選択4
俺と凍華は互いに刃を向けているにも関わらず動かない。向こうからしたらこちらに隙が無さ過ぎるのだろう。
限定的に魔力を開放した白華は俺がカバー出来ない背後などに魔力を放っており、例え俺が遅れを取ったとしても完璧にサポートしてくれる。それに対して凍華は一人だ。何回も言うが、彼女は“武器”であり“使い手”ではない。人型になりその手に武器を持ったとしても結局は偽物でしかない。
技量はそこそこだとしても、良いところで俺が戦ったリルの使い手であった少女と同レベル程度だろう。あの時には遅れを取ったが、白華が成長した今は負ける気なんてない。
《ユウ、わかってると思うけど全力は出せないからね。この状態だって長くは続かないんだから》
「わかってる」
白華の忠告に返事をしながら、一歩踏み出す。
スイッチは入っている。目の前に対峙する者は例えこの世界に来てからずっと一緒だった愛刀だったとしても敵。
敵ならば、殺す。
一瞬だけ目を閉じ、開けた瞬間に火蓋は切って落とされた。
初撃――無造作に振るった白華は凍華が持つ青い刀に受け止められる。
「くっ……!」
「……」
だが、即座に反撃の予兆はない。
凍華の苦しそうな表情からもわかる通り、彼女にとって俺の一撃は受け止めるだけで精一杯だからだ。
守りに徹したら負けると判断したのか、受け止めた体勢から刃を斜め下へとずらし白華は青色の刃を削りながら滑る。
白華がズラされた事で体勢が少しだけブレる。凍華はそんな好機を見逃すはずがなく、即座に刀を引くと鋭い突きを放って来る。
「……っ!」
短い気合と共に放たれたソレは本来であれば俺の右肩を貫くはずだった。
迫りくる剣先を見つめながら集中――即座にスローになった世界で行動を開始。崩れてしまった体勢を立て直す時間はない。だったら、自分から更に崩してしまえばいい。
前のめりに倒れる身体を更に加速させながら倒しつつも身体を回転させる。青い刃が虚空を突くのと同時に遠心力を利用しつつ白華を振り上げた。
床を切り裂きながら振り上げられた刃は青い刃を半ばから断ち切る。
「なっ……!?」
凍華の驚く顔を見ながら超人的な身体能力を駆使し、体勢を正し即座に白華を振るう。狙う先は勿論首だ。
「終わりだ」
「――」
風を切りながら進む白華。
紅く輝く刃と凍華の白い首。そのまま行けば間違いなく首を切り落とす軌道上に何かが飛び込んでくる。
止められたのは奇跡だった。
俺の本能か、それとも直感かわからないが急制動を掛けられた右腕は白華の刃が佐々木の首を薄く斬った所で止まった。
「なんのつもりだ」
「一之瀬君こそ……どういうつもり……?」
目の前には凍華を庇うように両手を広げて立つ佐々木の姿。身体は震え、首からは薄っすらと血が流れ始めている。
俺があと少しでも押し込んだら首が落ちる状況だ。
「……邪魔するなら――」
「私も殺す? 別にいいよ……地下に突然連れ去られた時に守ってくれてた凍華さんを見殺しにするくらいなら、私はここで死んでもいい」
「……」
身体は震えているのにその目には力があった。
絶対にここを動くことはないという強い意志が俺の目を貫く。
「一之瀬君の気持ちが全部わかるなんて言わない……でも、本当にそれしか道が無いの?」
「無いな……」
「でも……!!」
「なら、教えてくれよ……俺の方法よりももっとマシな物があるのなら」
代案なんてない。
ソレがわかっていながら聞くのは性格が悪いな。
「……桜花ちゃんはどうするの。一之瀬君の子供なんでしょ?」
「……」
チラリと桜花の方に目線を向けてみれば、そこには何も言えずに佇んでいる姿があった。この子はどこまで行っても“武器”だった。
自らの感情は極最小限に、使い手意思を尊重する――言ってしまえば、使い手がいなければ自分から動く事は出来ない。
「パパ……」
「桜花」
「パパもどこかに行っちゃうの……?」
今にも泣きだしそうな顔だった。
きっと、俺が大人だったら――この子のちゃんとした親になれていたのなら、そんな顔をさせる事はなかっただろう。
「桜花、お前も武器ならわかるだろう」
「――っ」
白華を佐々木の首筋から離す。
「白華」
《はーい。ユウは甘々だね》
「うるさい」
纏っていた魔力を霧散させた白華を桜花へと向ける。
「コレを見ろ……」
「パパ……」
「桜花、お前は……もう、必要ないんだ」
バシンッと乾いた音が部屋に反響する。それと同じくして俺の左頬に鈍い痛みが走る。見てみれば、そこには怒った表情と悲しそうな表情が合わさった佐々木が右手を振り切った状態で立っていた。
「一之瀬君……見損なった」
「……そうか」
「仮にも、自分の娘でしょう!? どうして、そんな――」
佐々木がその先を言う事はなかった。
それよりも先に俺が手刀で気絶させたからだ。
「いち……の……」
「――」
倒れ行く佐々木を床に寝かせながら小さく言葉をつぶやく。
別に、この言葉が聞き取れていなくてもいい。ただの自己満足だ。
「白華、行くぞ……ここにはもう用はない」
《はーい》
再度魔力を纏った白華を振るって窓枠を吹き飛ばし、俺は月が照らす夜の世界へと身を翻した。
最後にチラリと桜花を見る。
桜花は武器だ。使い手がいなければその役目を果たすことはない。そう、使い手――俺さえいなければあの子は普通の女の子として成長していけるはずだ。
ただでさえ、この先は酷い戦いしかない。そんな戦いにあの子を連れていけるわけがない。
「父親失格だな」
《ユウは優しすぎると思うけどね。死こそ救済だとは思わない?》
「全てが終わった時、美咲にはあの子が必要な気がしたんだ」
《ふーん? まぁ、いいけどね》
白華とそんな会話をしながら、俺はそっと右頬に触れた。
ほぼダメージなんてなかったのに、そこだけはずっと痛いままだった。
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