覚悟が無い者
俺は、高い時計塔の上に乗って前線である東門の方を見ていた。
本当は、直接東門に登るとかして前線を見たいのだが、生憎とこの国の兵士ではない俺がそんな所に登れるわけでもない。
こっそりと登っても良かったんだが、既にそこには兵士が弓を携えて構えているのが見えるためにやめた。
《戦況は若干優勢……ですね》
「だけど、相手はまだ本命を出して来ていない。この時点で“若干優勢”じゃ、厳しいな」
俺の目には、前線の遥か後方に大きな魔力を感じていた。
魔王ではない……が、それと同等くらいの魔力だ。恐らく、アレが今回の軍勢で一番強い敵だろう。
(それにしても、王国側の行動が早いな……国王じゃ、こんなに素早く指示を出せないはずだし、この事前に準備していたような早さ――シエル姫か?)
まさか、シエル姫にこういう才能があったという事に驚いていると、王城の方から何やら歓声が上がった。
《……大勢出てきますね。数は大体20人といった所です》
「誰だ? 近衛騎士とか?」
《近衛騎士は基本、国王の護衛なので前線に出ることはありません。なので、アレは可能性があるとしたら歴戦の騎士団とかそういう類ではないでしょうか?》
凍華とそんな事を話しつつ、歓声がした方へと顔を向ける。
王城は湖に囲まれており、城下町とは橋で繋がっている。その、橋の前には門の方から逃げて来た人々で溢れていた。
「ん……?」
《アレは……》
そして、その両方を繋ぐ橋の上を凍華が言った通り、大体20人程の若い男女がそれぞれ別々の武具を持って歩いていた。
「アイツら……まさか、出撃するのか?」
《兄さんの知り合いですか?》
「俺の同郷だ……」
《なるほど。一緒に召喚された人間なんですね。だったら、出撃するのも納得です》
「どういう事だ?」
《異世界から召喚された人間は、様々なスキルが付与されます。それは、この世界に元々存在している人間よりも高度なスキルですから戦場に出されるのは至って普通の事なんです》
なるほど。
確かに王国としても、ずっとタダ飯を食わせておくわけには行かない。
だが、シエル姫の言葉を信じるのであれば、アイツらは実戦経験がない。
それなのに、いきなり前線に出すのか……。
《気になりますか?》
「いや……別に、アイツらがどうなろうが俺には関係ない」
そうだ……何を迷っている。
アイツらは……美咲に敵対していたじゃないか。
俺に、アイツらを守ってやる必要性はどこにもない。
「……」
歩いている元クラスメイト達から目を逸らし、今も尚戦っている前線へと目を向ける。
この戦い、アイツらが出撃したとしてもきっと王国側が負けるだろう。
経験のないアイツらが、あの本命に勝てるとは思えない。
「そういえば、勇者達はどうした?」
《――反応はありますが、王城から動いていませんね。恐らく、出撃はしないものと思われます》
「そうか……」
“勇者は出てこない”きっと、それには何かしらの理由があるのだろう。
それでも、何故か腑に落ちない俺がいるのも確かだった。
《ユウ、斬りにいかないの?》
白華がつまらなそうな声で俺に言って来る。
どうやら、この眺めているだけの状況に飽きて来たらしい。
白華はどちらかというと、戦うのが好きなタイプだ。
それは、きっと魔刀として正しいのだろう。
「まだ、行く気はないな……」
《えー……」
「この国を助ける気もないしな。もしもの時は、佐々木とシエル姫だけ助けて逃げるさ」
俺の言葉を聞いた白華は「つまんなーい」と連呼し始め、それを凍華と翠華が宥める。
この二人は魔刀のお姉さんみたいなポジションだから、任せておけば大丈夫だろう。ただ、俺の脳内で話すのは止めてほしい。
一人ならまだしも、大勢となると結構うるさい……。
「寝華が寝てるのはいつもの事として、桜花はどうしたんだ?」
《んー、起きてるよ?》
「静かだけど、どうしたんだ?」
《わかんないけど……呼ばれてる気がする》
「どこに?」
《んんぅ……わかんない》
桜花の言葉を聞きつつ、俺は前線へと到着したアイツらを見た。
到着がかなり早いが、おそらく誰かがテレポートとかそういう系の魔法を使ったんだろう。
「さて、お手並み拝見……だな」
俺は、無意識に握っていた桜花から柄を離しながら、誤魔化すように腕を組んで前線へ一層集中するように目を向けた。
◇ ◇ ◇
前線は混沌としていた。
人間と多くの魔族が入り混じっており、その体液を周囲へと撒き散らしながら命を削り合う。
「勇者様の仲間達が来たぞ! あと少しだッ!!」
その体から血を流し、自らが受けた返り血とで入り混じった液体で体を染色して、大剣を携えた男性が大声で叫ぶ。
その声で大半の兵士は士気を上げるが、一部の兵士は怪訝そうな顔をした。
エスティア王国には二つの派閥が出来上がりつつある。
一つは国王を崇める王国派。
そして、もう一つが勇者達に対してどこか疑問を持ちつつある、反国王派である。
「はぁ……」
大剣を持った男性――エルレール・バレシチルはその状況にため息を吐く。
バレシチルとしても、戦場でそんな私情を持ちこむなと言いたい所だ。だが、現状それを指摘した所で何かが変わるとも思えないし、そうしている間も敵は待ってはくれない事を知っているのだ。
「フンっ!!」
考え事をしている間に近寄ってきていた魔物を大剣で薙ぎ払い、チラリと増援として送られてきた勇者の仲間を見てみる。
(実戦経験がないのか? 足が竦んでいるじゃないか……ッ!!)
バレシチルは知らない事だが、勇者の仲間達からしたらこれが初めての実戦なのだ。
話には聞いていた魔物の姿や、それらを相手に命のやり取りをしなければならないという恐怖で身が竦んでしまっていたのだ。
彼ら、彼女らも前線に出てくるまで完全に慢心していた。
自分達には凄い力があるのだから、攻めて来た魔王軍なんて余裕で倒せると。
だが、現実は違った。
いくら凄い力を持っていたとしても、命のやり取りをするという“覚悟”が無ければ何の意味もないのだ。
「D分隊は勇者の仲間達を守ってやれ!!」
「「「了解ッ!!」」」
使えない――そう、判断したバレシチルは国王派が多いD分隊にお守りを任せる事にし、即座に命令する。
そのまま、他の分隊に続くように命令を下し、バレシチルは死地へと大剣を構えて踏み込んだ。




