来たのであって、“魔王”の存在は現在確認されていません」
それ以外にも、勇者を前線に出せない理由がある。
それは、勇者とは“国王”の管轄なのだ。だから、シエル姫がいくら出したいと思っていたとしても、王の許可がなければ出撃させる事は出来ない。
コレが、召喚されたけど勇者じゃない人間だったら、話は別だ。
勇者以外の召喚された人間は国王の管轄ではないため、こういった時に前線へ出す事が出来る。もちろん、シエル姫はその指示を出しており、今頃は武具の準備やら何やらをしている頃合いだろう。
「だけどっ!!」
「すいませんが、私にもあまり時間がないのです。誰か、勇者様をお部屋まで“送って”あげなさい」
シエルが言外に『閉じ込めておけ』と含めて言うと、近くに居た兵士が半ば強引に春斗を掴んで部屋を退出していく。
「お疲れ様です」
「いえ……それよりも、状況はどうなっていますか?」
「姫様はお強い……現在、補給線の構築が九割となっております。野戦病院の方はササキ様が積極的に動いてくださっている事で、既に稼働しているとのことです」
「ササキ様には感謝しかありませんね……」
歴戦の戦士のような顔つきをした男性から報告を聞いたシエル姫は、そっと息を吐く。
ちなみに、この男性の名前はエルレール・バレシチルといって、騎士団の団長だったりする。
「では、私も前線へと行きます」
エルレールが壁に立てかけてあった大剣を手に持ってシエル姫に一礼する。
「ご武運を……あ、それと」
「なんでしょうか?」
「もしも――もしも、戦場で黒いフードを被った男性に会ったら伝えてほしい事があるんです」
そう言って、シエル姫はエルレールへと伝言を頼んだ。




