少女の記憶
裕を助けた少女は城の一室でメイド服を着こんだ若い女性と向き合っていた。
「勝手に抜け出して何をしていたんですか?」
「……」
「はぁ……」
メイド服の女性は最初から答えが返ってくるとは思っていなかった。それ故に深いため息を吐いて右手に握っていた鍵を少女に見せつけるように掲げる。
「コレはこの部屋の鍵です。今までは勝手にいなくなる事などなかったので必要ないとの判断でしたが……今回の一件で鍵をかけるべきだという意見が元老院から下りました。申し訳ないとは思いますが鍵を掛けさせていただきますね」
「……」
コレにも少女は無反応だった。
ただ、ジッと椅子に座ったまま淡い青色の瞳でメイドを見つめているだけ。
少女との付き合いも長いメイドは再度ため息を吐いて壁に立てかけてある長方形の物--彼女たちにはどういう原理で動くのかさえわからない“狙撃銃”に目を向けた。
そこで初めて少女の瞳が揺れた。
「安心してください。アレを取り上げるなんて事はしません。元老院の方は取り上げるべきなんて言っていましたが、王女がソレを良しとしなかったのでソレはありません」
「……」
メイドには狙撃銃がどんな物かはわからない。
だが、今まで少女を見てきてソレがどれほど大切な物なのかという事だけは理解していた。
「では……」
メイドは一礼した後に部屋から出た。
ガチャリという鍵が掛けられる音を聞きながら少女はそっと音も無く椅子を立ち上がり、狙撃銃を抱えて再度椅子へと座った。
「見つけた……」
か細い声だった。
だが、確かに空気を震わせて発せられた声は響き渡る事も、少女以外の耳に入る事もなく消え去った。
―――――――
「お母様!」
家の入口が勢いよく開き、そこからまだ5歳ほどの少女が家へと入ってくる。
そんな少女を出迎えるのはどこまでも慈愛に満ちた笑顔をした女性だった。女性は少女と同じ白い髪をしていたが、その瞳だけは薄い赤色であり、少女の淡い青色とは違っていた。
「あらあら……そんなに急いでどうしたの?」
「あのね! さっき、そこで白い猫を見たの! ふわふわで可愛かったんだよ!」
「白い猫……そう。きっとどこかから迷い込んできてしまったのね」
女性は一瞬だけ考えるような表情をしたが、すぐに笑顔を見せて少女の頭を撫でた。頭を撫でられた少女はくすぐったそうに目を細める。
「さぁ、そろそろ夕食にしましょう。準備を手伝ってくれるかしら?」
「うんっ!」
その光景はどこにでもあるような幸せな家庭だった。
少女にとって当たり前にある日常――だが、ソレが何よりも尊い物だという事を知るのはすぐの事だった。
「ゲホッゲホッ……」
「お母さん、大丈夫……?」
「ええ……大丈夫よ……」
二年後――少女が7歳になるのと同時に母親は原因不明の病を患い、寝たきりとなった。
そんな母親を心配するように少女は1日の大半を母親の傍で過ごす。
「……ねぇ、私がいつも話す事を覚えてる……?」
「うん。いつか、私がつかえるべき人? が現れるって話だよね?」
「ええ……私たちの一族はそうやって主を支える代わりに寵愛を頂いて生き抜いてきたの……だから、あなたにもきっとそういう人が現れるわ……」
「うーん……よくわかんない」
「今はそうでも……いつか、わかる日が来るわ。そのためにも、強くありなさい。主を支えられるように強く……強くありなさい」
「う、うん……」
母親がこういう話をするようになったのは病に倒れる少し前からだった。
その日から少女は母親から狙撃銃を渡され、その使い方を教え込まれた。それこそ、優しい母親が別人になったんじゃないかと少女が錯覚するほどに厳しく。
だが、少女は母親が大好きだったから頑張った。頑張って、頑張って、頑張り抜いた結果、7歳という若さで驚くべき狙撃能力を手にした。
「私たちの一族は身体が弱いわ……だから、誰かに守ってもらわなければ生きていけない」
「お母さん……?」
どんどんか細くなってきた母親の声に少女は焦りを感じた。
誰かが死ぬ。ソレは少女の短い人生では未だ経験のない事だったが、母親がどこか遠くに行ってしまうという直感が襲ってきたのだ。
「……エル。あなたもきっといい人と出会えるわ……あの人――あなたの父親と同じ、素晴らしい人に……」
「お母さん……? お母さんっ!!」
少女――エルは穏やかな顔をして息を引き取った母親の傍で泣いた。
泣いて、泣き続けて――そこで、立ち上がった。
「泣いてちゃだめだ……」
エルは強い子だった。
小さな体で母親の亡骸を運び、穴を掘って丁寧に埋葬し、母親が言っていた人を探しに旅に出た。
―――――
「お母さん。私、見つけましたよ」
そっと目を開いたエルはそう口にした。
狼神の頼みで火の国と呼ばれているここに来た時、わけもわからず王城へと連れてこられたがそのおかげで目的の人物を見つける事が出来た。
「……今、あの人はどうしてるんでしょう……」
脳裏に思い浮かぶのは遠目から見た黒髪の男性。
窓の外を見ていたらたまたま見つけた男性だが、その姿を見た瞬間に身体が動いていた。
「無事だといいんですけど……」
エルは途中で城の人間に見つかって最後まで見守る事が出来なかったが、あの男性の気配を城の中から感じる。
それ故に焦ってはいなかった。
「どうか……」
エルが本当に望む人ならば、きっと自分のことを見つけてくれる。
母親の言っていた事を信じているエルはそう思って目を再度閉じた。
「私は、ここにいます」
ギュっと抱かれた狙撃銃に付いていた花形の装飾品がカチャリと音を立てるのを聞きながら、エルは椅子に座ったまま浅い眠りへと落ちていった。




