二人の物語は終わる①
二か月も空いてしまってすいません……
その日、世界は再創造された。
とある姫はその光景を見てある男に心から感謝した。
ある翁は庭先に生える桜の根元に落ちていた黒い外套を見て全てを察した。
とある狼の神は天へと上る無数の光の粒子を見て安堵した。
とある竜の神は大空を征きながら眼下の光景を見続けた。
誰もが、その光景を見て何かを思った。
不安もあった。困惑もあった。だが、それ以上に皆それぞれが安心感を抱いていた。
天に住まうたった一人の神を除いて。
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無数に広がる様々な花。
暖かく優しい風が吹き抜け、色とりどりの花びらが宙を舞う幻想的とも言えるこの世のどこにも存在していない場所で一人の男が目を開けた。
「なんでまたここに……?」
男は立っている場所が運命の女神が創りし天界の花畑だという事を知っていた。
だが、それ以上に役目を終えて死んだはずの自分が今ここに存在している事の方が疑問だった。服装は最期に纏っていたローブを何重にも重ねたような黒い外套と同色のズボンとシャツ。両手両足、両目は揃っていて外傷もない。
無い物と言ったらいつも左腰に差していた心刀のみ。代わりと言ってはなんだが後腰には黒い心刀が差してあった。
「俺は死んだはずじゃ……いや、身体が無傷って事は死んだ後の世界か……? まさか、創り者の俺にもそんな世界があるなんてな」
自分なりに結論を出す男――死ぬ前に一ノ瀬 裕として創られた何者でもない男は自嘲気味に笑った。
「ん……?」
そんな男の鼓膜を微かな歌声が叩く。
どこか懐かしい。だが、どうやっても思い出せない歌声。それに導かれるように花畑の中を歩けば、そこには一本の木が生えており、遠目からでも綺麗だとわかる女性が少年を膝枕しながら座っていた。
「なるほど……あんたが呼んだのか」
近づいてそう声を掛ければ女性――運命の女神は歌うのを止めて顔を上げた。
紅い瞳と黄金の瞳が交差する。
「……こんな時、なんて言ったらいいのかわからない。だって、俺はこの瞬間がやってくるなんて想像もしてなかったし何もかもが必死でそんな余裕はどこにもなかったから」
男は視線を下げ、運命の女神の膝に頭を乗せて寝ている少年を見つめる。
その顔はモヤが掛かったようによく見えないが、恐らく幼いころの自分だと検討は付いていた。
「同じ空間に同じヤツが存在してるって事は……コレは夢か?」
「夢、ではありませんが似たようなものかもしれませんね」
男の問いに答えたのは鈴の音を鳴らしたような美しい声だった。
視線を上げてみれば、そこには真っ直ぐに男を見つめる女神の姿があった。
「ここは貴方の命が尽きた時に来るように創った時空間の狭間です。言ってしまえば過去から切り抜いた時間でしょうか?」
「そんなことが出来たのか」
「これでも運命の女神をやらせて頂いてますからね……ですが、貴方がここに来たという事はまたダメだったみたいですね……」
運命の女神が発した言葉に男は後腰に差してあった黒い心刀を触る。
「その口ぶり的に、貴女から見て“俺”が来たのは初めてじゃないらしい」
「……そうですね。こうして会話をするのは7824回目です」
「……そうか…………」
途方もない数だ。
それだけの時間軸に居る自分という存在が道半ばで倒れていった事に男は短い返事しか返せなかった。
実感はなかった。
だが、自分の中にある引き継がれた経験が嘘ではないと言っていた。
「貴方は―――」
「ん?」
「貴方は、何も言わないんですね」
「と言うと?」
「少なくとも、ここに来る貴方は全てを知っていました。その上で感謝する事もあれば怒号を上げる人も居ました。ですが、貴方は……静かです」
「さっきも言ったけど、何を言ったらいいのかわからない。そんな余裕はどこにもなかった」
「ですが、何か言いたい事の一つくらいは湧き上がってくるものでは?」
「……どうだろうな。少なくとも、今の俺にそんなものは無い。強いて言うならば一つの疑問が解消されたくらいか」
「疑問、ですか?」
「ああ―――」
男は後腰に差してあった黒い心刀を鞘ごと引き抜いて眼下に晒す。
「心刀とはとある一族に一子相伝で伝えられてきた自らの魂を武器とする魔法みたいなものだ。だが……俺はあの塔で目覚めて凍華と初めて出会った時には既に持っていた。しかし、そうなると前提がブレる。一体、どこで俺は誰から受け継いだのか?」
「私が複製して貴方に仕込んだという可能性もありますよ?」
「それも考えた。だが、過去の世界でとある王から心刀――いや、心剣を受け継いだ時に気づいた。心剣の中には歴代継承者の経験が蓄積されているという事に」
「……」
「だから、おかしいんだよ。貴女が仕込んだならばその王の記録なんて刻まれているはずがない」
何故なら、最初の持ち主は自分になるはずだから、と。
自分以前の記録があるのはおかしいと男は語った。
「だけど、今この空間に来てようやく理解した。俺の心刀はここで俺から――いや、力尽きた俺から継承していたんだ」
「ですが、そうなると貴方の記録が元から無いのは不自然では?」
「無かったわけじゃない。ただ見えないように隠されていただけだ。それをしたのは……貴女だろう?」
男と女神の視線が交差する。
先に息を吐いたのは女神の方だった。
「初めてです……この事実に自分から辿り着いた貴方を見たのは」
「そうか……なら、やっぱり―――」
「はい。心剣は自身の魂を刃とする術――魂が強ければ強いほどに刃も鋭くなります。貴方も知っての通り、私は貴方を創造する際に複数の魂を混ぜました。そんな貴方が心剣を使えば、それはどんな武器よりも……魔刀よりも強力な武器になるでしょう」
「だから、俺の命が終わる間際にここで引き継がせてきたのか」
「そうです。心剣は言ってしまえば突然変異で生まれたスキルです。それ故に運命の女神である私にも――神にさえ複製することは出来ません。ですが、貴方は全ての魔刀と出会う運命にあり、その人生において縁があります。ならば、過去に行くこともそこで継承する事も出来る」
「なるほどな……俺があの偉大なる王から心剣を受け継ぐのは決まっていたことだったのか」
男は納得したように頷いた後にかの王に思いを馳せる。
だが、それも一瞬のことですぐさま運命の女神へと目線を向けた。
「だが、俺はこの刀をソイツに引き継がせる気はない」
「それは……」
「もう、必要ないんだ。世界はやり直される。無数に枝分かれした道は一つに纏まり、また世界は進み始める。その時に……この武器はもう必要ない。繰り返されてきた物語は俺で終わりだ」
「…………」
運命の女神がそっと目を閉じる。
数秒か数分か――それとも数時間か。どれだけの時間が経過したかも気にせずに男はその目がまた開くのを黙って待った。
「……まさか、本当に…………」
やがて呟かれたのはそんな言葉だった。
「……だから、貴女ももういいんだ。もう……苦しまなくていい。ここでいつか来る俺を待たなくていい。役目は終わったんだ」
「―――っ!」
運命の女神が顔を伏せる。
それを見つめた後、男はゆっくりと歩き出した。目線の先にあるのは一つの白い扉。彫刻なんてものは一切なく、ただ無機質に無造作に置かれている扉の先が真の目的地だと男はわかっていたからだ。
「ごめんな……さい……ごめんなさい……」
「……最期にまた会えて嬉しかったよ……母さん―――……」
男はそう呟いて扉のドアノブに手を掛けた。




