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【本編完結】君のために繰り返す~前世から続く物語を終わらせます~  作者: 夜桜詩乃
第九章 未来へのメッセージ
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動き出す地獄

 沙織と一緒に城下町に出てから数日が経過した。あれから許可を貰って城の書庫に入って元の時間軸に戻る術を探してみたがそれらしき文献は見当たらなかった。

 まぁ、まだ半分くらいしか探せていないからもしかしたらどこかに眠っている可能性も否定は出来ないが。


「疲れたぁ……」


 夜、書庫から拝借してきた本を部屋で読んでいると白華しろはなが情けない声を出しながら部屋へと入ってきてそのまま俺がいつも寝るのに使っている布団へとダイブして動かなくなる。


 白華と星の精霊はずっと工房に籠って鞘を作っているらしい。俺も何か手伝おうかと思ったが、技術や知識を持っていない身ではやれる事は何もなく、こうして本を読むか鍛錬するかの日々だ。


「星の精霊は?」


「んー……多分、まだ工房に居るんじゃないかなぁ……大まかな所は終わったから後は術式を刻んだりする作業だし……そこら辺は精霊が得意だしね」


 疲れを感じないっていいなぁと白華は呟きながら布団の上をゴロゴロと転がる。その後、紅の瞳がピタリと俺が読んでいた本を捉える。


「何読んでるの?」


「魔法に関する本だな。俺は魔法を使えないけど知識として知っていた方が後々役に立つかもしれないし、もしかしたら元の時間軸に戻る術を見つけられるかもしれないだろ?」


「ふぅん……」


 のそのそと身体を起こした白華はそのまま近づいて来ると、俺の膝の上に腰を下ろす。


 気付けば、白華も最初に出会った頃よりも成長して沙織より少し背が低いくらいになっている。そのため、前のように膝の上に乗られると本が読みづらい。


「ユウが言いたい事はわかるけど、頑張ってる私を少しくらい甘やかしてくれてもいいと思うんだよね」


 そう言われてしまうと、俺としても何もしないという訳にはいかなくなる。


 読んでいた本を閉じて近くにあるテーブルへと置き、右手で頭を撫でると白華は気持ちよさそうに目を細めて背中を俺へと預けて来る。


「ユウはさ~……本気で元の時間軸に戻りたいって思う?」


「なんだよ、いきなり……そりゃ、戻りたいに決まってるだろ。俺は美咲を助けるんだから」


「……本当に?」


 白華と目が合う。


 紅の瞳の中には俺が映っていて、その俺がこちらを見つめて来る。まるで、嘘を吐く事は許さないと言いたげだ。


「本当も何も……それが、俺の目的だって白華も知ってるだろ」


「勿論、知ってるよ。ミサキを魔王の手から救うためにユウが戦い続けている事も。そのために私を使っている事もね。でも、それって今でもユウの本心なのかな?」


「何が言いたい?」


「サオリ」


 その名前が発せられた時、不意に心臓が大きく跳ねた。


 それはそう……今、この会話の中で一番聞きたくなかった名前を聞いてしまったかのような自然に出た反応。


「沙織がどうしたんだ?」


「もし、元の時間軸に戻る事でサオリが不幸になったとして……でも、この時間軸ならサオリは幸せに生きていけるとして、ユウはそれでもミサキのために元の時間軸に戻りたいって思う?」


「……当たり前だろ」


「ふぅん……」


「不満なのか?」


「私はミサキって人に会ったことがないし、何も知らない。でも、サオリの事は知ってるし大切だと思ってるよ。でも、私はユウの武器――武器は決して持ち主を裏切らない。だから、ユウがミサキを助けるのを優先するって言うなら私はそれに従うよ」


 だが、ソレは白華の気持ち的には納得していないという事だろう。しかし、その気持ちも少し考えればすぐにわかる事だ。会った事もない人と少しの間でも行動を共にした人ならば、間違いなく後者を取る。


「でもね、ユウ――」


 白華は俺から視線を外し、前を向きながら呟くように……言い聞かせるように静かに、ゆっくりと声を発する。


「いつか、必ずユウは選択する日が来るよ。どれだけの力を持っていたとしても、どれだけの知力があったとしても、どれだけの覚悟があったとしても……人という身で、その小さな両手で抱きかかえられるのはたった一人しかいないんだからね」


 そう言って、俺に身体を預けたまま白華は静かな寝息を立てはじめる。


 蝋燭に灯った火と窓から差し込む月明りだけが照らす薄暗い部屋の中で、一人取り残された俺の脳内には今言われた言葉がグルグルと回っていた。


 以前までなら、何を言われても美咲を選ぶとすぐに答える事が出来た。だが、今はそれが出来ないでいる。美咲と沙織の二人を天秤にかけて、どちらを選ぶかを永遠と迷っている。


 情けない話だ。


 一体、何のためにここまで歩いてきたのか。当初の目的を忘れているわけでもないのに、どうしてすぐに決断する事が出来ないのか。


「……俺も、まだ人間だったんだな」


 昔、授業中の雑談として何かの教師が言っていた言葉を思い出す。曰く、人はどうしても迷ってしまう生き物だと言う。それは、考えるだけの知能があるから。感情という制御出来ない物を持ち合わせているからだと。


 ならば、こうして迷っている俺は人間で――白華が言う通り、この小さな手では誰か一人しか選ぶ事は出来ない。


「はぁ……」


 しかし、どれだけ考えても簡単に答えなんて出るわけがない。


 小さく溜息を吐いた後、白華を抱きかかえて布団へと寝かせて俺は椅子にもう一度座ってゆっくりと目を閉じた。



◇ ◇ ◇



 空が白む頃にいつものように目を覚ますと、既に白華は居なくなっていた。恐らく、俺が起きるよりもずっと前に目を覚まして工房へと向かったんだろう。


 白華が居ないからと言って鍛錬を怠る事は出来ない。素早く着替えてから廊下を歩き、いつも使っている訓練場に入ってから用意されていた木刀を片手に鍛錬を開始する。


 そういえば、あの黒騎士戦から変わった事がある。ソレは今までは入口でこっそりと俺の事を覗いていたユキがすぐ近くに居る事だ。


「……」


「……」


 まだ幼い子供が鍛錬の様子を見て面白いのかという疑問もあったが、狐のお面で表情はわからないし、何か話しかけるにも話題なんてないから気にしない事にしている。


 鍛錬を終え、片付けをして備え付けられている水浴び場で汗を流した後、朝食を食べるために移動する時にもユキはすぐ近くを付いて来る。


 というより、夜になって俺が自分の部屋に帰るまでずっとついて来るのだ。どうやら、あの戦闘から妙に懐かれてしまったらしい。


「まぁ、いいけどさ……」


「……?」


 書庫で本を見ながら呟くと、隣で同じく本を読んでいたユキが顔を上げて首を傾げる。それに対して気にするなという意味を込めて頭を撫でると、ユキは読書へと戻った。


「……コレも違うか」


 読んでいた歴史書を閉じる。


 もしかしたら、過去にも俺と同じように時間を超えてやってきてしまった人が居るかもしれないと考えての事だったが、どうやらそんな人物は存在しないらしい。


「……まぁ、もう少しだけ探すか」


 本を片手に立ち上がると、書庫の入口の扉が勢いよく開く。


「読書中失礼します!! 火急のため、お許しいただきたく!!」


 慌てたように入ってきた兵士はそう言ってから、俺に対して『魔族の大軍が国境を超えた』という報告をしてきた。


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