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根源

 紅い軌跡と白銀の軌跡が交差し、火花を散らす。

 その度に大地は削れ、空気は悲鳴を上げる。一之瀬 裕とアルドルノ・アースガルドの戦いはもはや天災だった。


「あははっ! いいね、君の事が少しずつわかってきたよ!」

「……」


 アルドルノは笑いながら両手の直剣を振り、裕は無言で迫りくる斬撃を弾き、時にはカウンターを繰り出す。

 どちらかも一撃が当たれば確実に命を刈り取る威力を持った斬撃。ソレをまるで棒切れを振り回すように連発しているのだから普通の兵士や強力な力を授けられてこの世界に召喚された異世界組だろうとも一緒に戦う事など出来ない。


「ああ、なるほど。君のことが理解できたよ」


 同時に距離を取り、再度武器を構えた所でアルドルノは口を開く。

 一見、隙だらけに見えるのにそこには一切の隙はない。彼の口を閉ざそうと踏み込めば即座に切り裂かれるという事を裕は理解していた。


「君は何も乗っていない剣は軽いという言葉を聞いたことがあるかい?」

「……」

「僕の師匠が口を酸っぱくして言っていた言葉なんだけどね。復讐でも守りたい者でも何かしらの信念を持っていない者が振るう剣は恐ろしく軽いそうだ。正直、僕はその感覚がよくわからなかった」


 なんたって、今まで僕にとって誰の剣も軽いから。そうアルドルノは笑う。


「だから、こんな感覚は初めてだ。君の振るう剣は重い。全てを賭しても尚足りないというのに必死にかき集めて何かを守ろうとしていると、対峙している僕に伝わってくる程に重く、鋭いさ」

「……」

「だからこそ、解せない。君はそれほどの力を持ち、やろうとすればあそこに居た人間を僕が到着する前に全員殺せたはずなのにソレをしなかった。戦う前から君が僕に匹敵するほどに強いという事は理解していたし、そこが疑問だったんだけど……こうして剣を交えてみてようやく理解する事が出来たよ」


 そこでアルドルノは言葉を切って裕の眼を真っ直ぐと射貫く。

 否、瞳を通して目の前に対峙する一之瀬 裕という異世界人の根源を射貫いた。


「君は、人である事を未だに捨てきれていない」

「……何が言いたい」

「ははっ、ようやく言葉を発してくれたね。僕は君とお喋りしたいと思っていたんだ。さて、君の疑問に答えを与えるであれば僕が言った通りさ。君の力は既に“人という枠組み”を遥に超えてしまっている。なんだったら神とさえ戦えるだろう。勝てるかはわからないけどね」


 でも、いい勝負は出来るとアルドルノは確信していた。

 戦いが始まってまだそんなに時間は経っていないが、目の前に対峙する男は確実に化け物だ。現に小石が飛んで出来た擦り傷はすっかり完治しているし、振るう剣は天変地異と言ってもいい程に地形を変える。


「君が全力を出せば僕は勝てるかどうかわからない。でも、君は全力を出していない。いや、無意識にセーブしているのかな? 事実がどうかはわからないけど、一つだけわかる事があるとすれば君はその領域に到達して尚、人間であろうとしているという事だ。傷は一瞬で治るし、斬撃は万物を葬り去るというのに人間という枠組みに拘るせいで一定の所で足踏みしてしまっているんだ」

「剣聖っていうのは妄想が好きなのか?」

「まさか! コレは僕のスキルさ。【剣への理解ソード・アンダースタンド】って言ってね。斬り合った相手の本質をある程度知る事が出来るのさ」

「便利なスキルを持っているようで羨ましいよ。それで? 仮に俺がお前の言う通りだったとして……何か変わるのか?」


 白華しろかを構えなおして裕は鋭くアルドルノを見る。

 何も変わらないと。お前はここで死ぬのだという気持ちを込めて。


「強気なのは素晴らしいね。でも、今の君じゃ僕には届かない」

「……どうだろうな」

「分かってる癖に。だけどまぁ、僕も剣士だからね。君の本気を見てみたくなった」


 アルドルノは両手に持った剣を両側に広げる。

 まるで、翼を表現するように大きく広げられた両腕は完全に隙だらけに見えた。


「――ッ!」


 裕が一歩踏み込む。

 大地が陥没し、身体が前へと押し出された時にはアルドルノは既に目の前まで迫って来ていた。


「――解放リリース


 右手の剣と白華がぶつかり合う。

 先程までは斬り結ぶ事が出来ていた斬撃の応酬は白華が弾かれるという結果に変わった。


「なっ――」

「ほら、避けないと死んじゃうよ!」


 大きく右腕が上がった裕に対して白銀に輝くアルドルノが左手に持った剣が迫る。

 常人では絶対に反応できない速度で突き出されたソレは、回避が僅かに遅れた裕の左腕へと突き刺さった。


「おや?」


 だが、アルドルノの左手には手ごたえがなかった。


「なるほどなるほど。そういう事だったのか」


 回避行動に連動して大きく下がった裕を見つめながらアルドルノは何回も頷く。

 ずっと疑問だったことに対して答えが見つかったように。


「左腕は前に違うヤツにくれてやったんでね」

「コレは一本取られたな。君が左手を使わなかった事はずっと疑問だったんだ。でも、使わなかったんじゃなくて“使えなかった”んだね。そして、君はソレがバレないように魔力を左腕に集中させてあたかもそこに腕があるように見せていたわけだ」


 アルドルノがそう言うのと同時に裕は魔力を霧散させる。

 先程まであたかも腕があるように膨らんでいた左腕は中身が無くなった事で服が風に揺られるだけになった。


「しかも、すぐにはわからないようにペリースまで着けていたと……コレは、君の事を過小評価していたようだ。君から魔力を常時使っている気配はあったからてっきり身体強化あたりだろうと思っていたんだけどそんな事に使っていたなんて……ふっ、ふふ……あはははっ!!」


 笑うアルドルノを見ながら、裕は左肩から掛けていたペリースを取り外す。

 シエルから貰ったマントを使い続け、あの時に半分に切り裂かれてしまった物をペリースに加工して使っていた物。


『――ユウ、いいの?』


 ずっと黙っていた白華が言葉を発する。

 ソレは自分の所有者がコレから何をしようとしているのかを理解しているからこその言葉だった。


「ああ。このままじゃ俺はアイツには勝てない。俺は……ここで死ぬわけにはいかないんだ」

『ユウがいいなら私はいいよ』

「……」


 右手に持ったペリースをそっと手放すと、ソレは風に乗って飛んでいく。

 ユウを人として留めていた物の一つが手を離れた。


(今までありがとな……)


 アルドルノが言っていた事は正しかった。

 一之瀬 裕という人間は既に人間を辞めている。龍神の血を体内に取り込み、白華と契約した事でその身に宿る力はどうやっても化け物以外の何者でも無くなってしまった。

 それでも、裕は人間に拘った。狂ってしまいそうな世界と状況において何かしらに拘らないと飲み込まれてしまいそうだったからだ。

 あとは、せめてまだ人間でいたいという願望があった。


「最高だよ! 君は、僕が今まで斬って来た誰よりも最高だ!」


 ボロボロになって崩れる両手の剣を捨てて新たな剣を両腰から引き抜きながらアルドルノは笑う。

 そんな姿を見ながら裕は内側にある楔を抜く。


「お前は、俺の本気が見たいと言ったな――」


 湧き上がる力を感じながら、後の事を全て捨ててただ目の前の敵を斬り生き残る事だけに集中する。

 その目は紅を通りこして黒へと戻る。


「――見せてやるよ。俺はもう……拘らない」

「ああ、見せてくれ! 君の全力に僕も応えようじゃないか! 解放リリース!」


 アルドルノの剣が白銀に輝き、白華は紅く輝く。

 所有者だけでなく、武器そのものが勝利を望むようにその一瞬を輝く宵の明星のように眩く、儚く。


回帰不能点ポイント・オブ・ノー・リターン。一つ、壁を超える」


 踏み込むのは同時。武器を振るうのも同時だった。

 誰も居なくなった戦場で白銀と紅の軌跡は一瞬だけ輝いた。

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