状況の変化
右肩に巨大な槍と言ってもいい程の大きさを持つ矢が刺さったままの裕は苦戦を強いられていた。抜きたくても左腕が動かない事で抜けず、仕方なく戦っているのだが想像していたよりもやりにくく、ついつい苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。
そして、裕が苦戦を強いられているのはそれだけが原因ではない。戦いの時間が伸びる事に、裕の左腕が動かず、片目が見えていない事が血狼騎士にバレてしまったのだ。死角から飛んでくる矢を感覚で避け、斬りかかってくる血狼騎士を捌く。
『こちらの方が数が有利だ! 焦らずにじっくりとやれば勝てるぞ!!』
『『『オォッ!!』』』
「チッ……!」
相手の士気が上がる事に舌打ちを零しつつも、一瞬も油断せずに攻撃を捌いていく。裕は龍血の契りによって尋常ではない魔力を保有しているが、攻撃・防御魔法などを教わっていない事から使う事は出来ない。唯一使える魔法は【身体強化】くらいだ。
それでもこの数の格上を相手に対等に戦えているのは、一重に【身体強化】に九割の魔力を注ぎ込む事が出来ているからだろう。裕は現在【身体強化】と周囲を探るために定期的に放出している魔法とも言えない物にしか魔力を使っていない。
龍血騎士も攻撃魔法や防御魔法を使ってはいない。それが何故なのかは裕にはわからなかったが、そうなると最終的にはどれだけの魔力を【身体強化】に注ぎ込めるかが勝負の鍵となってくる。流石に、いくら裕と同等の実力を持つ血狼騎士とはいえ、裕と同等の魔力を保持しているわけではないのだ。
「ふっ!!」
左側から斬り込んできた血狼騎士の一撃をバックステップで避け、剣が自らの前を通り過ぎて行った瞬間に踏み込み、白華を振るう。
白華の刃は裕が狙った通りに鎧と兜の隙間へと吸い込まれていき、その首を斬り取って赤い噴水を作り出す。
「あと8人!!」
ナイフで殺したヤツから既に40分が経過していたが、そこでようやく2人目を殺す事に成功した裕は、そのまま身体を捻って背後から飛んできていた矢を避ける。
「しま……っ!」
矢を避けた裕の視界に飛来する二本目の矢が写る。避ける方向を予測されて放たれたソレは、今の態勢から避ける事は不可能な位置であり、仮にここから回避行動を取ったとしても身体のどこかには刺さり、致命傷となるだろう。
もはやここまで……死ぬ事への覚悟を改めて決めつつある裕だったが、その瞬間が訪れる事は無かった。飛来していた矢は空中で凍らされ、その重さに耐えきれずに目の前の地面に突き刺さった。それどころか、矢を放った血狼騎士はその首を宙へと放ち、膝から崩れ落ちていたのだ。
『なにが――ッ!?』
「アレは……!?」
あり得ない事が起こった瞬間、その場に居た生物は一斉に死体となった騎士へと視線を向ける。そこには、返り血を浴びない位置に立つ白い和服を着込んだ青みがかった白髪の美しい女性が右手に刀を持って立っていた。
「凍華!?」
「あっ」
名前を呼ばれた凍華は、視線を自らに向けられているのにも関わらず、緊張感の無い動きで裕の傍へと歩いてくる。血狼騎士達もあまりの自然さに動けずにいた。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。兄さんの魔力が活性化した時点で出発はしていたのですが……」
「いや、それはいいんだが……」
そこで、凍華が持っている刀が翠華である事に気づいた。魔刀は自らが認めた相手にしか持てないのだが、魔刀同士ではその誓約がないらしい。
凍華はチラリと裕の右肩に突き刺さった矢を見ると、すぐさまに右手を振るった。あまりの速度に裕以外には捉え切れなかったが、凍華は右手に氷で形成された鋭いナイフを持ち、ソレを素早く弓を持っていた血狼騎士へと投擲したのだ。
『ガッ……!』
投擲された氷のナイフは裕がやったように寸分狂わずに弓を持っていた血狼騎士の首元へと突き刺さり、その命を奪う。
その早業に血狼騎士達が動けずにいる間に、裕も動くようになった左腕を使って右肩に刺さっていた矢を一気に引き抜いた。
「ぐっ! くっそいてぇ……!」
小さく弱音を漏らしながらも、吹き出る血を無視して左手に持った矢を弓持ちの血狼騎士へと投げつける。
矢が飛んできている事に気づいた時には既に遅く、裕が投擲した矢は深々と血狼騎士の首へと突き刺さり、そのまま命を奪った。
「これで、あと5人か」
「はい。あ、兄さんこちらを……」
鞘に納められた翠華を受け取った裕はソレを右腰に差した。
今まで徐々にしか動かなかった状況が“凍華の乱入”というイベントが発生した事で一気に動いた。しかも裕にとって追い風となる状況の変化だ。
「凍華、行くぞッ!」
「はいっ!」
左手を伸ばして、凍華の手を握ると刀状態になったのを確認する間も無く、近くにいた血狼騎士へと走り出す。未だに状況を整理出来ていない血狼騎士に奇襲を掛けるつもりなのだ。
「ふっ……!!」
『ひっ――!」
裕がターゲットにした血狼騎士は、直前で接近に気づいたが素早く振られる白華と裕の紅い目に完全に恐怖し、最後までその目で刃を見つめたまま死んでいった。
『貴様ッ!!』
「おせぇっ!」
近くに居た血狼騎士が剣を振り上げるが、裕は斬った反動を利用して素早く身体を回転させ一歩も踏み込まずに左手の凍華を振るう。その刃は受け止めようとした剣ごと首を刈り取り、傷口を凍らせながら命を奪う。
《残り3人です》
その声に次の獲物を探すために視線を周囲に向けたが、流石に正気を取り戻した血狼騎士は全員が集合しており奇襲を仕掛ける事は出来そうになかった。
そんな中で、血狼騎士の一人が口を開いた。
『よくもやってくれたな……。ジャクソン、ヴォイド、ケリン、バーリー、セズン、シリカン、メザット……全員、大切な戦友だった』
「知らねぇよ。先に命を狙ってきたのは、お前等だろ」
『わかっている。戦いとは、そういうものだという事も理解しているつもりだ。だが……』
血狼騎士達は一斉に武器を構えた。そこからは隠そうとしない殺気が全開で裕へと向けられており、裕は冷静に凍華と白華を構える。
『戦友の死を無駄にしないため、貴様にはここで死んでもらう!』
「……」
裕は残り三人をどうやって殺すかを考えながらも「そういえば、佐々木はどうしてるんだ?」と関係ない事を心のどこかで考えて居た。




