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岩をも斬る

 訓練から一ヶ月とちょっと経った辺りで俺は龍剣と共にあの桜の木の下に来ていた。

 朝早くから呼び出されたために腰に差している桜花は寝ているが、翠華は俺の隣に立っている。


「てか……コレ、どうやって持ってきたんだ?」

「儂らは龍じゃからのぉ……この程度、造作もないわい」


 俺と龍剣の目の前には慎重の何倍もある大きな岩が置いてあった。

 昨日の夜には無かったから、俺が寝ている間に持ってきたのだろう。


「龍剣様、こちらを」

「うむ。ご苦労、椿」


 もはや見慣れた程にいつの間にかそこに居た侍女――こんな所で名前が発覚するとは思わなかったが、椿さんが龍剣に刀を差しだす。

 その刀は俺が手に持っているのと同じ見た目をしている所からして、何の能力もない無刀なのだろう。


 ちなみに、何で手に持っているのかと言うと、左腰に差すと桜花が凄く嫌がるからだ。そのため、訓練の時以外は手に持つようにしている。


「さて、お主には次の段階に進んでもらう。まずはコレを無刀で両断出来るようになってもらう。そうじゃなぁ……まぁ、期間は今日から三日というところか」

「なっ……!? そんなの、出来るわけないだろ!」


 何の変哲もない刀で岩を両断するなんて、ファンタジーの世界でしかあり得ない。

 いや、まぁ、ここは異世界だからファンタジーと言えばそうなんだが、勇者みたいな力を持っていない俺に出来るとは考えられない。


「やる前から諦めるでない。まずは手本を見せるとしよう」


 龍剣は無刀を左腰に差し、無造作にそれを抜いて右腕を上げる。


「ふんっ!」


 無刀が振り下ろされる。

 岩が柔らかいんじゃないかと錯覚させる程にすんなりと刃は岩に侵入し、ソレを両断する。


「とまぁ、こんな感じじゃな」


 いや、こんな感じって言われても何もわからんかったぞ……。


「お主が三日以内に出来なかったら……そうじゃなぁ、記憶を消してここで死ぬまで暮らしてもらうとしよう。仕事は、この桜の木の世話とかどうじゃ?」

「……美咲を救いに行くのを諦めろと?」

「そう言っておる」


 まっすぐとこちらを見てくる龍剣の目を見る。

 俺を騙そうとしているとかそういう気配は感じない。コイツは、本気でコレを三日で出来なければ記憶を消してここに死ぬまで幽閉する気だろう。

 いや、それ以前にこの程度出来なければそれまでだと考えているのかもしれない。


「わかったよ。無刀で岩を両断すればいいんだな?」

「うむ。出来れば儂も文句はない」


 龍剣はそう言って屋敷へと歩いて行ってしまう。

 それを見送ってから、俺は大岩へと向き合った。



 桜花を起こして人型になってもらい、左腰に無刀を差す。

 とりあえず、手始めに岩を触ってみる。冷たく、それでいて硬い普通の岩のようだ。特に脆い部分があるとか逆に強度を上げる魔法などが掛かっている感じでもない。


「……」


 無刀を抜いて、龍剣の動きをトレースしながら無刀を振り下ろしてみると、案の定無刀は弾かれた。

 

 龍剣は力を入れている感じではなかったが、ヤツは聞いた話だと龍らしいし人間の俺とスペックが違うだろう。


 そう考えて、今度は力を入れて振り下ろしてみる。

 弾かれたものの、今度は岩に傷を付ける事に成功した。

 だが、無刀の刃は少し欠けてしまった。始める前に龍剣が使っていた無刀を見せてもらったが、刃こぼれの一つもしていなかった。


「……わからん」


 刃が欠けたという事は、力を籠めるという事でもないというのはわかった。

 だが、そうなるとどうすればこの岩を両断できると言うのか。


 訓練開始一日目は色々と思いつく限りの事を試して終わった。




 二日目。

 俺は今朝龍剣に言われた事を思い出していた。

 曰く『能力は使うな』とのこと。龍剣が言う能力というのが何を差すのかはわからないが、平行世界の俺から経験を共有するというのも能力ではあるために封じられてしまった事になる。

 つまり、今の俺が自身の力でどうにかしなければいけないわけだ。


「どうすっかなぁ……」


 もう日課となってしまった素振りをしながら考える。

 今日を入れたら残り二日。それまでにどうにかしなければならない。


 その日は刀は素振りでやってるみたいに刃を立てるように振り下ろすと切れ味が上がるという事を知った。

 


 

 三日目。

 今日は最終日だから、いつもよりも早起きして日課の素振りを終えて岩を見つめている。

 岩は大小様々な傷が付いているが両断できる気配はない。昨日は刃を立てるといいという事を発見したのでそれを意識しながら今日もやっているのだが中々難しい。


 感覚的にはあと一歩、何かが足りていない。

 試しに龍剣が両断した岩に対して桜花を使ってやってみたら簡単に斬れた。だが、コレは桜花の力であって俺の力ではないというのも理解できた。


「一ノ瀬様。少しよろしいでしょうか?」

「うぉっ!? つ、椿さん……どうしました?」


 いつの間にか背後に立っていた椿さんに驚く。

 神出鬼没なのは慣れたが、それが自分に向くと流石にビックリしてしまう。


「剣は真っ直ぐと振り下ろすと切れます。刀は刃を当て、引くようにすると切れます。失礼ですが、一ノ瀬様は元の世界で刀を振るった事はありますか?」

「いや……ない、ですね」

「なるほど。では、感覚としては包丁を思い出すと良いでしょう。包丁も食材を切る時に軽く引くでしょう?」


 これはもしかして、俺にヒントをくれているのか?

 確かに、俺は今まで斬る時に引くという行動をしていなかった。つまり、刀本来の斬り方をしていなかったという事だ。


「なるほど……ありがとうございます」

「いえ。では、頑張ってください」


 それだけ言って立ち去る椿さんに頭を下げながら、俺は岩へと向き合った。





 椿が屋敷の方へと歩いて行くと、そこには龍剣が壁に背を預けて立っていた。


「椿……」

「申し訳ありません。身勝手な事を致しました」

「いや、良い」

「ありがとうございます」


 龍剣は目を細める。椿がこのような行動を取るのは龍剣が知る限りそんなに多い事ではない。


「やはり、気になるか」

「はい。一ノ瀬様はとても似ています」


 何が。とはお互いに言わない。

 龍とは魔力が見える。そして、この世界では魔力とは同じに見えて個人によって微妙に変わっており、まったく同じという事はあり得ないのだ。

 

 だが、裕の魔力は二人が良く知る純と一致していた。

 最初は中身も純そのものかと思ったが、会話をしていて全くの別人だという事に気づいた。


「運命には、抗えないものか」

「仕方がない事だと思います」

「わかっておる。奴があの時儂に頼んできた事を思えば、この事を見越していたに違いない。ならば、約束通りに鍛えるまでだ」

「……」


 二人がそんな会話をしていると、裕が居る方から大きな音が聞こえて来た。


「どうやら、斬れたようじゃな。では、行くとしよう」

「御意に」


 言外に話はここまでだと龍剣は会話を打ち切り、裕の方へと歩き出した。





 ――刀は引くように斬る。

 椿さんとの会話でそれを知った俺は意識を集中させる。


「――シッ!!」


 短く息を吐きながら無刀を振り下ろすと、手にわずかな抵抗を感じたがそれもすぐ無くなった。

 残心――それは、刀を振りぬいた後、その形で止まる行動の事だ。


「どうやら、斬れたようじゃの」


 残心を解いて声がした方に振り向いてみると、龍剣が腕を組んで立っていた。


「これで試験は突破じゃ。明日からは体力作りをしてもらう。お主の体力は通常よりちょっと多いくらいじゃなからな。この先、戦い抜くつもりならば体力は多いに越したことはないしの」

「わかった。ここら辺を走ればいいのか?」


 俺が聞くと、龍剣はニヤリと笑みを浮かべた。

 その顔にゾッと嫌な予感がする。聞いてはいけない。聞いたら絶対に後悔する。そういう予感が背筋を走り、本能に訴えかけてくる。


「お主はこれから毎日、ここから麓まで夕暮れまで走れ」


 その言葉を聞かなければよかったと、この日ほど思った事はなかった。

皆さまのお陰で20,000PVを超える事が出来ました。

書き始めてからの目標だったので、とても嬉しいです!


これからも、皆さまにお楽しみ頂けるような作品を書けるように努力して行きますのでよろしくお願い致します!


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