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懐かしい湖

 窓から差し込む朝日で目が覚める。外で元気に小鳥が鳴いていてそれ以外に音がしないところからして今日もいい天気なんだろう。

 神崎のところに世話になり始めて今日で二週間だ。傷ついた身体も癒え、白華《しろか》も連日の魔物狩りによって得た血によって力を取り戻している。


「そろそろ、出て行かないとな……」


 薄目で呟いた言葉は静かな空気へと溶ける。別に誰に対して放った言葉でもなく、強いて言うのであれば自分に対して発した言葉だからいい。

 本来、人間・魔族の両方からお尋ね者となっている俺が同じ所に滞在するのはお互いにとってもリスクがある。そう理解しているのにこの家に留まってしまったのは、傷が治っていないという“言い訳”を除くのであれば“この村をどこか懐かしい”と感じてしまっているからだ。

 長らく帰っていなかった実家に帰ったような感覚、と言えばいいのだろうか。


「俺は、この村に来たのは初めてのはずだ……」


 どれだけ記憶を辿ってもこの村に立ち寄った事はないし、元の世界でも似た場所に行ったことさえない。

 しばらく考えてみるが、やはり答えは見つからず思考を打ち切る。


「ん……またか……」


 とりあえずは落ちた体力を戻すために日課をこなそうと身体を起こすと、右手首に黒い布――黒龍布が巻き付いている事に気付いた。

 普段は白華の鞘として巻き付いている黒龍布だが、白華が人型になっている時は彼女の白いワンピースにアクセントとしてついている。そんな黒龍布が何故俺の右手首に巻き付いているかと言うと、ソレは俺が動いた時にすぐわかるようにするためだ。

 現に、俺の右手首からベッドを伝って床へと落ちている黒龍布は部屋の入口へと向かっておりその先を辿れば神崎の部屋で寝ている白華へと通じている。


「……」


 何となく、軽く引っ張ってみると少しの抵抗を感じた後に部屋の入口が開いた。


「おはよう、ユウ」

「……来るの早くないか?」

「そう? まぁ、私たち魔刀は眠らないからね。武器が眠ったりしたらおかしいでしょ? あ、サオリは起こさないように部屋を出てきたから大丈夫だよ」


 白いワンピースと輝く長い銀髪に真っ白な肌。それらが引き立てる紅い目をした小柄な少女はそう言って笑う。

 今までは俺に対してのみ向けられていた笑顔だったが、今では神崎にも向ける。普段、他人には冷たい白華が笑顔を向けるという事は神崎にはきっと何かあるのだろう。


「今日はサオリが言ってた所に行くんでしょ?」

「ああ。湖に竜種なんて珍しいし、何よりも白華にはもっと血が必要だろ?」

「今のままでも十分戦えるけど、まだ万全じゃないからね」


 これからの予定を話しながら俺達は家を出た。

 目指すは、昨日の夕飯時に神崎が言っていた狩人が休憩するために使っている湖だ。どうやら、平和だったその湖に昨日急に水色の鱗を持つ竜種が現れたのだと言う。竜種ともなれば一般人は勝てないし、国ならば軍隊を出すレベルの強敵だ。そんなヤツの血を吸収出来る機会があるのなら、逃す手はない。


「行くか」

「はーい」


 刀になった白華を右手に持ち、予め聞いておいた湖の場所へと走り出す。

 傷は治っても落ちた体力は返ってこない。だから、コレは一種の体力作りでもあるのだから。



◇ ◇ ◇



 湖が見える所まで近づき、近くの木に身を隠す。


「ここか……白華、何か感じるか?」

『うん。湖の中に強い力を感じるよ。私は竜種を見た事がないから断定は出来ないけど……』


 白華はそう言うが、聞いた話から考えて間違いなく目標だろう。

 チラリと湖の周囲を見てみれば、周りは木々で囲まれており湖の場所だけが空き地となっている。コレが自然に出来たのか昔誰かが作ったのかはわからないが、何故か懐かしいと感じた。


「確かめてみるか」


 白華を地面へと置いて右腰に差していた包丁を持つ。

 神崎の家にあった予備の包丁を家を出る時に拝借して来たのだ。


「――シッ!」


 自分と湖の距離を測ってから包丁を投擲する。

 鋭い銀閃となった包丁は真っ直ぐに飛んでいき、湖の中心へと侵入した。


『グルアアアアアアアアア!!』


 投げ入れてから数秒後、空気を震わせる咆哮を上げながら水色の鱗を持ち、腕の代わりにヒレを持った細長い竜種が姿を現した。

 俺が投げた包丁は竜種の鱗に刺さっている。


「釣れたな」

『サオリが言っていた特徴とも一致するし、間違いなくアレだね』


 未だ咆哮を上げて周囲を睨みつけている竜種をもう一度見てみる。

 水面から見えているだけでかなり大きい。全長は四階建てのビルくらいだろうか。


『さ、行こう? 早く済ませて帰らないとサオリのご飯に遅れちゃう』


 白華の言葉に苦笑しつつ、身体を前へと押し出す。

 流石は竜種と言うべきか、木々の隙間から風を纏って飛び出した俺に対してヤツは即座に反応した。

 予備動作なしで竜種の口から放たれたのは極細のナニカ。


『自分の魔力を水に纏わせて放ってるんだね。当たったら流石に穴が開いちゃうかも』

「また傷を癒すのは面倒だな」


 迫りくる水のブレスは的確に俺の左胸へと向かっている。

 戦闘態勢に突入した事で周囲が遅く見えている俺ですら早いと思うのだから、実際には即着くらいだろう。


「――ッ!」


 勢いをそのままに身体を捻る。

 内臓が暴れ、肺から空気が漏れる感覚を久しぶりに味わいながら自らの隣をブレスが通過するのを横目に見る。


「白華!」

『はーい』


 白華の間延びした返事と共に柄に付いている黒龍布が右手首に巻き付く。

 竜種はデカいが、跳躍で届かなくはない距離だ。だが、それで仕留めきれる確信はない。前に誰かが言っていたが、竜種はその鱗にこそ魔力が多く含まれており、斬撃や魔法でその装甲の下にある肉を切り裂く事は困難を極めるからだ。


「行ってこい!!」


 俺が纏っていた慣性を右腕へと伝え、地面を強く踏み込んでから白華を投擲する。

 右手を離れた白華は紅い一筋の流星となり、竜種の首元へと突き刺さった。


『――――――――!!』


 声にならない絶叫。

 ただ、空気を大きく震わせる叫びを上げる竜種を見ながら、手首に巻き付いていた黒龍布を掴んで大きく腕を振るうと、首元に突き刺さった白華がそれに引っ張られるように竜種の喉元を大きく切り裂いた。


『突きなら力は一点に集中するから貫けるんだね』

「そういう事だな」


 手元に飛んできた白華とそんな話をしつつ、俺は湖へと崩れ落ちる竜種を見つめた。

【君のために繰り返す/The Primordial Story】

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