今一度
前回投稿した話は読み直してみたらコレじゃないなと思ったので削除し、今回新たに1から書き直したものを投稿させて頂きます。
陥没した地面になど目も向けずに二人は踏み込む。
風が顔を叩き、空気が薄くなるが極限の集中力を発揮している二人は既に息を止めていて薄くなった空気など気になっていない。
目的は互いに共通してただ一つ。目の前の強敵を倒して自らの道を進むという事のみだった。
「「――ッ!!」」
この世界で剣聖と称えられるアルドルノには初手として考えられる無数の選択肢があった。対する裕も元は平和な世界で生きていたとしても、この世界に来て様々な敵と戦い並行世界の自分の経験を自らに重ねた事で数多くの応じ手が考えられた。
しかし――二人はそれらの選択肢を全て排して剣を握った子供でも出来る愚直に前へと進んでその手に持った得物を振り上げるという行動を取る。目の前の敵を排するために必要なのは圧倒的な力でも驚異的な技術力でもなく、ただ『勝ちたい』という渇望だけなのだという事を理解していたからだ。
白銀と紅の刃が交わり、軋みを上げる。
それらが担い手に変わって甲高い悲鳴を上げ、大気を震わせた。
「――――ッ!!!」
「ァ――――ッ!!」
声にならない叫びを上げ、軋む筋肉を叱咤して二人は前へと進む。このまま押し合いをした所で無意味だという事を理解していても下がる事など考えられない。
「ハ――ァッ――!!」
裕の左側から二本目の白銀が迫る。正確無比な軌道で首を狙ってきたソレを頭を下げる事で回避し、そのまま勢いを利用して右肘で相手の顔面を狙うがあっさりと回避された。
『ユウ!!』
「ちっ」
無理な体勢から繰り出されたカウンターも回避され、続く二撃目さえ見えている状態で白華はたまらずに声を上げ、裕は舌打ちをしながらも一歩引く。
銀閃が目の前を通過し、前髪を少し斬るのを見つつも白華を振るうがアルドルノは右手に持った剣で弾く事で難なくいなした。
時間にして僅か数十秒の攻防だったが、裕にはこの戦いの結末が見えていた。目の前に立つ男に対しての勝機など絶無。ここで全力で逃げに転じたとしても振り切って逃げ果せる希望など薄紙よりも薄いと。
だが――それでも――いや、だからこそ――諦めなどない。
絶望的な戦いならこの世界に召喚されてからいくらでも経験してきた。その中でもこの男がとびきり強い。ただ、それだけの事だと。
「オオオオオオオオ!!」
「来るか!!」
そして、既に心は最初から決めている。自分はこの男を倒して生き残り、必ず幼馴染を魔王から――否、この世界全てから助け出すと。前世から続くこの物語は来世などに押し付けずに今、ここに存在する自分で終わらせると。その誓いは堅く決して折れる事などない。
一般人よりも少ない魔力を搔き集め、全身に巡らせ、本能に従って逃げだしそうになる身体をなおも奮い立たせ――
「ハァッ!!」
――前へと踏み込んで白華を振るう。
純粋な上段からの切り下ろし。ただ、その速度と威力だけは異常だった。
「ははっ!」
だが、アルドルノは数歩引いて躱しその後に反撃とばかりに一歩踏み込んで剣を振るう。下段から切り上げる事で弾くが、力が拮抗しているために白華も大きく上へと弾かれる。
「そこだ!」
「クソっ!」
真っ直ぐに突き出される剣を回避するも、右目を掠る。片目を潰された事で死角が出来た裕に対してアルドルノは追撃を仕掛ける。
一、二、三――交互に振られる剣にどうにか対応しつつも裕の身体には捌き切れなかった斬撃の跡が付き始めた。身体に傷を負えば負うほどに血は外へと流れだし、戦うための体力を奪う。片目は完全に機能を停止しており、格上と戦うには圧倒的に不利な状況。
このまま行けば数分後には“戦い”ではなく“狩り”になる事は明白だった。いや、そうなる前に対峙する誇り高き剣士は自分の命を奪うだろう。
「後二分って所かな」
「なに……?」
不意に攻撃が途切れ、アルドルノは口を開く。
後二分戦えばお前は自分に敗北するのだと言外に込めて発せられたその言葉に裕は眉を上げた。
「僕は強敵にはそのままの――美しい姿で散ってほしいんだ。弱い者いじめをするのは気が引けるし、何よりも弱った所を倒すなんてその人に対する冒涜だからね」
「大した自信だな」
強がって見せたが、アルドルノの実力がそう言わせているという事はわかっていた。だからこそ、裕の言葉にも彼は薄っすらと微笑を浮かべるだけだ。
「でも、君はどうやら諦めていないようだ。僕の話に付き合って攻撃してこないのはこうしている間にも身体を癒しているからだろう?」
「……」
アルドルノの言う通り、こうしている間にも白華と龍神の血の力によって傷は徐々に癒えていっている。だが、失った血は戻るわけではない。あくまでこれ以上の出血を防止するだけだ。それに、潰された右目に関しては治すにしても時間が掛かりすぎて今すぐにとはいかない。
「どうしてわかったのか……そんな雰囲気だね。君は顔には出ないけどその分空気に出るタイプのようだ。さて、君の疑問に答えるなら僕も似たようなスキルを持っているからさ」
そう言って捲られた右腕には擦り傷が無数に付いているが、瞬きをする時には最初から無かったのではないかと思えるほど綺麗に消えていた。
「チート野郎め」
「チートは確か君たちの世界で誉め言葉だったかな? まぁ、それはいいとして……このまま戦ったとしても万に一つも君の勝ちはないだろう。ソレは君自身がよくわかっている事なんじゃないかい?」
言われて裕はそっと視線を空へと向ける。
二人の戦いによって生まれた余波で雲が全て吹き飛ばされた空には眩しいくらいの青々とした空が広がっている。そんな空を眺めながら裕は自嘲気味に笑う。
アルドルノに言われるまでもない。もう、ここ数回はまともに打ち合えていたとは言い難く、負傷に関しても裕の方が明らかな重症。片目の視界は奪われ、既に癒えている大小様々な傷によって血は足りていない。このまま戦ったとして、この先に勝利という光をその手に掴むことなど恐らく出来ないだろう。
(だけど……それでも……)
戦わないという選択肢はないのだと。逃げ出すという事は出来ないのだと己の心に強く訴える。
何故なら、決して譲れない目的があるから。
この胸に刻み込まれた誓いがあり、どうしても果たさなければならない目的があり、決して振り返らないと己に言いきって歩き出した道がある。この願いの根源は【一之瀬 裕】という人間が生まれるよりももっと前から続いてきたものだ。もしかしたら、前世や並行世界に思考が引っ張られているのかもしれないと考えた事はあったが、その度にソレはあり得ないと思った。
「仕方ないだろ……」
「……」
憧れてしまったのだから。
あの時、垣間見た一人の男と愛する女性の最期を見て美しいと感じてしまった。それと同時にもっと違うやり方があったんじゃないかという口惜しさを抱いた。
ソレはまさしく憧憬だった。愛する人をその手に掛ける事になったとしても、せめて今世では人として終わってほしいという男の願いに抱いた歪んだ憧れだ。だが、それだけが唯一の道しるべでもあった。
だからこそ、あの国で色々な者を捨てた。この先戦っていくには自分の身一つの方がいいと考えたから、建前を色々と並べて裏切った。
ここで負けてしまったら、この先誰にどんな顔をすればいいというのか。
「そうか……君は“自分の道を決めた人間”だったんだね」
アルドルノはそんな裕を見て剣を握りなおす。
自分が間違っていたと。目の前に立つ少年は既に自分が行く道を決め歩き出し、決して止まる事など考えてなどいない強者だったと考えを改めた。
「失礼な事を言った……君は、何回も傷つき壊れてそれでも尚歩き続けてきたのだろう。認めよう……君という存在は僕が斬ってきた誰よりも誇り高く、強く――美しい戦士だ」
「ああ……」
両者がそれぞれの得物を構えなおす。
不思議と、残された時間が少ないという事実が二人に寂しさを感じさせる。この強敵と全力で戦える時間はもう残り僅かだという現実を恨めしく思った。
「解放」
アルドルノが再度その言葉を口にすれば両手に持った剣はその輝きを更に強くする。だが、それと同時に剣はボロボロと崩れ始めた。
「――装填」
剣先を地面へと向け、鍔上に付いた刃に親指を押し付けながら裕も呪文を口にする。親指から流れ出した血は吸われるように紅い刀身へと染み込んでいく。ただでさえ少ない血を白華に吸わせた事で視界が少し霞むがそれを無視してアルドルノを見据えた。
吟遊詩人がこの場に居れば、きっとこう歌っただろう。
『この戦いは神々の時代に起きた大戦争の再現だ』と。




