帰還
静止した一人と一匹に神崎はひとまず胸を撫でおろした。
「えっと……一之瀬くん。この狼は敵じゃないの」
「どういう事だ?」
神崎の言葉を信じられないと言った風に裕は聞き返す。誰がどう見ても目の前で唸っている大狼は薄汚れていて自然の中で生きている野生動物に見えたからだ。現に自分を襲おうとしたのだから警戒心は人一倍だ。
「話すと長くなるんだけど……この子は私の友達なの」
「友達……? 神崎は動物と話せるとか?」
「実はそうなんだよね……」
適当に裕が言った言葉を神崎は肯定する。
この事を誰かに話すのは初めてであり、同じ世界の価値観を持っている裕に話す事は『頭がお花畑』と認識される可能性もあって躊躇されたが、現状をどうにかするためと自分に言い聞かせて神崎は重い口を開く。
「私の……えっと、スキルなんだけど動物対話ってのがあってね? 動物と会話が出来るみたいなんだよね」
「……」
「それでその、この子――シロとはこの森に来た時に知り合って色々と助けてもらったの」
おかしいヤツだと思われたかなと裕を見上げてみると、そこには大狼を睨みつけながらも何かを考えている裕の姿があった。
「あと、その……そろそろ離してほしいんだけど……」
美咲の裕への想いを知っている身としては現在の左腕に抱きかかえられているという体勢は心に来る物があった。左腕は肘から先がないという事も相まって強く密着し過ぎているのだ。
そもそも、神崎自身もギャルっぽい見た目に反して初心であり異性にこうして触れた事さえない。それも脈数を増加させる要因となっていた。
「……神崎が言っている事を信用するとしても、コイツが襲ってこないという確証もない」
「それは、私がちゃんと言うよ」
「いや、大丈夫だ。“間に合った”」
「え――?」
ソレはどういう意味かと聞く前に大狼に向けられていた剣先を地面に向けた裕は小さく「起きろ」と呟く。
「「――!!」」
その言葉と同時に神崎と大狼を襲ったのは濃密な死の気配。膝は震え、裕に支えられていなければ今頃地面にヘタリ込んでいただろう。意識はすでに途切れる直前だったが、ここで気を失ってしまったらこの死の気配に殺されてしまうとさえ感じる。
裕の持つ紅い刀身の刀はゆっくりとその姿を変えていき、最終的には美しい銀色の髪を持つ白いワンピースを着た少女へとその形を変えた。
「んー……あ、おはよう、ユウ。それで、コレはどういう状況?」
「見ての通りだ……と言いたい所だが、目の前の狼は敵じゃないらしい」
「ふぅん……」
下げられた裕の右腕にじゃれるように抱き着いた少女――白華はどうにか死の気配に耐えている大狼と神崎を見た後に興味を失ったように裕へと目線を向ける。
「ところで、あの戦いが終わってからどれくらい経った?」
「その前に、少しその気配を納めてくれ。話が進まなそうだ」
「あ、起きたばかりだから忘れてた」
白華がえへへと笑うのと同時に充満していた死の気配が無散し、神崎は大きく息を吐いた。背中にはびっしりと汗が浮かび、顔色は心なしか青い。
「おっと……」
「あ、ありがとう……」
ぐらりと倒れそうになった神崎を再度抱えなおす。
白華はジッと紅い瞳で神崎を見た後に裕を見て何かを納得したように頷いた。
「ユウと同じ世界の人?」
「ああ。あの後、色々あって神崎に助けられた」
「そうだったんだ。運が良かったんだね。神様なんて信じてないけど」
クスクスと笑う少女は忘れてたとばかりに大狼へと目線を向ける。
「そうだ。あなたも居たんだったね。狼がこんな所でどうしたの? ここら辺がテリトリーなのかな?」
「ヴヴ……」
「なるほどね。ユウ、この子はその女の子を助けるために来たみたいだよ?」
「ぇ……シロの言葉がわかるの……?」
「シロっていうんだ? 完璧にはわからないけど、私は人間じゃないから大体の生き物の言葉はなんとなくわかるよ」
「生き物じゃない?」
「そ、私はユウの武器だから。まぁ、ソレは今は置いておいて……こんなゴブリン臭い所から早く移動しない?」
白華の行動は早かった。
裕の腕を引っ張って「こっちから人間の気配を沢山感じる」と言ってズンズンと歩き出す。コレには神崎も付いて行くしかなかった。なんせ、こんな何が出るかわからない森にシロが居るとはいえ一人置き去りにされるのは怖かったし、何よりも一人で自分自身ではなく知らない女を連れて帰った裕が村で何か言われないかと心配したからだ。
シロは神崎達が帰路についたとわかった所で森へと姿を消していた。
そんなこんなで村についた三人は報告をするために村長の家へと行き、白華の事は裕のはぐれていた旅の仲間と説明した。
ゴブリンの巣に関しては狩人が確認しに行ってから判断するという事になり、三人はそのまま神崎の家へと帰ってきている。
「それで……白華ちゃんは一之瀬くんの武器なんだっけ?」
「うん。ユウの武器だよ。詳しく説明しても多分理解できないと思うから省略するけど、ユウが刀を持っていたでしょ? アレが私」
「異世界だからそういう事もある……のかな……?」
「こういうのは難しく考えない方がいいよ。人間は自分が理解できない事は否定する生き物でしょ?」
二人が会話しているのを裕が「白華が他人とこんなに会話してるのは珍しいな」と眺めていると神崎がジト目で睨んでくる。
「一之瀬くんは色々と慣れてる感じするよね。やっぱり、異世界系? とか好きだったの?
」
「普通だったな。読んだことがないわけじゃないが、慣れてる感じがするってのは白華みたいなのが傍に居るからそう見えるだけだ」
「ふぅん……てか、一之瀬くんってそんなキャラだっけ?」
「……色々あったんだよ」
そう言い切ってあとは任せたとばかりに白華を見ると、正しく受け取った白華が手を叩く。
「それはそうと、ユウの事を色々と教えてもらいたいな。例えば――向こうの世界ではどういう生き方をしていたのかとか」
「えぇ……私、一之瀬くんとは絡み薄かったんだけど……」
「わかる事だけでもいいよ?」
「えー……一之瀬くんは教室だと――」
身近で自分の話をされるのは居心地が悪かったが、裕は深く言及されるよりはいいかと割り切って神崎が淹れてくれたお茶に口をつけた。
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