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己を形容する言葉

 ランタンが気休め程度に照らし、ほこりとカビが合わさって熟成されたような匂いが立ち込める場所――所謂いわゆる、牢屋と呼ばれる場所に俺は居た。

 あの後、いきなり襲ってきた少女を追いかけてきた兵士たちに何故か俺が拘束され、こちらの言い分をガン無視されてそのままここに連れてこられたわけだ。


「何がどうなってるやら……」

『ユウ、大丈夫?』

「あぁ、まぁ……特に暴行を加えられたとかじゃないから大丈夫っちゃ大丈夫なんだが……何はともあれきちんとした理由を説明してほしいよな」

『あの人たち、キライ……今度会ったら切り刻んでいい?』

「いやいや、ソレは不味いだろ……」


 何故か没収されなかった白華しろかと話しながら俺は自分の両手に視線を落とした。


 現在、俺の両手には鈍く光る手錠が付けられている。

 コレはここに放り込まれる前に付けられた物だが、門番たちの話を盗み聞きしたところによるとどうやら“ステータス”を封じ込める力があるらしい。

 だが、俺にはそもそも“ステータス”という概念がない。

 正確には持ってはいたのだが自らの意思であの時に捨ててきた。つまり、この手錠は俺にとってただの鉄か何かの金属で出来た腕輪でしかない。


「壊すのは簡単だが……」


 ソレをした所で待っているのは面倒ごとのオンパレードだろう。

 王城の牢屋からの脱走となると国に喧嘩を売ったも同然となり、国際指名手配とかそういうのに指名される事になるかもしれない。


「それに、白華を没収しなかったのが気になるんだよな」

『ん……?』

「普通、牢屋に誰かを収監するときって持ち物とかは全部没収されるだろ? なのに、俺は何のチェックもないままにここに放り込まれた」

『ユウから取り上げられそうになったら、ソイツの指を切り落としてたよ?』


 何を当然の事を……と言った風に言っているがコレは冗談なんかではなく、白華を含む魔刀まとうと呼ばれる人と同じように意思を持ち、人間の形を取れる彼女たち《不思議な武器》は自らが認めた所有者以外に触れられると指を切り落とす性質をもっている。

 それ故に、俺から取り上げようとすればソイツの指が地面に落ちるのはわかるのだが……。


「アイツら、ソレを知ってる感じがしたんだよな。頑なに腰に差してた白華を触ろうとしなかったし」

『むぅ……』


 よくわからない。そういった雰囲気を纏わせた白華に苦笑しながら他に気になる事を考える。

 こう何もない牢屋に放置されると、何か考えていないと気が滅入りそうだし。


「それに、俺とは別に連れて行かれた凍華とうかや佐々木の事が気になる。流石に牢屋に入れらてるとかはないと思うんだが……」


 凍華達や佐々木は客観的に見て美少女だ。

 そんな少女たちを俺がいるような牢屋に入れるとか正気を疑うし、何よりも魔刀と契約している俺には大体の位置がわかるが牢屋よりも上から感じる。


「目も見えるし、腕も動くからそんなに遠くって感じでも無さそうだしな」


 魔刀と契約するには、自らの一部を彼女たちに捧げる必要がある。

 例えば、片腕とか片足とか目とか……代償は様々だ。そして、俺は腕や目などを彼女たちに捧げており、彼女たちが一定距離に居れば普段と変わらないように動くが、範囲から外れると途端に動かなくなったり見えなくなったりするのだ。


「……」


 ガチャリ……と何か硬い物が擦れる音。

 ソレは俺が切り落とされ、代償として捧げた事で一時的に形成されている“絶対に溶けない氷”で形成された左腕が奏でる音だ。

 意識的には今まで通り動かせるが、そこに“感覚”という物は一切存在しない。斬られても叩かれても粉砕されても……熱い物を持ったりしてもソレを感じる事はない。


「まだ、慣れないな……」

『ユウはその腕が嫌なの……?』

「……いや、そんな事はない。むしろ感謝してるくらいだ。片腕じゃ不便ってレベルじゃないしな」

『じゃあ、どうしてそんなに悲しそうなの?』

「……」


 魔刀は契約者が考えている事や思っている事を感じ取る事が出来る。

 それ故に俺は彼女たちに嘘をつくことが出来ない。


「白華には話した事がなかったか……この左腕はさ、俺の大切な人に切り落とされたんだ。いや、左腕だけじゃない。右目は貫かれ、何なら心臓だって突き刺された。それでもこうして生きているのは凍華達のおかげだ。だけど……この腕を見るたびに俺は……」


 いわば、コレらは全て“俺の無力さの証明”なのだ。

 無力故に奪われ、無力故に傷つけられた。そんな記録。


『そっか……』

「すまん」

『ユウが謝る事じゃない。でも……少し寂しい』


 確かに、彼女たちからしたら良い気持ちになる話ではない。

 俺は助けてもらったのにソレを心のどこかで……。


『そうじゃない』

「え?」

『その時に私が居たら、絶対に大丈夫だった。だから、その場に立ち会えなかったことが寂しい』


 悔しいとかじゃないのは、彼女たちの本質が“武器”だからだろう。

 彼女たちは自らを武器として捉えているし、そのことに誇りを持っている。それ故に戦いには自らを使ってほしいし、沢山の敵を斬りたいと望んでいる。


『次があったら、絶対に私を使ってね』

「考えておくよ」

『んっ』


 白華の満足そうな声と同時に誰かが近づいて来る気配を感じる。

 どうやら、俺の待ち人がようやく来たようだ。


「さて……鬼が出るか蛇が出るか」


 俺の呟きと兵士二人が牢屋の前に到着するのはほぼ同時だった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「広いな……ソレに豪華だ」


 兵士に連れられて入った部屋での感想はソレだった。

 実際、部屋は無駄に広く壁などにはかなり高そうな装飾品が置かれている。それなのに部屋にある家具と言えばど真ん中に置かれている小さめのテーブルと向い合せに置かれている椅子のみ。


「そりゃ、全て一級品を集めておるからのぉ」

「……」


 向い合せに置いてある椅子――その片方に座り、優雅にマグカップを傾けている女性が声を発する。

 長くよく手入れされている黒髪を後ろに流し、その身を確実に高いであろう和服で包んだ女性。一見隙だらけに見えるがその所作には一切の隙は無く、纏う雰囲気は高貴。


「王族か……」

「ふむ。一目でわかってしまうとは、妾の高貴さも中々捨てたものではないらしいのぉ」


 カラカラと笑う女性。

 だが、その赤い瞳は何一つ笑っていない。


「……」

『ユウ、どうする? やるなら今だよ』


 現在、俺の両手に嵌められていた手錠は外され、兵士も案内をするのと同時に退出してしまった。つまり、この部屋には二人きりだ。


「……いや、やめておこう」

「ほぉ……?」


 俺がどんな行動をするのか観察していた女性はどこか関心したような声を漏らす。

 どうやら、試されていたらしい。

 ここでこの女性を殺す事は恐らく可能だろう。だが、それではダメだ。凍華達は自力でどうにか出来るだろうが、佐々木は異世界に召喚されてチート的なステータスを持っているとはいえポジションは回復役ヒーラーだ。戦闘技術は素人レベルでしかない。

 ならば、そこらへんの安全が取れるまでは動くわけにはいかない。


「ふむふむ。どうやらただの強き者というわけではないらしいのう。一応頭が回ると見える。ならばそんな所に立ってないで座ったらどうじゃ?」

「……そうさせてもらう」


 促された椅子に座り、女性と向き合うとその美しさが倍以上になった気がした。

 美人――というレベルを超えているな。

 てか、よくよく考えてみたらこの世界で和服を見るのは凍華達以外だと初めてだな。


「さて、まずはお互い自己紹介といこうかのう。妾はこの火の国――ヴェルザイムの王女。リル・ベラ・ヴェルザイムじゃ」

「……一之瀬いちのせ ゆう。ただの平民だ」

「平民? お主が? くっくっく……これはこれは、お主はどうやら冗談を言う才能があるようじゃのう?」

「どういう意味だ?」

「魔刀」


 スッと部屋の気温が下がった気がした。

 魔刀――その言葉を知っているのは別に珍しくもなんともない。今から遥か昔に俺の前世である男がたった一人の女性のために全世界を敵に回した時に使った武器だからだ。

 だが、目の前の女性――リルからはそれ以上の事を知っている。否、全てを知っているぞという雰囲気を感じる。


「妾はその武器の事を全て知っておる。故に言おう。お主が平民? そんな世迷言は止せ、とな」

「……」

「魔刀とは人と同じ言葉を交わし、人と同じ形をとり、人と同じ意思を持つ武器じゃ。そして、この世で追従を許さぬほどの力を持っておる。それこそ、対抗するのであれば勇者が持つような神話級の武器か同じ魔刀でなければならないと言われるほどに、じゃ。しかし、ソレ故に代償が必要じゃ……そう、お主のその眼やその左腕のように」

「……」

「一度振るえば山を割り、二度振るえば国を永遠に凍らせる。その刃に斬れぬ物は存在せず、その刃は高貴であり狂気に満ち溢れ、自らが認める者以外には決して触れさせる事はない」


 リルは俺の左腰に差してある白華を指さす。


「そうじゃろう?」

「……」


 リルは一体、どこまで知っているのだろうか。

 契約者である俺でさえ、魔刀についてはさほど良くは知らない。凍華達はあまり話したがらないからだ。

 だが、一つだけハッキリとわかった事がある。


「なるほど。どうして俺が牢屋に入れられる時に持ち物を没収されなかったのか謎が解けたよ」

「……」


 リルはニヤリと笑う。

 そう、きっとリルは兵士たちに厳命したのだろう。決して俺の持ち物には触れるな、と。詳しい事は説明していないだろうが、女王からそう言われたのであれば兵士たちは従わなければならない。そうやってリルは兵士たちを守ったのだ。


「さて、ではもう一度聞こうかの? 一振り所持するだけでも全てを薙ぎ払える力を持つ魔刀と多く契約しているお主は一体何者じゃ?」

「俺は……」


 俺は、何者なんだろうか。

 実際、今までそんな事を考えた事がなかった。美咲を救うという事のためだけに全力を注ぎ、そのためだけに走ってきた。

 前世の俺はそうやって“裏切り者”となった。ならば、俺がしているこの行動もあの男と同じ“裏切り者”になるのだろうか?


「俺は……」


 いや、違う。

 俺はあの男とは違う。まだ……裏切り者ではないはずだ。


『ユウ……?』


 白華が心配そうな声で俺の名を呼ぶ。


 俺という存在……これから先の俺という存在。ソレを形容する言葉。

 あぁ、簡単じゃないか。

 これまでも、これからも、それだけのために走り続けるのだから。


「俺は――奪還者(簒奪者)だ」


 魔王に奪われた大切な人(美咲)を魔王から奪還(簒奪)する。それだけの存在だ。

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