【閑話】幸せだった頃の夢
良く晴れた暖かなある日、アルドルノはガヤガヤと賑わう大通りにいた。レンガ造りが多くを占める様々な建物に囲まれ、特にやることもなくフラフラと歩みを進める。
「急な休暇ってやることがないんだよね……まぁ、正規兵にも手柄を立てる機会を与えないといけないんだろうし、僕としてもずっと戦いっぱなしは流石に疲れるからいい息抜きでありがたいんだけどさ」
苦笑しつつそう呟きつつ周囲に視線を向けてみると、建物の隙間に見知った後ろ姿があるのに気付いた。白いワンピースの上に金の刺繍が施されたローブを羽織い、左腰に細剣を下げた銀髪の小柄な女性は、アルドルノに背を向けて建物に身を隠すようにして街の中心にある広場を見ていた。
「……」
アルドルノはその後ろ姿からすぐに誰かわかった。そして、それと同時にこの休日に一体何をやっているのかとも思った。だからか、大した迷いもなくその背後へと近づき声を掛ける。
「クレア、こんな所で何をしているんだい?」
「ひゃっ――!!」
ビクッ! と身体を飛び上がらせてクレアが振り向き、プクリと頬を膨らませてアルドルノを見上げた。
それと同時にアホ毛がピンッと勢いよく立つ。クレアの感情に合わせて時折動くソレは果たして魔法的なナニカなのかとアルドルノはいつも疑問に思っていたが、何となく聞いてはいけない気がしていた。
「あ、アルドルノさん……! いつも背後から急に声を掛けるのはやめてくださいって言ってるじゃないですか!」
「はは、ごめんごめん。それで? クレアはこんな所で何をしているんだい?」
「絶対に反省してない……まぁ、いいです。私はアレを見ていたんです」
「どれどれ……?」
クレアが向ける視線の先を辿ってみると、広場に設置された噴水の縁に腰を掛ける男の姿があった。周囲には人々が往来しているにも関わらず、不思議とその姿は一瞬で見つける事が出来た。
両腰にそれぞれ一本の直剣を下げ、いつも身に纏っているフードが付いた黒いマントを羽織った姿。出会った頃よりも伸びた黒髪が風に撫でられて揺れている。
「ユーじゃん」
ユーリ――アルドルノが初めて自分よりも強いと思った剣士。黒髪黒目で他者を拒絶する雰囲気を纏っているのに誰よりも孤独を嫌っている最強の戦士。
そんな彼は、今は青空をボーっと眺めている。
「久しぶりの休暇だったので街に来たんですけど、そこでたまたま――って、聞いてます?」
「え? うん、聞いてたよ? 風が心地いいなって話だよね?」
「確かに、今日はとてもいい風が――って、聞いてないじゃないですか! 私の話もたまにはちゃんと聞いてくれてもいいと思うんですけど!」
「次からはそうする事にするよ。それで? クレアは愛しのユーを見つけて陰から眺めていたのかい?」
「愛し――っ!? ち、ちがっ! あ、いや、違わないけど……そうじゃなくて! ユーさんのフードをよく見てみてください!」
慌てるクレアを微笑ましいと思いながら言われた通りにマントに付いているフードを見てみると、そこが不自然に盛り上がっている事に気付いた。一体なんだろうと見ていると、時折そこから白い尻尾が飛び出す。
「もしかして……?」
「はい。アレはシロみたいです。どこにもいないなぁって思っていたら、どうやらユーさんに付いて行ったみたいで……最近は、私と一緒にいるよりもユーさんと一緒に居たがるんですよ?」
どこか不満げにそう言うクレア。
果たして、それはユーにシロを取られた事に対する感情なのか……それとも、シロにユーが取られた事に対する感情なのかはアルドルノには判断がつかなかった。
(まぁ、両方なんだろうけど)
「重くないのかな?」
「それは、私もずっと思ってました。シロも結構大きくなってきていると思うんですけどね」
ユーのフードにシロが入り込むのは今に始まった事はでない。何だったら、戦場に出る時以外は大体そこに居るくらいだった。いつも無愛想な顔をしているユーはそんなシロに何一つ言わない。その顔つきから文句の一つでも言いそうなのに、だ。
「ところで、クレア」
「はい? なんでしょう?」
「折角、おしゃれをしているのにユーに見せなくていいのかい?」
アルドルノがそう言うとクレアの顔が一気に赤一色へと染まる。そして、慌てたようにあわあわと両手を小さく振った。
「な、何をいきなりっ! べ、別にユーさんに会えるかもと思っておしゃれをしたわけじゃなくてですね!? こう、この服可愛いなぁって買ったのはいいけど中々着る機会に恵まれなくて! それで、たまたま休暇を貰えたから着てみただけであって!!」
「ははは、はいはい。それじゃ、ユーの所に行こうか?」
「ちょ、絶対にわかってないですよね!? あ、え、待ってくださいよぉー!」
アルドルノがユーに向かって歩き出し、クレアがその後ろを慌てて付いて行くのと同時に空へと目を向けていたユーの視線が下がり、二人を捉えた。
距離は十分にあったというのに、一体どうやってこちらを見つけたのか……その気配感知能力の高さに驚きと感心、そして呆れを感じつつも目の前まで行く。
「ユー、折角の休暇にこんな所で何をやっているんだい?」
「特に何も……お前たちは二人で買い物か?」
その黒い瞳からは特に何かしらの感情は感じなかったが、後ろに居たクレアが慌てたような気配を――というか、あわあわし始めたのでアルドルノは苦笑しながら首を振った。
「ついさっきそこで会ったんだよ。クレアの名誉のために言っておくけど、決して二人で買い物をしていたわけじゃない」
「そうか。まぁ、お前に付き合わされる女性が居たとしたら俺は全力で止めているだろうしな」
「何気に酷い言われようだ……」
「事実を言っているだけだ」
いつものようなやり取りをした後、アルドルノは素早くクレアの背後へと回ってその背を軽く押す。
不意打ちをくらったクレアは躓きそうになりながらもユーの目の前に立つ事になった。
「あ、アルドルノさん!?」
「ほら、ユー。今日のクレアに対して何か言う事があるんじゃないかい?」
「ん……?」
そう言われたユーはジッとクレアを見つめる。きっと、今頃何のことだろうかと考えているんだろうなと想像するアルドルノはニヤける顔を必死に隠す。
ちなみに、クレアはどこか不安そうな顔をしつつも期待した目でユーを見ている。
「あ、あの……どうでしょうか?」
「どう……? あぁ……」
どうやらクレアの言葉で何を求められているのかを察したらしいユーは真っ直ぐとクレアの瞳を見つめて口を開く。
「よく似合っていると思うぞ」
「あ、ありがとうございますっ!」
二人が会話をするのを背後から見つめながら、アルドルノは一抹の寂しさを感じていた。クレアとユーが話しているのを見るのは楽しい。まだ出会って半年だが、切磋琢磨し背中を預け隣で戦う事が出来る戦友を得られたのは心から嬉しい。
だが、自分は剣聖を目指す身。今を必死に生きる二人と自分では何かしら違うような気がしている。二人がおかしいわけではない。この世界において今を必死に生きるというのは至極当たり前の事だからだ。
だから、おかしいのは未来を見ている自分――果たして、この二人といつまで一緒にいられるのだろうかと感じずにはいられなかった。
と、そこでユーが立ち上がった。どうやら、二人はクレアおすすめの店に食事に行くらしい。そのまま二人は歩き出し――途中でこちらを振り返った。
「アルドルノ、行くぞ」
「アルドルノさん、ボーっとしていると置いていっちゃいますよ?」
「――っ! ああ、今行くよ!」
だが、それでも、とアルドルノは思う。
いつか二人と離れ離れになる事になったとしても、せめて今だけはこの二人と共に歩きたいと。そう、思った。
◇ ◇ ◇
「夢、か……もう、何千年も見ていなかったんだけどな」
森の中に建てられたログハウスの中でアルドルノは目を覚ます。身体を起こして一度だけ伸びをした後、部屋の壁に飾られた鞘に入った直剣と細剣を見つめる。
「……」
短く目を閉じてから着替えをし、その足で家の外へと出る。
家には小さいながらも庭があり、そこには春に綺麗な花を咲かせる木が一本生えている。そして、その根元には大きな墓石が二つと小さな墓石が一つ置いてある。
「今日は、久しぶりにみんなの夢を見たよ」
その墓石の前にしゃがみ込みながらアルドルノは口を開く。
墓石には『ユー・ハーバライト』『クレア・ハーバライト』『シロ・ハーバライト』とそれぞれ掘られていた。ハーバライトとはアルドルノが剣聖になった際に与えられた性であり、性を持たない二人と一匹には自分の家族という意味を込めて勝手に付けさせてもらった。
「君たちはそっちで楽しくやっているのかな……」
声を掛けても返事が返ってくる事はない。
それでも、アルドルノは喋らずにはいられなかった。
「いいな……僕も、そっちに行きたいよ。またあの時みたいにみんなと一緒に……」
そこまで声を発した時、暖かな――そう、あの時と同じような暖かな風がアルドルノの頬を撫でた。
「……そうだね。ごめん、僕は君たちの分まで生きるんだった。土産話は期待しててほしいな。なんせ、何千年分もあるんだから……君たちには付き合って貰うからね」
きっと、その時にはユーが呆れた顔をしつつもちゃんと聞いてくれて、クレアは楽しそうに聞いてくれるだろう。シロは……興味が無さそうにまたユーのフードの中で寝ているかもしれない。
そんな妄想をしながら、アルドルノは立ち上がった。




