氷の国④
今、俺とガンダルは向かい合って地面に座っていた。
白華とユキはそれぞれの背後に立って、俺達を見守っている。
「まず、心剣とは王族にしか伝えられていない秘術じゃ。その理由はわかるか?」
「血筋が関係してるとか?」
「いいや。心剣を習得できる人間は100人に1人だからじゃ。それも、前提条件として強い意志と強い力が必要になる……それ故に、強い力を持つ王族にのみ伝えられてきたのじゃよ」
だが、1/100の確率しかないのなら王族が習得するのはリスクが高いんじゃないだろうか?
もし……誰も習得出来ずに死んでしまったら国は終わってしまう。
「お主の思っている事はわかる……それを回避するために、この秘術は継承できるようになっておる」
「自力じゃなくてもいいのか?」
「その分、強度が落ちたりはするがの。既に心剣を習得している者の魂を燃やす事で一人にだけ継承する事が出来るのじゃよ」
魂を燃やす――それはつまり、継承したら命を落とす事になるのだろう。
この国の王は絶対の力が必要だ。そして、心剣はその象徴となる。だからこそ、王は死ぬ前に次の王へと継承するんだろうな。
「【第二界魔法】――」
ふと、後ろに立っていた白華が呟いた声が耳に入って来た。
気になって振り返ってみると、真剣な表情をした顔が目に入った。
「ユウ、魔法には種類があるの」
「種類?」
「そう。そもそも、魔法は『代価を支払って事象を起こす』よね?」
「ああ……だから、俺の少ない魔力でも魔法を使う事が出来る」
魔術は事象を起こしてから代価を要求される。
対して魔法は代価を支払ってから事象が起こる。
この二つは、支払いをいつするかの違いに見えて実際はそうではない。
魔術の事象の大きさは決められているが、魔法の事象は支払った代価に比例して大きさを変える事が出来るからだ。
「魔法は支払う代価によって、その種類を分類されてるの。例えば、ユウがいつも使う魔法は“魔力”が代価だから【第一界魔法】だね」
「じゃあ、第二界魔法は何なんだ?」
俺が聞くと、白華は視線をガンダルへと向けた。
「第二界魔法の代価は命。心剣の使い手は使う度に魂を擦り減らしているから短命なんじゃない。使う度に代価として命を差し出しているから、短命なんだよ。多分、おじいちゃんは知らなかったと思うけどね」
「うむ……儂も先代からそう言った説明は受けておらぬ」
「恐らく、どの文献を探したとしても残ってないと思うよ。第二界魔法は“あってはならない”から」
そういえば、白華はさっきもそう言っていた。
気になって再度目を向けてみると、白華は俺の目に移動して膝の上に座った。
「『神様は世界を作った後に魔素を作った。そのあとに骨を作り、肉を作り、最後に命を作った』コレは、遥か昔に書かれた福音の音って文献に書かれてる一文だよ。そして、神様は命を『生きる事以外に使う事を禁じた』とも書かれてるの」
「第二界魔法は、その教えに反している……?」
「そう。命を代償に何かをするなんて“あってはならない”の。ソレがこの世界での共通認識でルールだからね」
もしも、第二界魔法を使い続けたら何が起こるかわからない、と白華は続けた。
「待ってくれ……そんな魔法なら何で存在してるんだ? 神が禁じたなら、最初から無いんじゃないのか?」
「ユウ、神様が作った魔法は【第一界魔法】だけだよ。後の魔法は全部、人間が作り出したの」
「魔法を作った……?」
「うん。何かの目的を達成するために、人間が長い年月を掛けて作ったの。だからこそ、不完全で何が神様の逆鱗に触れるかわからない物なの」
使った瞬間に死ぬという事もあるかもしれない。
俺は見たことはないが、女神には会った事がある。ならば、神もきっと存在するのだろう。
「それでも、ユウは心剣を習得したいの? 忘れてないと思うけど、ユウが死んじゃったらサオリも死んじゃうんだよ?」
俺の命は、俺一人の物ではないという事を白華は改めて告げてくる。
確かにそうだ。もし、習得できたとしても使った瞬間に死んでしまったなら意味がない。言ってしまえば、心剣とはロシアンルーレットのような物なのだろう。
「俺は……」
心剣は強力な武器になる。
だが……ソレは、沙織の命を賭けてまで習得する程の物なんだろうか? もしかしたら、時間を掛ければ習得できる他の魔法とかもあるかもしれない……。
「私は、それでもいいよ」
「――!?」
不意に闘技場に優しい声が響く。
驚いて入口の方を見てみれば、そこには青色の和服を着た沙織の姿があった。
「ユウ、アレは小紋って言う種類の和服だよ」
白華が下から補足してくるが、そんな事よりも何で沙織がここに居るのかの方が重要だった。
俺が何かを言う前に、沙織はゆっくりと隣まで歩いて来てその場でしゃがんで目線を合わせて来る。
翡翠色の瞳に戸惑った顔をした自分が映る。
「裕、本来の目的を見失わないで」
「え……?」
「美咲ちゃんを助け出すんでしょ? それに、時間も沢山あるわけじゃない」
確かに、時間は多いわけではない。
美咲の自我はこうしている間にも魔王によって浸食されているだろう。助け出すのが早いに越したことはない。
「もし、助けるために必要な力なら……裕がそう思うなら、私は覚えるべきだと思う」
「でも、もしかしたら沙織も――」
死ぬかもしれない。
そう、言おうとした所で口元に沙織が人差し指を当てて来る。
「いいよ」
優しい声……それでいて、覚悟が決まっている声だった。
「私、本当なら死んでるはずだったんだから。それを裕が助けてくれて、こうして生きてる……なら、私が原因で裕の足を引っ張りたくない」
「……」
「それに……裕が居ない世界なら、私は生きていたくない。裕が死ぬなら私も死にたい」
「それは――」
「もう、置いていかないんでしょ?」
その言葉を聞いて、ようやく理解した。
沙織は既に覚悟を決めていたんだ。俺が何かの拍子に死んでしまうという事を。
本当なら、スケルトンとの戦いも不安だっただろう。戦いとは無関係の生活を送っていたんだから、怖いとも思ったはずだ。
それでも、止める事をしなかったのは――俺となら死んでもいいと覚悟を決めていたからだ。
それほどまでに、俺の事を想ってくれているなら……。
「そうだったな……ありがとう。大事な事を忘れてた」
「今度からはちゃんと覚えておいてね」
沙織は微笑んでから立ち上がる。
「ガンダル。俺は決めたよ……心剣を習得する」
「あいわかった。ならば、さっそく訓練に入るとしよう」
頷くガンダルに頷き返し、膝の上に座っている白華を見ると「仕方ない」と言いたげな顔をしていた。
「悪いな」
「いいよ。何となく、止められないって思ってたから」
そう言って膝から立ち上がった白華は沙織に抱き着く。
抱き着くと言うか、じゃれついてるようだ。
「まずは己の根源を認識する所からじゃ。目を閉じ、己の深奥へと潜り根源を見つけてこい」
言われるがままに目を閉じる。
しばらく集中していると、音が消えて目の前に一本の道が現れた。
恐らくその先にあるであろう根源を目指して、俺はその道を歩き始めた。
白華「ところで、サオリはなんでここに来たの?」
沙織「あっ! 朝ごはんの用意が出来たから呼んできてって頼まれたんだった!」
白華「あらら……ユウはしばらく帰ってこないと思うよ?」
沙織「ど、どうしよう……料理長に謝ったら許してくれるかな……?」




