【クリスマスSS】日常の一ページ
僕のクリスマスは例年通り一人です。
城下町を散策した次の日、俺は書庫から借りて来た本を部屋に備え付けられている椅子に座って読んでいた。目の前に置かれているテーブルを挟んだ向こう側には珍しく沙織が座っていて、何やら編み物をしている。
「……」
「……」
互いに無言。会話らしい会話など数分前に沙織がお茶を淹れてくれた時に交わした際の少しだけ。部屋には暖炉の中で薪が弾ける音とページを捲る音だけが響く。
それでも不思議と気まずい感覚とかは無かった。むしろ、この静かな空間を居心地がいいと思える。それは果たして、沙織が一緒に居るからだろうか。
「裕はさー……」
「ん……?」
沙織の声を受けて本に落としていた視線を上げる。
「クリスマスってどうしてた?」
「突然だな……クリスマスはいつもウチの家族と美咲で家で食事とかしてたかな」
「あぁ……そういえば、幼馴染だもんね。そういう家族の付き合いもあるか」
「ああ。美咲の両親は仕事が忙しい人でさ……そういうイベント事は何かと一緒だったよ」
「へぇ~、私は幼馴染とか居ないからそういうのは少し憧れるな」
確か、沙織は片親で弟が居るんだっけか……結構前に世間話の中で聞いただけだから自信がない。
「まぁ、幼馴染の全てがいいってわけじゃないけどな」
「そうなんだ?」
本を閉じて窓の外へと視線を向ける。
思い返してみれば、美咲と一緒に居るのが当たり前だったが年頃の男としては一人になりたい時も多々あった。ただまぁ、それを本人とか沙織に言うのは気が引ける。
だから、話題を逸らすために窓の外を見たのだが――
「雪か……」
「え? あ、本当だ。今日はいつもより寒いなぁって思ってたけど降る日だったんだね」
氷の国と呼ばれるだけあって、この国の気候は少々特殊だ。
晴れて春のような気候の日もあれば、今日のようにいきなり雪が降るような日もある。ただ、気温は平均していつも寒いために部屋では暖炉をつける必要がある。
「元の世界じゃ雪なんて滅多に見なかったけど、この国来てからは当たり前になったな」
「雪合戦とかやりたくなった?」
クスリと笑いながら沙織が言う。
雪合戦か……最後にやったのは小学校高学年の時だったか? 懐かしいと思う気持ちはあるが今更やりたいとは思わない。何よりも外は寒いしな。
「そういうのはもう卒業したよ。外は寒いから部屋で本を読んでた方がいい」
「インドアだなぁ……裕はあんまし外で何かをしようって思わないタイプだから仕方ないか」
「む……元の世界では結構外に出てたぞ。駅前のショッピングモールとか定期的に行ってたし」
「それって美咲ちゃんに連れて行かれたとか、好きな本の発売日とかじゃないの?」
「ぅっ……」
図星だったために何も言えなかった。
「たまには散歩とかした方が健康にもいいらしいよ?」
そんなに出ていないかと考えてみるが、確かに戦闘以外で外に出る事はこっちの世界に来てからも稀だった。いや、こっちの世界では基本外だったけど……。
「その時はまた付き合ってくれるのか?」
ふと、思った事をそのまま口にしてから後悔した。コレではデートに誘うのが下手な男だ。そもそも、一人で外に出れないと思われてしまうかもしれない。
そう思って視線を沙織へと向けると、ずっと編み物に視線を落としていた沙織はポカンとした顔をして俺を見ていた。
「なんだよ……」
「ううん、なんでもない。そうだね。裕が外に出る時は一緒に行こうかな」
そう言ってはにかむ顔は年相応に可愛らしく、気恥ずかしさを感じた俺はまた窓へと視線を逸らす。
その後、再度編み物に集中する沙織を横目に見ながらまた無言の時を過ごす。だが、やはりそこに気まずさは存在しない。さっきまでと違うのは沙織が上機嫌に鼻歌を歌っている事と、甘ったるい空気を感じる事だろうか。
「出来た!」
それからどれくらい時が経ったのか。
本を読む気にもなれずにボーっと外を眺めていた俺の耳にそんな明るい声が聞こえて来る。せっせと作っていた編み物が出来たのかと思って顔を向けてみると首元を温かいものが包むのは同時だった。
「マフラー……?」
首に巻かれたのは黒一色で作られたマフラー。果たして、コレが何の毛糸で作られているのかはわからないが肌触りはとても良い。
「最近寒さが増してきたでしょ? だから、コレは……」
そこで言葉を区切った沙織は窓の外へと視線を向けてから少しだけ考える仕草をした後、満面の笑みを浮かべた。
「そう、コレは私から裕へのクリスマスプレゼント」
この世界にクリスマスという文化は存在していないし、何だったら時期もまるで違うが丁度その話をした所だ。
ならば、コレはきっとクリスマスプレゼントなんだろう。
「そっか……ありがとう。でも、参ったな。俺は沙織に何のプレゼントも用意してないや」
「気にしなくていいよ。私は――」
沙織は頬を少しだけ赤く染めて左手の薬指に付けられた指輪を右手で軽く撫でた後に微笑む。
「――もう、裕から貰ってるから」
その姿はとても魅力的で、思わず見惚れてしまった。




