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忠誠心

 見ず知らずの――それこそ、今初めて会った少女に対して“愛おしい”と思えるような感情を抱くことはあり得ない事だと思う。

 そんな今までの考えを覆すかのように、俺は目の前に居る少女に対してある意味ソレと同種の感情を抱いている。きちんと言葉にするのであれば――そう、保護欲と傲慢だろう。何があっても、何が相手でもこの子を守ってあげたい。そして、俺の全てを肯定してほしい。そういう感情だ。


 人間、誰しもが弱さを持っている。

 それを他者に受け入れてほしいと思うのは傲慢以外の何物でもないのではないだろうか? いや、仮にソレが正常な感情だと仮定して、一体この世界にどれだけ受け入れられる人間が居るのだろうか?


「……どうかしましたか?」

「いや……」


 小さく首を傾げる少女を眺めながら思う。

 きっと、この子は俺の“全て”を受け入れ、抱きしめてくれるだろう。


 だが、気を付けろ。

 ソレは麻薬であり劇毒だ。一度手にしてしまえば二度と立ち上がる事は出来ないし、二度と歩みを進める事は出来ない。

 美咲を助ける事なんて諦めるしかなくなる。


 ならば、ここは何も見なかった事にして立ち去るしかない。

 甘美な誘惑から目を逸らす事は難しいが、そこは精神力を振り絞ってみせよう。

 美酒は味わなければ美酒だとはわからないのだ。


「じゃ、俺はもう行くから」


 言うが早いか、俺はそそくさと少女に背を向け、どこか後ろ髪を引かれるのを感じながらも部屋から出て先へと歩き出す。


「……」

「……」


 振り返らなくてもわかる。

 少女は付いてきているようだ。しかも、俺の左後ろを一歩分空けてその位置をキープするようにピッタリとだ。


「はぁ……」


 思わず溜息が出る。

 麻薬も劇毒も美酒も手を出さなければその効果を知る事はないだろう。だからこそ、俺は背を向けて逃げ出した。

 だが、あちらから寄ってくるのは想定外だ。


「なんで付いてくる?」


 このままではダメな気がする――そんな直感に従って聞いてみれば、少女は可愛らしく首を傾げた。その表情はほぼ無表情なのにも関わらず、雰囲気だけで「この人、何を言ってるんだろう?」といった事をこちらに伝えて来るのだからもはや感嘆すら覚える。


「なぜ、とは?」

「いや、普通、見ず知らずの男について行かないだろ……」


 俺の言葉を理解したのか、それとも理解しようと頭を回転させているのか、少女は目を閉じて首を傾げたまま止まった。

 しかし、こうして改めて見てみると本当に端麗な容姿だと思う。バランス良く配置された目や鼻。白い肌よりも白く、それでいてどこか輝いているようにさえ見えるその髪。

 白髪は見慣れていないが、それでもすれ違ったら思わず振り返ってしまうだろう。


「まず、訂正をさせてください」

「ん?」

「私と貴方は見ず知らずではありません。私は……ずっと前から、貴方の事を待っていました……」


 ――もしかして、電波系ってやつなのだろうか。


 そう思ったが、少女の淡い青色の瞳は嘘や妄言を言っている感じではなかった。それに、俺もこの少女と同じことを先程まで思っていた。

 だとしたら……。


「どれくらい……待ってたんだ」

「……恐らく、六年ほどかと」


 六年――その途方もない月日に一瞬眩暈がした。

 俺はいい。俺は、この少女に出会うまでこんな感情を抱いていなかったんだから。だが、この子は俺と出会うまで――出会うのかさえわからない男の事を六年もの間待っていたのか。


「そうか……じゃあ、好きにしてくれ」

「……? はい」


 流石に、何も言う気にはならなかった。

 見ず知らずの出会うかもわからない人物を待つというのは一体どんな気持ちなんだろうか……想像してみたとしても、それは想像の域を出なく実際はどうなのかはわからない。ただ、一つだけ言える事はソレはきっと途方もなく永遠にさえ感じる時間を生きるのと同じ事だろう。


 ならば……ここで突き放すのは、酷という物だ。


「……」

「……」


 再び歩き出した俺の後ろを少女はピッタリと付いてくる。

 その距離感は気のせいでなければ先程よりも近い気がする……いや、気のせいか?


「そういえば……」

「ん?」

「旦那様、とお呼びしても?」

「なっ!? いきなりなんでそうなった!? てか、どういう思考回路してんだよ!」


 突拍子のない少女の発言に歩き出した足が再度止まる。

 コイツの頭の中は一体どうなってるんだ?


「……? いつまでも“貴方”とお呼びするのは失礼かと……」

「だとしても、だ。旦那様とか普通は候補に入ってこないだろ」

「そうなのですか……?」


 いや、俺もこの世界の常識に詳しいわけじゃないからわからないけど……。


「それでは、お名前をお伺いしても……?」

「ん、あぁ……一之瀬だ。一之瀬いちのせ ゆう


 少女は少しの間、俺の名前を小声でつぶやく。

 それは、決して忘れないように自らに刻み付けているようだった。


「では……ユウ様、と」


 これ以上は変える事は出来ない――そう、少女の目は語っていた。

 まぁ、旦那様よりは断然マシだと思うしかない。


「それでいいよ……そういえば、お前の名前は?」

「――ッ! 申し訳ございません。私とした事が、主に名乗らず、主から名乗らせてしまうとは……」

「あぁ、そういうのいいよ。別に気にしないし」

「寛大なご配慮に感謝いたします。私の名前は……フェルです」


 一瞬、自分の名前を名乗る前に間があったが、深く踏み込まない。

 人間、誰しも触れてほしくない部分もあるだろうし、何よりも偽名って感じでもなかったからだ。


「そうか。よろしく、フェル」

「こちらこそ、よろしくお願い致します。ユウ様」


 こうして、意図せずに同行者が増えた。

 さて……佐々木や凍華達の捜索に戻るとするか。どうか、無事で居てくれるといいんだが……。

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