乱入者①
魔王領と人類領が面している西に存在している国境沿いで、多くの兵士と魔物がぶつかり合っていた。
人類側としては召喚した人間の全てが【早熟】のスキルを持っていた事もあり、短期間である程度使えるくらいには育てる事ができ、こうして早期反攻作戦を開始する事が出来たのだ。それに対して魔族側も予め部隊を国境沿いに多く配置していた事もあって問題なく対処する事が出来ていた。
元々は人類の領土であったソコは幾度もの戦闘を経験したことで草一本も生えていない荒野と化し、どちら側にとっても見晴らしがいい戦場となっていた。
「行け!! 進めぇ!!」
「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」
総指揮官の号令に合わせて人類側の兵士が雄叫びを上げ、目の前の敵を滅ぼさんとばかりに突撃していく。それに対して魔王軍側も四天王の一人である魅惑のバーリンの命令で兵士へと立ち向かっていく。
まさに戦場。まさに地獄。もはや戦術など存在していない。目の前の敵をただがむしゃらに殺す事だけとなった混沌の戦場で召喚された勇者一行も戦っていた。
魔法を放ち、矢を放ち、剣を振るい、拳が唸りを上げる。
元々平和な世界から召喚された事もあって、生き物をその手に掛ける事に戸惑いが無いわけではないが、戦場特有の熱気と死にたくない。死なせたくないという一心で戦う事が出来ていた。
このまま行けば、人類側は酷い損害を出すが国境をどうにか超える事が出来る。そう人類側の総指揮官が思った直後に“ソレ”は戦場の丁度真ん中に降り立った。
いや、降り立ったなど優しいものではなかった。ソレが着地した衝撃は遥か後方に控えていた野戦病院にさえ伝わる程の物であり、人間も魔物も勇者も魔族もその場に存在する全ての生き物が動きを止めた。
「……」
もうもうと立ち込める砂ぼこりの奥から“ソレ”の紅い双眼だけがユラリと揺らいだ。
ゾワリとその目を見た者達は背筋が粟立った。
『アレはダメだ。アレには歯向かってはいけない。今すぐ逃げなくては――いや、逃がしてなどもらえるはずがない。今はただ動かず、ジッとしておくしかない』
その場に居た生物全ての本能がそう警告を鳴らした。
やがて天まで上っていた土煙は一瞬にして晴れた。降って来た“ソレ”が何かしたのだと誰もが理解できたが何も言えなかった。
「……」
ソレはゆっくりと辺りを見回した。
身長170cm後半。身体の線は細く、どちらかと言うと人間寄りに見えた。黒いズボンとシャツの上から外套を纏い、中途半端な部分から縦に切り裂かれたマントを左肩からペリースのように掛けた不思議な格好。
フードを深く被っているせいで顔はわからないが、その奥で紅い双眼は不気味に光っていた。
「……」
誰もが動けない中、ソレは唐突に右腕を右へと伸ばした。少しだけ捲れた手首には赤い紐が巻き付けられてあった。
「「――!!」」
降って来た男の右腕が延ばされた瞬間、勇者とバーリンはほぼ直感で動いた。
まず、勇者は守るように一緒に召喚された人間――俗に勇者パーティと呼ばれる者達の前に盾を構えて立った。
バーリンは自らが張れる中でもっとも強力な障壁魔法に最大限の魔力を込めて自身の目の前に展開した。
二人が動き、その行動が終わるのと男の右腕が右から左へと振られるのはほぼ同時だった。
「なっ――!?」
「なんだ!?」
勇者とバーリンの声が重なった。
それもそのはず。一瞬だけ紅く何かが光ったと思ったらとてつもない衝撃が襲って来たのだ。その衝撃に耐え、周りを見回した時にあの衝撃波が攻撃ではなくただの余波だったという事に気付いた。
「嘘……だろ……?」
勇者の呟きがやけに大きく聞こえた。
それもそのはずで、勇者の周りにもバーリンの周りにもただの肉塊が広がっているだけだったのだから。
唯一生き残ったのは射程外と思われる境界の先に居た兵士と魔物。ソレと二人の防御のすぐ後ろに居たわずかな生物だけだった。
「とんだ化け物が居たもんだね……」
バーリンはそう呟きながら背後で生き残っていたゴブリンメイジから魔力を吸い取っていた。コレは彼女の固有能力である魔力吸収であり、近くに生物が居る限り彼女は魔力を無尽蔵に回復する事が出来る。
吸い取られた生物は死んでしまうが、コレを攻撃手段にも使う事で彼女は四天王へと上り詰めた。
「……」
男は右腕をだらりと下ろして再度辺りを見回していた。その後、小さく溜息を吐いた。
(コイツ……一撃でコレだけ殺しておいて満足いっていないっていうのかい!?)
男が溜息を吐いた事を感じたバーリンは驚愕しつつもソレを表に出さずに震える口を開いた。
「あ、アンタ……一体どっちの味方なん……っ!」
勇気を出して右腕を伸ばしながら発した言葉は最後まで紡がれる事はなかった。
何故なら、男に話しかけた瞬間に一瞬で三桁は死んだと思えるような殺意を叩きつけられたからだ。
『あなた……誰の許可を得て“私の”ユウに話しかけているの?』
「ひっ!」
女の声だった。
地の底から這って来ているとさえ思える低く冷たいその声の主は薄っすらと男の背後に見えた。
成熟を始めたばかりの体型に背中に下ろした長い髪を持つ女はピッタリと男の背に抱き着いているが、その双眼は真っ直ぐにバーリンを射貫いていた。
四天王になって久しく感じていなかった恐怖心に一歩下がってしまうバーリンに対して、その女はゆっくりと口を開いた。
『それに……今、私たちに何かしようとしたよね?』
「そ、そんな事は……!」
バーリンにとってソレは図星だった。
話しかける振りをしつつ魔力吸収を男に向けて放とうとしていたのだ。
『もういいよ。あなた、キライ』
冷たいその声は死刑宣告のようにもバーリンは聞こえた。
「え……」
ボトリと自身の足元に何かが落ち、ゆっくりと視線を向けてみればそこには伸ばしていたバーリン自身の右腕が落ちていた。
『死んで?』
「ぁ……」
続けて発せられた声によって、バーリンは痛みを感じる事なくその意識を闇へと葬り去られた。
数か月ぶりの更新となってしまい、申し訳ございません。




