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眠り

 天使とは人間にとっては救いの象徴とも言える存在だそうだ。

 苦しい環境や生活を過ごす人たちの元に天より舞い降りて、それらに救済を与えていく純白の翼を持つ上位存在。

 それが、この世界における天使という存在に対する認識だ。


 では、俺はなんだ?


 刃が砕け散って握っている柄しか存在しない心刀を持ち、既に立っているのが不思議なくらいに崩壊した身体で彼女たち(天使)の死骸に囲まれて生き残ってしまった俺は一体何なんだろう。

 人間の救いの象徴を殺しきった俺は……魔王よりも酷い存在なんじゃないだろうか?


「……我ながら……くだらない事を、考えている……」


 そう、くだらない。

 この世界は神に見放された失楽園。

 そこには救済なんて優しい物は存在せず、この世界を救うのは他の誰でもない自分自身だ。


 今更、しゃしゃり出て来られても迷惑だ。


「あぁ……眩しいな……」


 右目しか見えなくなった視界に太陽の光が差し込む。

 周囲にある天使の死骸は俺と同じように光の粒となって宙へと上がる。いや……再構成が始まったこの世界そのものが光の粒へと変換されて行っている。

 やり直すにはその全てを一度無に還す必要があり、この光景はその前兆と言えるだろう。


「ぁ……」


 ガシャンとガラスが砕け散るような音と共に右足が崩れ去り、支えを片方失った俺の身体がグラリと揺れる。

 このまま地面に倒れてしまえば薄氷のように全身が砕け散るだろう。

 だが、それでもいい。もう、この世界で俺がやり残した事なんて何一つ無いのだから。既にこの命を使ってやらなければならない事は無い。


 だから、ここで終わってもいいと思って目を閉じた。


「……?」


 だが、どれだけ待ってもその時は来なかった。

 ゆっくりと目を開けてみれば、そこには小さな身体で俺を必死に支えるフェルの姿があった。


「フェル……」

「命令を無視してしまい申し訳ありません……ですが…………」

「……そうか」


 もう、この身体に力は入らない。

 なら、後はこの子に任せるのもいいだろう。


「貴方は誰にも成し遂げられない偉業を達成しました。人々が記憶せずとも、私はこの目でいつまでも記憶します……ですが、それではあまりにも報われないじゃないですか……せめて、何か一つでも褒美があって然るべきです」

「そんなことはない……この世界に住む人たちは誰も俺に救ってくれなんて、頼んじゃいない……勝手にやって、勝手に死ぬ……それだけの話だ……そんな、自殺志願者に一体誰が褒美を出すと言うんだ」

「なら……!!」


 普段聞かないフェルの大声が広間に反響する。

 無感情だと思っていた彼女は、実はちゃんと感情を持っていたらしい。


「なら……私が差し上げます。何でもいいんです。何か、望みはありませんか……?」

「望み……」


 広間に視線を彷徨わせ、そこでふと思い出した。

 前世であった彼と彼女は魔王領で見つけた植物をある場所に植えた。ソレは時を経て大きくなり、今でも綺麗な花を咲かせている。


(最期にアレをもう一度見たい―――)


 そう思ったのと口から言葉が零れたのは同時だった。

 フェルはゆっくりと頷き、その小さな身体で俺を抱えて黒龍の方へと歩き出す。その過程で残っていた左足も砕け散ったが誰も気にしなかった。

 俺にとってはそうなる事を知っている現象でしかなく、フェルにとっては俺に時間が無いのを知っていたからだった。





 龍剣山(りゅうけんざん)――竜の楽園。その頂上にある和風建築の庭に桜の木は生えている。

 遥か昔、純と桜という二人の男女が植えたソレはどれだけ時間が経とうとも枯れる事も弱る事もなく、この場に存在している。勿論、世界の修正が始まったこの瞬間でも。


「綺麗だ……」

「……はい」


 大木となった桜の木。その根元に降ろされた俺は今も満開で咲いている桜を見上げて呟く。

 花びらが輝いているように見える不思議な桜。一ノ瀬 裕の記憶から探し出してみれば、その形は八重桜に似ているかもしれない。まぁ、アレは光ってはいないが……


「ん……?」


 そこで、ふと記憶が刺激された。

 一ノ瀬 裕のものではない、俺の奥底に封印された記憶。


「昔……」

「……?」


 ほんの僅かな残滓。

 完全に思い出す事は出来ないであろうソレを何気なしに見つめて、言葉を紡ぐ。

 きっと、コレを言葉にしたとしても会話にならないだろう。完全に覚えていない物を語る事は難しいからだ。


「こんな……桜を、二人で見たな…………」

「―――」

「そう……確かに、見たんだ……あぁ、でも……思い出せない。コレと同じくらいに綺麗だったはずなのに……残滓しか見つからない」

「……いいんです。無理に思い出さなくても、いいんです……だって―――」


 今、こうして。また二人で見れているじゃないですか。


 フェルはそう呟く。

 その言葉に返事出来たかはわからない。

 でも、確かにそうだな―――そう、思いながら俺はゆっくりと目を閉じた。





「主様……?」

「……」


 フェルは見上げていた桜から視線を下げ、木の根元に寄りかかって目を閉じる自身の主へと目を向ける。

 寝息は聞こえない。きっと心臓も動いていないだろう。だが、その顔はとても穏やかで、ゆっくりと深い眠りについているように見えた。

 だからだろう。

 フェルはその淡く赤い瞳を逸らす事が出来なかった。


「不思議ですね……貴方は私の事なんて覚えていないはずなのに。別人と言ってしまった方が収まりがいいはずなのに……」


 その瞳から一筋の涙が零れ落ちる。


「この結末は……調律の女神(お母さま)から聞いていたはずなのに……」


 傍に置いてあったライフルを抱きしめる。

 これまで自分を支えて来てくれた相棒に助けを求めるように強く、抱きしめる。


「どうして……こんなに、悲しいんでしょう……? 最初から、貴方は逝ってしまうとわかっていたはずなのに……覚悟をしていたはずなのに……」


 調律の女神は運命の女神は仲が良かった。

 だから、運命の女神の計画を知った時にその従者となれるように自らも子供を創った。ソレがフェルだった。

 調律の女神はフェルに戦い方と愛情を教えた。

 運命の女神の子とも頻繁に会わせて「あの子が貴女が仕える人よ」と教えてきた。


 だから、ソレが当たり前だと思っていたし、そうなった今でも後悔はない。


「でも……」


 色々と教えてくれた母親に文句を言えるのであれば。


 失う悲しみも教えて欲しかった―――そう、フェルは思った。

いつも読んで頂きありがとうございます!


ながーく続けてきたこの物語もあと三話ほどで完結となります。

最後までお付き合い頂ければ嬉しいです!!


あと、新作も投稿を始めましたのでそちらもよろしくお願いします!

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