神崎のこと
硬い大地を踏みしめる感覚と緑の匂い。それに加えて大樹の間から差す木漏れ日に少しだけ目を細めながら神崎は前を歩く裕の後ろ姿を見た。
彼の服装は自分が用意した村人の物。見た目だけを見ればその特徴的な黒い髪と“左腕がない”事。ソレに加えて右手に持たれた黒い布で包まれている刀以外はそこら辺にいる村人だ。いや、それだけ異常な点があれば村人と言うにはいささか無理があるが……。
「……」
チラリと裕が肩越しに自分を見て、すぐに目線を前へと戻す。
コレは村を出てから定期的に繰り返されてきた行為であり、神崎がちゃんとついてこれているかを確認しているのだ。
万全ではないとはいえ、裕が教えられた場所に向かうにはもっと早いペースで移動する事も出来たが、神崎が付いて来ている手前速度を合わせているというのは神崎自身もわかっている事だった。
(気を使ってくれてる……んだよね……?)
元クラスメイトといえど、全然交流がなかったために一之瀬 裕という人間がどういう人かは聞いた話でしか知らない。その中に『幼馴染以外の異性には割と適当』という情報があったために、神崎としてはこういう態度に何故か戸惑ってしまう。
「……別に、付いてこなくてもよかったんだぞ」
「え……?」
不意に掛けられた声にドキリとしてしまい、目線を上げてみればそこには歩きながらもしっかりと神崎を見つめる“黒い瞳”があった。
裕としても見られている事は気配でわかっていたし、どことなく自分を気にしているという事もわかっていた。ただ、その原因が「本当は付いてきたくなかったがお目付け役として付いていく事になった」という事に対しての不満だと思っている。
「あ、あー……いや、大丈夫。あの中で一之瀬くんの事を知っているのは私だけだし、結局は誰かが見に行かなきゃいけない事でしょ?」
「……そうかもな」
「だから、別に気にしなくていいよ。そもそも、ついて行きたいって言ったのは私だしね」
村で裕がゴブリンの集落は自分がどうにかすると言った際に村人たちから出た言葉は「本当に殲滅できるのか?」「そもそも、殲滅したと嘘を吐くつもりではないか?」という物だった。
村に関わる一大事だからこそ、村人としても虚偽の報告は困るので出た言葉だったし裕としても別に何とも思わない言葉だった。だが、神崎は「じゃあ、私がついて行く」と言い出し、ひと悶着あった後にこうして裕に同行する事になったのだ。
(それに……なんとなく、一之瀬くんが戦う姿を誰かに見せない方がいい気がしたんだよね……)
あの時、丸太を薪に加工している姿を見た時に神崎は「あぁ、この人は実戦を経験したんだな」と思っていた。それ程までに裕が振るう刀は美しく、洗練され、恐ろしい物だった。もし、自分以外の村人があの剣技を見てしまったらきっとすぐに追い出そうとするだろう。それは、神崎としては不本意でしかない。拾って来たのは自分だし、何よりも傷が癒えていない人を森に放り出すのは寝起きが悪くなりそうだからだ。
「そうか」
しばらく何かを考える仕草をした後、裕はそう呟いてまた前を向いた。
「……」
「……」
お互い無言のまま歩いている途中で裕は足を止めて右手を小さく上げた。
「どうしたの?」
「あの猟師が言ってた集落を見つけた。俺が片付けて来るから神崎はここで待っていてくれ。くれぐれも音は立てないようにな」
「えっ……? 一人で大丈夫なの?」
「問題ない」
言うが早いか、裕はその場に神崎を置いて飛び出していってしまう。
どこか不安な気持ちを抱えつつも集落を見てみれば、そこに広がっていたのはただの虐殺――いや、作業だった。
銀閃が煌めき、長い黒布が宙を舞えばそれに合わせるように紫色の血が舞う。完全に包囲され全方向から攻撃をされようとも被弾はなく、ただ淡々と目標を斬る。
そんな姿に神崎は恐怖を覚えた。
王城で見た戦闘スキルを持つクラスメイト達の訓練は見た事がある。最初の内は非戦闘スキルの人でも現場の空気を体験するという名目でダンジョンに連れていかれ、そこで実戦を目にした事もあった。
危ない魔物が出た時には付き添いで来ていた熟練の兵士達が対処したために場慣れした人間の動きも見た。
だが、そのどれもが目の前で戦う人物に当てはまらない。
ただ無感情に、淡々と作業のようにゴブリンを殲滅するその姿は『あぁ、コレは誰にも勝てない』と神崎が思ってしまう程に圧倒的だったからだ。
それ故に、恐怖してしまう。
この力が自分たちに振るわれたらと想像し、その身を両腕で抱きしめてしまう。
「……こわい」
だから、目を背けた。
その作業から目を逸らす事で自分を守ろうとした。
その結果、裕が持つ刀の刀身が紅く染まっていく事に気付かなかった。
「――!」
強い視線を感じ、顔を上げるとそこには全てのゴブリンを殲滅した裕がこちらを見ていた。だが、その目には焦りが見える。
「神崎ッ!!」
突風と誰かに抱きしめられる感覚の後に訪れた一瞬の浮遊感。
回転する視界の中に捉えたのは、裕が自分より二回りほど大きな一匹の大狼へと右手に持った得物を振るおうとしている姿。大狼も今まさに裕の右腕へと噛みつこうと飛びかかっている。
「待って!!」
「「――!」」
そんな状況に思わず上げた神崎の声で一人と一匹はその動きを止める事になった。
裕は振るおうとしていた右腕に急制動を掛けて止め、大狼は空中に足場があると言わんばかりにその場でクルリと宙返りをして着地した。
少しでも面白いと思ったらブックマークをお願いします!
あと、下の☆で評価を入れて頂けると作者のやる気に繋がるのでお願いします!




