乱入者➁
静まった戦場の中で勇者だけが唾を飲み込んだ。
今まで訓練と称されて様々なダンジョンに潜り、そこで数々の強敵と戦ってきた。特に王国近辺に存在している人類領で一番大きなダンジョンを攻略した際に戦ったダンジョンボスは何度も死にかけながら挑み続けてどうにか勝った程に苦戦した相手だ。
そんな経験をしてきた勇者だからこそ目の前に佇んでいる存在に対しての恐怖心は誰よりも大きかった。
「なんだよ、お前……」
男は腕を振るうだけで人間と魔物を大勢殺した。その際に自分も仲間を救うために前に出て攻撃を受けたが、その時に受けた衝撃は今も左腕に残っていた。
チラリと左腕に付いている王国宝物庫に保管されていた聖盾はひび割れてボロボロになっている。
「お、お前は……何者なんだっ!!」
「……」
勇者の声に反応して男はゆっくりとした動作で顔を勇者へと向けた。
相変わらずフードは深く被られていて顔は見えない。ただ、その奥に光る紅い目は真っ直ぐに勇者を射貫いていた。
「っ……!」
目が合った瞬間、勇者は息が詰まって何も言えなくなった。何故なら、先程までは見えていなかった女の姿が男の後ろに見えたからだ。
『なに、あなた?』
自分たちよりも少し幼いながらも女性としての魅力がある身体を白いワンピースで包み、白銀に輝く長い髪を背中に流した女。
そんな女が突然現れた事に勇者が唖然としていると、女は男と同じ紅い目を細めて勇者を見た。
『その反応的に、私の姿が見えてるんだ? 別にあなたに姿を見せたいとは思ってないんだけどな』
女は男の背中に抱き着きながら不思議そうに首を傾げる。
「勇者は聖剣を持ってるからな……聖剣にも人格が宿ってるから、見えるんだろう」
『あ、そうなんだ? こんな事ならもっと色々と教えてもらうんだったなぁ』
フードの奥から聞こえた男の声は低く冷たいものだったが、女はそんな声にも嬉しそうに笑顔を浮かべて男の背中に更に力を込めて抱き着いた。
『ねぇ、コレでおしまい?』
「いや――」
男が何かを言おうとする前に勇者たちの前に重装備の騎士が20人ほど出て来る。彼らは王国近衛騎士であり、人類の中ではかなりの強者に入る者達だ。
「勇者様、ここは我々が引き受けます!」
その中でも立派なマントを身に付けた近衛騎士がそう言うと彼らは男を囲むように展開し、その手に得物を握りしめた。
「白華……」
『いつでもいいよ。私は、いつでも、どこでも、どこまででもユウに付いて行くから。だから、安心して私を“使って”? ユウがやりたいように、したいように』
ユラリと男が一歩前に踏み出し、右手を左腰へと伸ばす。
「――! 掛かれぇ!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
ソレを戦闘態勢だと判断した指揮官の号令で近衛騎士が突撃を開始する。その動きは今までの経験を感じさせる物であり、一糸乱れぬ統率された動きだった。
男はチラリと周囲を見回してからゆっくりと口を開いた。
「――我ら、世界を裏切る大罪人なり」
その声は低く重い。それなのに戦場に地を這うように浸透していく。
『――! 春斗! アレは鍵語よ! 止めて!』
勇者――柏木 春斗が持つ聖剣から女性の声が響き渡る。
「鍵語……?」
『今は詳しく説明している時間がないの!』
聖剣に宿る精霊――エリナが声を荒げるが、そうしている間にも男の言葉は紡がれ地を這う。
「我が大罪を憐れむ者よ、我が大罪を恐れる者よ、我が大罪を否定する者よ、我が深淵を見よ」
その声からは燃えるような憎悪を感じた。この世全てを恨んでいると高らかに歌うように紡がれる言葉はとても人間が発しているとは思えない程に低く暗い。だというのに聞き取れないという事はなく、嫌でも鼓膜を震わせる。
「くそっ!」
「右手に刃を、左手に絶望を。我が道を遮る者には等しく滅びを与えん」
春斗が駆けだすのと男の言葉が区切られるのは同時だった。
一瞬、春斗は男と目が合った。そして、真正面から見た事によりフードの奥にある素顔を少しだけ見る事が出来た。
「なっ――お前は……!」
だが、春斗がその先を言う事はなかった。
何故なら、春斗が男の名前を呼ぶよりも先に声を発したからだ。
「『――抜刀』」
男の低い声と少女の美しい声が交じり合った最後の言葉が戦場に響き渡り、それによって生み出された衝撃波が今まさに攻撃を繰り出そうとしていた近衛騎士と春斗を吹き飛ばす。
「春斗!!」
衝撃波によって飛ばされた春斗を受け止めたのは盾の勇者である馬籠 健一だった。
彼は最初の攻撃で王国より授かった大楯を破損させ、その余波で右腕を複雑骨折していたために後方でひっそりと治療を受けていたのだ。そんな状態でも春斗を受け止める事が出来たのはひとえに彼自身の体が極限まで鍛えられていたからだった。
「ぐっ――!」
気絶している春斗をなんとか受け止め、視線を前へと戻してみればそこにあり得ない光景が広がっていた。
「なんだよ、ソレ……」
男の周りに倒れ伏す近衛騎士達。明らかに強い衝撃を受けて陥没した地面。その他にも色々とあったが、それら全てを吹き飛ばして目に入るのは男が持つ得物だった。
「……」
赤く、紅い。
この世全ての赤を束ねて鍛え上げ紅へと昇華させて凝縮させたような刀身は僅かに輝きを放ち、近づく者全てを切り裂かんとばかりに殺意を周囲へと振りまいている。そんな殺意に呼応するように柄に付いている長く漆黒の布紐はユラユラと宙を舞う。
「刀……」
誰かが呟いた。
異世界組ならば誰もが知っている武器。日本人といえばと聞かれれば間違いなく最初に出て来る武器の一つ。
そして、この世界では禁忌とされている武器。
「まさ、か……」
そんな武器を右手に持った男がその場で佇んでいる。
あってはならない。あり得てはならない。そうであってほしくないという馬籠の気持ちを無視するように「俺はここに居るぞ」と言わんばかりの威圧感を沿えて男――一之瀬 裕はフードを後ろに長し、少し伸びた黒髪を後ろで束ねソレを揺らしながら“紅い目”を異世界組へと向けて間違いなくその場に存在していた。




