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自分の一部

「さて、契約の際にはご主人様マスターの一部を頂く事になっているのですが……」


 翠華すいかは伺うように俺を見つめる。


「あぁ、それは知ってる。現に俺の右目と左腕はあげてるしな」

「なら、話が早いですね。私はご主人様の左目を頂きたいと思います」


 左目か……

 確か、翠華の目は真実を見通す魔眼だったはずだし契約したら俺もそういう能力を使えるようになったりするのかな?


「では、契約をしましょう」


 翠華はそう言って俺の左目に右手の人差し指と親指を当てて目を閉じる。

 それと同時に二人を囲むように緑色の魔法陣が出現する。


「行きます。痛いとは思いますが、一瞬ですから」

「え?」


 それはどういう意味だ? と聞く前に翠華の指が俺の左目へと深く侵入した。

 グリュッという音と共に左目を抉られる感覚と鋭い痛み。


「すぐですから……」


 いや、すぐとかそういう問題じゃなくて、目を抉るんだったら最初に言ってほしかった。

 生まれて初めて目を抉られるとかいう体験をしたけど、コレは普通に怖い。


「終わりました」

「終わったのはいいんだけど……やるなら、最初から言ってほしかったな」

「すいません、伝え忘れていました」


 謝る翠華を右目で見てみると、そこには嘘がないように思えた。

 言葉にするのが難しいのだが、漠然と「これは嘘ではない」とそう思えたのだ。


「まぁ、いいけど……」


 嘘ではないのであれば、ここで俺がネチネチと説教をするのも罪悪感があるという物だ。


「本当にすいません。それで、目の方はどうですか?」


 右目を動かして見回してみても何の違和感も感じない。

 それを翠華に伝えると、安心したように胸を撫で下ろしていた。


「さて、それでは次はあの子ですね」


 翠華はそう言いながら黒龍の背中に刺さっている魔刀を見つめていた。

 あぁ、そういえばアレは時間停止の能力を持った魔刀なんだっけか。


「その前に、桜花を回収しないと」


 どうにか動けるようになった身体を引きずって桜花の元まで歩いていく。

 近づいて見てみると、魔力が無くなったせいなのか刃に光が無くなっていた。それを何故か悲しいと思いながらも拾い上げて鞘に納める。


(俺が不甲斐ないばかりにすまない……)


 自分の娘に助けられたという事を恥ずかしく思う前に、自分の不甲斐なさが嫌になった。

 俺がもっと強ければ、桜花はここまで消耗する事もなかったのではないだろうか? その思いが俺の隊内を駆け巡り、カッと顔が熱くなる。


(強くなりたい)


 今までは漠然と美咲を救うためには強くならなければならないと思っていた。

 その粒子状だった想いは今回の一件で『守るためには強くなければならない』という確かな結晶となった。


「ところで、翠華はいつまで全裸なんだ?」

「何分、鞘がないもので……」


 魔刀にとって、鞘とは服の意味合いもあるんだったな……

 それにしても、スタイルがいい女性の裸を前にしても俺はどうして欲情の欠片も沸かないんだ?


「とりあえず、コレでも着ていてくれ」


 纏っていたマントを翠華に渡す。


「ありがとうございます」


 マントをいそいそと羽織る翠華を横目に黒龍に登る方法を考えて居ると、背中に視線を感じた。


「どうかしたか?」

「いえ……本当に凍華姉さんなんだなって思っただけです」


 本当にというのはどういう意味なんだろうか?

 もしかしたら、偽物でも居るのか?

 

「そうか……ところで、アレって登って引っこ抜かなくちゃいけないんだよな?」

「そうですね。魔力があれば私が取りに行ってもいいんですけど……」

「いや、いいよ。俺が行く」


 黒龍の足元まで行き、鱗を足場に登って行く。

 片腕しかないと流石に登りづらいな……。


「っと、ここか」


 数分掛けて登り、刺さっている魔刀の柄を握る。


『……だれぇ?』

「――!?」


 握った瞬間に気の抜けた眠そうな声が聞こえてくる。

 それが、この魔刀から発せられている物だという事を理解するまで若干固まってしまった。


『ん―……似てるけど、違うね。君、誰だい? その腕を斬り飛ばそうとしても出来ないし』

「出来れば、斬りおとしてほしくないな。コレが残りの一本なんだ」

『……』


 しばしお互いに無言。

 俺としては、今この魔刀と何を話していいのかわからないというのが正しく、下手に何かを言って機嫌を損ねるのも嫌だったのだ。


『なるほどね。君、魔刀と契約しているんだね』

「わかるのか?」

『そりゃ、同じ魔刀だからね。そうかそうか……つまり、彼は死んでしまったんだね』


 その言葉に引っかかりを感じる。

 どうして、俺が魔刀と契約していたら前の持ち主が死んだとわかるんだ?


「どういう事だ?」

『ん? 何も聞いてないの? 凍華お姉ちゃんが居るのに? ……あぁ、凍華お姉ちゃんは寝てるんだ?  コレまた手ひどくやられたものだね。君が酷使したのかな?』

「否定は出来ないな。ただ、相手が格上だったんだよ」

『格上、ねぇ……? 君は格上の相手に戦いを挑む戦闘狂って事かな?』

「そんな自殺志願者になった記憶はないね。どうしても戦わないといけない理由があったんだよ」


 あそこで戦わなかったら、俺は無抵抗で美咲を渡した事になる。

 そんなの許せるわけがない。


『ふぅん……それで? 君はどうしたいの?』


 相変わらずの眠そうな声だが、その中に“嘘をつく事は許さない”という感情が籠っているのを感じた。


「俺と契約してほしい」

『正気? 君だって魔刀と契約しているんだから、ソレがどういう意味になるかをわかって言ってるんだろうね?』

「ああ。両目と左腕はもうないから、他の部分ならくれてやる」


 迷わず言い切る。

 確かに、自分の身体が自分の物で無くなっていくのは怖い。それこそ、今すぐ発狂して暴れまわるくらいには怖い事だ。

 だが、コレは必要な事だ。

 力は、無償で手に入れられる物ではない。いや、神に愛されているであろう勇者達ならば無償で強大な力を与えられている事だろう。

 しかし、俺は勇者ではない。だからこそ何かを対価にしてでも……それこそ、自らの命を対価にしてでも力を手に入れる必要があるのだ。


『一つ、聞いてもいいかな?』

「なんだ?」

『どうして、そこまでして力を求めるの? 別に、普通に生きていく上で過度な力なんて必要ないでしょ? むしろ、邪魔なだけのはずだ。それなのに君は力を……それも、自らを対価にしてでも誰も追従出来ない程の力を求めているのを感じる。一体、君の何がそこまでさせるのかな?』


 答えは、さっき翠華と会話してしっかりと見えていた。

 だから、俺は胸を張った。


「美咲を……大切な……いや、違うな。愛する女性を救うためだ」


 嘘偽りない本音だった。

 元の世界に居た時は自覚さえしていなかった美咲への感情だ。


 俺は、彼女を心のそこから愛しており、半身のように大事に思っている。


『そっか……そっか! いいよ。契約してあげる。対価は君の斬りおとせなかった右腕でどうかな?』

「ああ、持って行ってくれ」

『うんうん。魔刀、寝華しんかの名を以ってここに契約する』


 青い魔法陣が出現し、俺と寝華を囲む。

 それと同時に右腕が自分の物ではなくなった感覚。自分で動かせるのに、どこか自分という人間の一部から逸脱した物となった感覚が襲う。


「右指が……」


 斬りおとされたはずの人差し指が再生し元の五本指に戻る。

 痛みも何もなかった。


『まぁ、ボクの物なのに欠損しているのも嫌だしね。さて、君の事は何て呼べばいいかな?』

「特にリクエストはないから、好きに呼んでくれ」

『そうかそうか。それじゃあ、変わらず“君”と呼ばせてもらうよ。短いか長いかはわからないけど、これからよろしくね』

「ああ、よろしく」


 契約が終ると、寝華は『眠いから寝る』と言って黙ってしまった。

 名前の通り、寝る事が趣味の魔刀なのだろうか?


「とりあえず、抜くか」


 寝華を黒龍から引き抜いて、俺は地面へと降りた。

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