雪降る戦場での誓い➁
日が落ち、部屋に置かれた蝋燭にさえ火が灯っていない暗い部屋の中で裕は床に寝転がっていた。
戦争が始まって二日。その間、裕は毎日こうして部屋に寝転がっている。頭の中に反芻するのは星の精霊に言われた言葉。異世界に召喚され、強くなったと勘違いしていた心を真正面から叩き潰され、その手ではこの国を救えないと現実を叩きつけられた。
「俺は……何をやってるんだろう……」
そんな言葉が口をついて出る。
今まで、美咲を救うためだけに戦って来た。何度死にかけてもただその目的だけを追いかけていればどうにか立ち上がる事が出来た。
だが、今はどうだ? ふと歩みを緩めて自分の両手を見てみればそこには“守りたい”と思う物が溢れかえっている。無意識的に両腕に抱きかかえてしまったそれらを今まで見ないフリをして、最初の目的だけを語ってここまで来てしまった。
「人一人で救える者はそんなに多くはない、か……」
少し考えればわかる事だった。人間という生き物は神様じゃない。その両腕が届く範囲でしか何かを守る事など出来るはずがない。
そして、守りたい物が増えて全てを傲慢にも抱きかかえようとすれば一番大事な物を取りこぼしてしまう。星の精霊は裕に対して取捨選択を迫ったのだ。
一之瀬 裕という人間が本当に守りたい物は何なのか。生涯を賭して果たしたい目的は何なのか。そして、今しようとしているその行動がソレに繋がるのか。
「わかってるさ……ここでこの国のために命を賭けて戦ったとしても、美咲を救う事に繋がらない事くらい……」
理解はできる。だが、納得は出来ない。
人間とは傲慢な生き物だから。そう簡単に取捨選択など出来るはずがない。
「でも、俺が死んだら誰が美咲を救うんだ?」
元クラスメイト達に期待する事は出来ない。彼らは教会から美咲がどういう存在かを知らされていて、その上で“排除するべき敵”として教えられているだろう。それと同じでこの世界に存在する人間にも期待は出来ない。
現状、美咲という少女を救いたいと願っているのは裕しかいないのだ。だから、ここで力尽きる事は許されない。
「俺は……弱い……」
白華の協力が無ければ武器もなく、力もない。沙織の助力がなければ身体は欠損したまま。
裕という人間一人が持ちえる力など星の精霊が言った通り『一般人より少し強いくらい』でしかないのだ。
「どうすればいいんだよ……」
現にその二人から力添えが無ければ自分はこの部屋から飛び出して戦場に行く事さえ出来ない。小説の主人公のように全てを振り切って飛び出せたらどれだけ心が楽だろうか、と思う。だが、本能がソレを止めるのだ。ここで行っても無駄死にだと。
先が見えない迷路のようだった。感情と本能に挟まれて、自分がどうすればいいのかをずっと考えていた。
この二日間、誰もこの部屋には来なかった。白華も星の精霊も沙織さえも。あれほど裕の後ろを付いて回っていたユキも顔を見せていない。
「俺だけが立ち止まっているのか……」
いっそ、全てから目を逸らして眠ってしまおうか。
そう、思って裕が目を閉じるのと襖が開くのはほぼ同時だった。
「裕、起きてる?」
入って来たのは沙織だった。
沙織はそのまま横になっている裕の隣に座ると、どこか心配そうな顔をした後にそっと目を閉じた。
「……本当にいいの?」
「え……?」
突然の言葉に裕が視線を向けると、沙織は目を開けて真っ直ぐにその目を見つめ返す。翡翠色の瞳が暗闇の中にあってもハッキリと見えた。
「このまま、ここで立ち止まっていていいの?」
「それは……俺だって、この国を守るために戦いたい……でも、俺が行った所でどうにかなる保証もない……俺は無力なんだ」
弱気な言葉だった。
沙織が今まで見て来た一之瀬 裕が発したとは思えない程に弱々しく、自信など微塵も存在していない言葉。
事実、今の裕は心が完全に折れていた。きっかけは星の精霊に言われた言葉だったが、そのあとに自問自答を繰り返した結果、自分の無力さに気付いてしまったからだ。
「本当に?」
沙織もそのことに気付いている。だが、それでも問わずにはいられなかった。
確かに、戦闘力だけで見たならば誰からの助力を得られない裕は一般人よりも少し強いくらいだろう。だが、強さとは果たして戦う力だけの事を言うのだろうか?
「私は、裕が無力だなんて思わない」
「それは、沙織の幻想だろ……」
「そんなことない。だって、裕は私を助けてくれたでしょ?」
「助けただって? アレだって、助けられたわけじゃない……それに、あの時も白華の助力が無ければ俺はアイツに勝つことさえ出来なかった」
「裕、強さって戦う力だけなの?」
「なんだって……?」
「あの時、確かに戦う力は白華ちゃんの力だったかもしれない。でも、私を助けようって走り出してくれたのは裕自身の意思じゃないの?」
「……」
「私は、戦う力だけが強さじゃないと思う。戦う力があったとしても動き出せない人は沢山居るよ。でも、裕は踏み出した。なら、それも力じゃないの?」
「……だとしても、だ。それは戦う力があるからこそ成り立つ強さだ」
無力な人間が一人行った所でそれは雑音でしかない。行動を起こした所で、力が無くては無意味だと裕は語る。
「それに、この国を救えたとしてもソレが美咲を救う事には繋がらない」
そう言って目を逸らそうとする裕の顔を沙織は両手で掴んだ。
「なんだよ?」
「嘘だね。ここで動かなかったら裕は絶対に後悔するよ。何であの時動かなかったんだろう、何であの時に戦う事を選択出来なかったんだろうって。そんな後悔を抱えたままで美咲ちゃんを救えるの?」
「……」
「戦う理由が欲しいなら私があげる。歩き出す切っ掛けが欲しいなら私が作る。戦う力が無いなら私を捧げるよ。だから、裕は踏み出して――そうすれば、必ず私が……私たちが支えるから」
そっと目を閉じた裕を沙織は見つめる。
別に、裕に戦ってほしいわけじゃない。傷ついてほしいわけじゃない。それでも、その背中を押すのは彼がここで折れてしまったら二度と立ち上がれないとわかっているからだ。心の何処かではそれで一緒に平和な所で暮らせたら幸せだろうな、と思う気持ちはある。だが、それは沙織自身の幸せでしかない。
だから、背中を押すのだ。
死ぬかもしれないという戦場にでも、自分の手から離れてしまうような人の場所にでも、裕の幸せを願い、自分が好きな人の姿を消さないために。
「私は、この国を救ってほしい。裕はどう?」
沙織の問いかけに裕は目を開く。それと同時に顔を掴んでいた手を離すと彼はゆっくりと身体を起こした。
「沙織の願いなら、行くしかないな」
「うん。お願いね。私、結構わがままだから」
そう言って笑って裕の左腕に自身の両手を当てると、魔力が集中して翡翠色の光と共に左腕が形成される。
裕はその腕を動かして調子を整えた後に立ち上がって部屋の出入り口へと歩みを進めた。
「沙織――」
「ん?」
「ありがとう」
呟くように言った裕が襖を開けると、そこには布に包まれた長方形のナニカを抱きかかえる白華と星の精霊が立っていた。
「ユウ……」
「白華、力を貸してくれ」
「――っ! うん!」
頷く白華の頭に手を置いた裕はその後に星の精霊へと目を向ける。
「行くのね?」
「ああ。俺が行った所で意味があるかはわからないけど……それでも、ここで戦わないと俺は本来の目的も達せないと思うから。それに――好きな女性にあそこまで言われて動かないなんて男じゃないだろ?」
「そう……なら、私は貴方が死なないように力を貸すわ」
「いいのか?」
「ええ。貴方がやると決めたなら最初から手伝う気だったから」
なら、自分は試されたのだと裕は悟った後に苦笑した。
「でも、ユウが行くって決める前に鞘が完成してよかったよ!」
そう言う白華に促されて渡された長方形のナニカに巻き付けられていた布を外すと、そこから出て来たのは鞘と呼ぶにはあまりにも無骨すぎる物だった。
材質は黒曜鉱。そのために色も黒一色。細長い長方形に丁度刀を納めた際に鍔が来る所に付けられた取っ手。それ以外は特に装飾も何もない。
「何というか……シンプルだな」
「鞘に装飾なんてあっても意味ないでしょう? 大丈夫よ。性能は保証するわ」
星の精霊の言葉に「鞘に性能ってなんだ?」と思いつつも刀状態になった白華を鞘に納める。どうやら、鞘を持つ時はこの付いている取っ手を持つらしい。
「裕、私からはコレね。星の精霊さんに教わりながら作ったんだけど……」
手渡されたのは黒いロングコートだった。今までのはボロボロになってもはやボロ雑巾と化していたために沙織と星の精霊がソレをベースに作り直した物だ。ただ、こちらも所々にベルトが追加されていたりとデザインが変わっていた。
「あと、黒龍布も忘れずにね」
一緒に手渡された黒龍布を受け取ると、まるで生き物のように勝手に動いて翡翠色の左腕へと巻きつく。
最早見慣れた光景であるソレに苦笑しつつもロングコートを羽織り、少し体を動かして違和感がない事を確認した裕は沙織と星の精霊を見渡して頷いた。
「行こう」
氷の国を救うために裕は廊下を歩きだした。
今年も多くの人に読んでいただき、感謝の尽きない一年間となりました。
2022年の更新はコレで最後となります。
来年も読者の皆様に楽しんで頂けるように更新していきますので、どうかよろしくお願い致します。
では、風邪などにお気をつけて! よいお年を!




