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想い

 意識を取り戻してまず最初に気づいた事は右目が見えないという事だった。桜花と契約してから今までこんなことはなかったために不安になってしまう。


「桜花……?」


 ふと、下を向いていた視界に誰かの素足が写り込む。

 最初は桜花かと思ったが、その足は桜花の物より大きいために違うと判断しすぐに臨戦態勢を取るために視界を上げ、立ちあがろうとした。


「ぐっ――!」


 視界を上げる事には成功したが、体中を蝕む鋭い痛みによって立ち上がる事はできず、俺は変な態勢で硬直する事になった。


「あっ、今は動いちゃダメですよ」


 そう言って俺の両肩を掴んで見た目からは想像できない力で座らせて来る女性。

 輝くようなプラチナブロンドを腰まで伸ばし、透き通るような緑色の瞳をした女性は先ほど俺の視界に入ってきた足の持ち主でもある――何故か、全裸だが。


「……だれ?」

「あっ、自己紹介がまだでしたね。私は翠華すいか、そこに刺さっていた魔刀です」


 翠華が指さした方を見てみると、確かに俺が意識を失うまで刺さっていた刀が無くなっていた。


 いや、待て……


「桜花……?」


 翠華が刺さっていた場所付近に一振りの刀が転がっている。

 良く知っている長さと装飾のソレは桜花であるという事が一目でわかった。


「あぁ、すいません。本当はこっちに持ってきたかったのですが私の魔力が足りてなくて……」

「……状況を説明してほしい」


 翠華から俺が意識を失っている間の事を聞いて、大体の状況を把握した。


 翠華の事も前世の記憶を見て来たために本物の魔刀であるという事を信じる事も出来たし、言っている通り俺の傷はきちんと塞がっていた。

「魔力があれば傷口も消せた」とは翠華が残念そうに言っていた事だ。


 桜花の事もすぐに回収してあげたいが、同じ魔刀同士でも魔力がなければ触れただけで反発しあって互いを傷つけてしまうために契約主である俺が回収しなければならなく現状だと無理だと判断して、しばらく待ってもらう事にした。


「ところで、貴方は何者ですか? 私の持ち主と同じ魔力を感じますけど……」

「簡単に言うと、俺の前世は純なんだ」


 まぁ、簡単に言っても理解されないだろうと思っての発言だったが、翠華は納得したように両手を合わせた。


「そうだったんですね」

「……疑わないのか? 自分で言うのもアレなんだが、かなりおかしい事を言ってると思うぞ」

「魔力で大体の事はわかっていましたから」


 その言葉に疑問を覚えて詳しく聞くと、この世界では同じ魔力を持つ人はいないらしい。それこそ、同じように見えても細かく見ればちょっと違うみたいな感じで、人それぞれの魔力を持っているとのことだ。


 そして、純と俺の魔力は完全に一致しているらしい。


「それで? 翠華はどうするんだ?」


 契約主はとうの昔に死んだぞ、と言外に込めて聞いてみる。

 ここで放浪の旅に出たいと言うのであれば、ソレを止める事はしないと決めてもいる。


「そうですね……出来れば貴方と契約したいですが、その前に二つ質問していいですか?」

「ああ、別にいいけど」


 翠華は半身になり、ゴブリンたちの死体を手で示した。

 何が言いたいんだ?


「コレは、貴方がやった事で間違いないですね?」

「まぁ、そうだな」

「……貴方はこの光景を見て何も思わないんですか? その感じから、彼と同じようにこことは違う世界から召喚されたと思うんですけど」


 言われて、確かにとどこか他人事のように思った。

 俺は、この世界に召喚されてからそんなに時間は経っていない。それに加えて、元の世界では動物を直接殺した事などないはずだ。


 なのに、どうして何も思わない――?


 そこに気づいた時、背筋が寒くなった。

 俺という存在が、俺ではない別の『誰か』になっている……そんな気がしたからだ。


「わからないみたいですね。では、次の質問です」


 翠華は次が本命と言いたげに姿勢を元に戻し、俺の瞳を見つめる。

 全てを見透かされているような、全てを知っているような目だ。


「貴方は――何のために戦うんですか?」


 今一番、俺がしてほしくない質問をしてきた。

 今までだったら……あの記憶を見る前までだったら、迷わずに『美咲を救い出すため』と言えただろう。


 だが、今はどうだ?

 俺は心の底からそう言える事が出来るのだろうか?

 いや……どのみち、それしか戦う目的なんてない。


「美咲を……大切な人を魔王から救い出すためだ」

「……」


 俺の言葉を聞いた翠華はジッとその緑色の瞳で俺の目を見た。

 まるで、全てを見透かされている気分だ。


「嘘、ですね。いえ……全てが嘘だというわけではないですが、ソレを心の底から言えてはいませんね」

「――っ! お前に何がわかる!?」

「わかりますよ。私のこの目は真実を見通す能力が付与されている魔眼ですから」


 そう言われて、先ほど感じた『全てを見透かされている感じ』が真実だったという事に驚く。


「迷っていますね。何に迷っているかまではわからないですけど、恐らく自分の想いよりも大きい物を目にしましたか」

「だったら、なんだ……」


 わからないとか言いながらも、コッチの事を見抜いてくる。

 それも魔眼の能力かどうかはわからないが、ここは素直に認めておいた方がいいだろう。


「いえ……その程度の想いなんだなって思っただけですよ」

「――っ!!」


 顔が熱くなるのがわかった。

 それと同時に痛む身体を無視して立ち上がり、右手で背中に背負った凍華を掴む。


 たったそれだけの動きで身体は悲鳴を上げる。

 例え傷が塞がっていたとしても、負ったダメージだけは消せない。


「……真実を言われたら激情する。貴方も変わらないですね」


 翠華は溜息を吐いた後に、その手に小刀を出現させる。


「今の魔力ではコレが限界ですね……さて、こちらとしてはやり合うのはいいのですが貴方はその折れた刀で戦う気ですか?」

「……」


 ドクンドクンと心臓が波打つ。


 握った柄からは今は眠っているはずの凍華から『やれます!』という意志が伝わってくる。

 俺としても、翠華を今すぐ斬って捨てたい気持ちで一杯だ。

 

 だが、それでいいのか?


 勝つことはもしかしたら難しくないかもしれない。だが、ここで戦った場合少なくとも俺は凍華を修復不可能な状態にしてしまうだろう。

 それは、本当にやっていい事なのか?


「……やめておく」


 俺が柄から手を離して呟くように言うと、翠華はその手に持った小刀を消す。


「賢明だと思います。私とやり合ったら、凍華姉さんは無事では済まなかったと思いますしね」


 そう言って微笑む翠華。

 くそ、コイツさては俺がここで引く事も想定済みだったな。


「人が誰かを愛するのは簡単です。問題はその想いを……決して返ってこない想いだとしても、それを貫き通せるかどうかというのが重要な事なんです」


 そう歌うように言いながら翠華は俺の目の前まで近づいてきてその両手で俺の顔を包む。

 そのまま、目を逸らす事を拒むように俺の顔を固定して覗き込んでくる。


「貴方は、自分よりも強大で届かないと思わせるような物を見ました。それでも、貴方は自分の中にある想いを貫き通す事が出来ますか?」


 どうだろう?

 ソレは、俺があの夢を見てからずっとどこかで考えていた事だ。


 俺は、どれだけ頑張ってもあの二人のような関係にはなれないかもしれない。

 それでも、この想いを――


「愚問だな……」


 自嘲的な笑いが出てくる。

 何が『あの二人のような関係に』だ。


「俺は、あの二人とは違う。それでも、美咲への想いだけは……」


 その先は口から出る事はなかった。

 翠華が俺の唇に人差し指を当てたからだ。


「その先は言わないでください。言葉は口にしたら価値が下がってしまいますから」

「そうか……それで、契約はどうするんだ?」


 俺の質問に翠華は姿勢を正して微笑んだ。


「契約させて頂きます。貴方はこれから私のご主人様マスターです」

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