賢者2
ふと、そこで疑問が生じた。
白華が言う賢者の定義は正しいんだろうけど、それならばステータスの職業に記載されている賢者は一体何なんだろうか?
「ユウの疑問はもっともだね。この世界の人たちはステータスっていう神様からの贈り物があって、そこには職業が記載されてるよね。でも、あの職業って神様がその人の魂を見て決めた“道しるべ”であって、生まれながらに確定してるわけじゃないんだよ」
「そうなのか?」
「うん。その人が努力すれば辿り着けるであろう結果が記載されてるだけ……だから、魔術師って記載された人の魔力保有量が多いのは神様がソレを見てから職業を決めたからだね」
努力も何もしないで手に入る力が存在しないのは当たり前でしょう? と白華は笑う。言われてみれば確かにそうなのだが、心のどこかで創作の異世界と同一視して簡単にチートな能力が手に入るんだと思っていた。
なら……あの戦場で相対した元クラスメイト達も努力しているんだろうか。
勇者――春斗や馬籠も成長していたから、きっと努力しているんだろう。彼らは俺と違って成長系のスキルも持っているだろうし、この先を考えるとあの場で処理しておくのが最適だったかもしれない。
物語なら……彼らは、間違いなく最大の障壁となるだろうから。
「話が逸れちゃったけど、ユウが警戒しなくちゃいけないのは上位3階位。俗に賢者って呼ばれる人たちのことだね。今は何人居るのかわからないけど、この階位についてる人たちは間違いなく“人外”だからユウも今よりも強くなっておかないと危ないよ」
俺も人の理を外れかけているが、白華が言う奴らは完全に外れているらしい。
彼らと戦って勝つためにも、更なる力が必要なのは間違いないだろう。問題は、新しい力などそう簡単に手に入る物ではないということだけど……。
「サオリを使えばいいと思うよ」
「それは……」
その提案は妥当なものだろう。
ここまでの魔力を秘めているのであれば、使い方によっては協力な武器となる。だが、どこか躊躇してしまう。元々、戦いとは無縁だった人間を――それも、武器のように使うというのはどうなんだろうか。
「……」
いや、何を甘いことを言っているんだ。
どうにも、この空間のせいか、それとも沙織の魂を刻み付けたことの副作用かはわからないが考え方が今までと違う方向を向いている気がする。
頭を振って、椅子に深く座って目を閉じる。
耳から入る音を遮断して、自分の内側を見つめる。
お前は、一体何のために生きている? 何があっても、何を使ってでも美咲を救うためだろう。なら、甘い考えは捨てなくちゃいけない。俺よりも先にこの道を歩いた彼らは皆甘い考えを捨て、目的のためだけに戦い抜いた。それでも、手が届かなかったのだから……俺はそれ以上を行かなければならない。
「沙織……俺は……」
『わかってるよ。私の力が必要……なんでしょ? 戦うことは得意じゃないけど、裕が必要だって言うなら私のことは好きに使ってくれていいよ』
「……すまん、道具みたいに」
『いいよ。元々、ここで一人で生きてるのか死んでるのかわからないような状態で居るはずだったんだもん……それに、裕は“私との約束”を守ってくれるんでしょ?』
「ああ。もう、置いていかない。どこに行くにしてもずっと一緒だ」
『うん……っ』
目を開ける。
方針は決まった。なら、今やるべきことは沙織の力を制御する事だろう。
「直近の目標は、この空間から抜け出すことだね」
「やっぱり、出口はないのか」
「元々、誰かが出入りするように作られてないからね。出るんだったら、この空間に穴を開けるしかないよ」
「俺と白華で突破できるんじゃないのか?」
「それは難しいかな。この空間は物理干渉を完全に遮断してるから。破壊したいなら魔力でどうにかするしかないよ」
良くも悪くも、俺たちの戦闘スタイルは物理攻撃オンリーだ。
俺の魔法は自らの身体能力を向上させたりするだけだし、白華の力も刃を鋭くしたりしているに過ぎない。
遠距離攻撃とかだって、斬撃を飛ばしてるわけじゃなくて白華を投げたり、投げナイフを使ったりしている。
「攻撃魔術が必要か……」
戦うことに関しては慣れてきているし、知識もある程度持っている。
だが、魔術に関しては素人だった。保有する魔力が限りなく低く魔術を行使する事が出来ない以上、そこに時間を割くくらいなら別の物を伸ばした方がよかったからだ。
思わず、溜息が漏れてしまう。
「沙織は攻撃魔術って何か覚えてるか?」
『初級くらいなら覚えてたんだけど……今の私でも使えるのかな? さっき、試しにと思ってステータスを開こうとしたんだけど、何も出てこなかったんだよね』
「白華、わかるか?」
「んー……コレは推測だけど、たぶんサオリが私たちと同じになったんじゃないかな? 私達はスタータスなんて持ってないしね。ユウの魂の一部になったことで、在り方が変わったんだと思うよ」
「……仮にそうだとして、それ以外は大丈夫なのか?」
『うん。今のところ、特に不調とかはないよ。まぁ、体があるようで無いのはまだ慣れないけど』
苦笑気味に言う沙織に内心でホッとしながら、これからのことを考える。
ここから出ないといけないのは間違いないのだが、ソレをするための手段――言ってしまえば、部屋から出るための鍵がない状態だ。
「まぁ、材料はあるか……」
再度、沙織に人化の魔術を教え始めた白華を横目に黒龍布に包まれた左腕を見る。
白華はこの腕を濃厚圧縮された魔力の塊だと言った。俺よりも知識がある彼女の言うことは相棒としても信頼しているから間違いないだろう。
なら――
「その魔力を放出する事も出来るんじゃないか?」
だが、気を付けなければならない。
魔力とは指紋と同じで人によって違う。もし、仮に他人の魔力を自分に使おうとすれば待っているのは死だ。
現に、白華は俺よりも多くの魔力を保有しているが、ソレを俺の魔法に使う事は出来ない。あくまで“白華が使える魔術を白華に使っている”に過ぎないのだ。
「大事なのはイメージだ……」
沙織は自分が使える魔術がわからないと言う。
ならば、俺が沙織の魔力を使って沙織自身に魔術を発動させるしかない。問題はこの左腕が俺と彼女のどっちと認識されるかだ。
『魔力を使いたいなら、まずはソレを自覚する所から始めよ』
少し前に言われた言葉が脳内に響く。
自分と白華の魔力は自覚する事ができるが、沙織の魔力はまだわからない。だから、そこから始める必要がある。
「……」
黒龍布を外してから目を閉じ、全神経、全意識を左腕に向ける。
心臓から延びる一本の線が体内の様々な場所を通り、左腕へと向かっていく。肘までは問題なく進むがその先は少しの抵抗を感じた。
という事は、ここから先は俺の腕ではないという事だ。
「暖かい……?」
線を更に伸ばし、肘より先に辿り着いたときに感じたのは暖かさ。
誰かを害するのではなく、誰かを抱きしめたいと訴えかけてくるのは間違いなく沙織の魔力だ。なるほど……今まで感じたことがない程に膨大だ。海……いや、コレは広大な森の方がイメージとしては近い。
深くはない。ただ、広い。
どこまでも広がっていて、先は全然見えない。
でも、怖くはない。
この魔力は俺を拒否する事なく、むしろ受け入れて見守っているようにさえ感じる。
「来い――」
左手を握り締めて呟くと、感じていた魔力が集まってくる……集まってくるのだが……。
「ちょ……!?」
その量が異常だった。
10の魔力に集まってほしいとお願いしたのに1000の魔力が我先にと押し寄せてきている。
こいつ等、人懐っこすぎる!!
「ユウ!?」
「悪い! コイツらの性格を見誤った!!」
「ソレはいいから、早く制御しないと!」
「やってるけど……!!」
左腕を中心に魔力の嵐が巻き起こり、部屋の椅子を倒し、小物を吹き飛ばす。
このまま行くと、最悪の場合は俺自身が爆散するだろう。
「ぐっ……! 言う事を聞け……!!」
何とか制御しようと力を込めるが、沙織の魔力は何がそんなに嬉しいのか勢いを更に増した。俺の左腕は既に制御が効かなくなっていて、滅茶苦茶に暴れている。
「この……ッ!! あ……」
いい加減にしろ――そう、力を更に込めたところで、魔力が限界値を超えて放出された。
家の壁を壊して、体が宙に投げ飛ばされながら魔力制御の難しさを実感した。




