一転攻勢
銀色と紅の剣線が交差するたびに、甲高い金属音が森に反響する。ソレは、一種の音楽と言っていいほどに早いテンポで響き渡り、ソレを聞いた魔物や動物たちは我先にとその場から一歩でも遠くへ行こうと駆けだす程の威圧感があった。
「――ッ!!」
血狼騎士が持っている剣の刃が煌めく。それを裕は受け止めるのではなく、受け流す事で対処していた。それでも、裕はこれまで“受け流す”事よりも“受け止める”事で相手の攻撃に対処して戦ってきていたため、弾き方が拙かった。
裕としても、この状況は不本意であったし、自分に受け流す技術が無いというのも理解していたが、今は凍華と離れてしまっているために右腕しか使えない状況のため、こうするしかないと判断しての事だった。
『左腕が不調なのか? 俺が突き刺したのは右肩のはずだったんだが……何か、違う理由でもあるみたいだな』
「聞かれて答えるとでも?」
『ふっ……まぁ、そうだろうな』
お互いに得物を構え直すが、裕は内心で冷や汗を流していた。
左腕が使えないという事はバレないとは考えていなかったが、こうも早くバレるとは想定していなかったのだ。未だに片目しか見えていないという事には気づいていないみたいだが、ソレに気づかれるのも時間の問題だろう。
(どうする……!? 今の俺じゃ、アイツの攻撃を捌く事で精一杯だ。受け止める事さえ出来れば、そこから反撃する事も出来るが……いくら、強くなったとは言え片腕で受け止めるのは難しい……)
龍血の契りで、身体を作り替えられたと言っても過言ではない裕でも、同じ上位者と契約した人間の両手での攻撃を片腕で受け止める事は出来ない。
そもそも、刀という武器は相手の攻撃を捌いて、隙を作りだして攻撃する物だ。その事は裕も知っているのだが、一朝一夕で出来る事でもない。龍剣との修行で基礎的な事は教えてもらってはいるためにここまでどうにか戦えてはいるが、相手は上級者でありこれ以上の攻撃は捌ける自信がなかった。
《ユウ……》
「……大丈夫だ」
白華がどこか不安そうな声で裕の名前を呼ぶ。
魔刀と契約者は一心同体であり、契約者の考えや感情などは全て魔刀にはわかってしまう。それ故に契約者が不安になれば、魔刀も不安になるのだ。それは、結果的に悪循環に陥って切れ味を落としたりしてしまう。
現に、白華の刀身は爛々と輝いていたのがどこか弱々しくなってきていた。
『フッ!!』
そこを勝機と見た血狼騎士は大きく踏み込み、裕へと斬りかかる。
ギリギリの所で反応した裕が一歩下がってソレをやり過ごすと、すぐに二撃目が振るわれる。どうにかソレを白華で受け止めるも、反動を殺しきれずに大きく後ろへ吹き飛ばされて大樹へとぶつかった。
「がはッ!!」
肺に入っていた空気を全て吐き出し、一時的に視界が霞む裕へと血狼騎士はゆっくりと近づいていく。
『強敵だったが……最後は呆気なかったな。なに、戦いとはそういう物だ。お前の力が足りなかったとかそういうわけではない。ただ……“運”が少しだけ足りなかっただけの事』
「……ッ」
裕が睨みつける中、血狼騎士は大きく剣を振り上げた。そこには慢心などは一切なく、一撃で裕の首を斬りおとす事だけを考えた必殺の一撃だという事が嫌でもわかった。故に、隙に付け込む事も出来ずにただただ、自らの命を狩りとるであろう刃を見つめるしかない。
『さらばだ。お前の事は、国を再建しても忘れずにいよう……』
そして、時は来た。ついに振り下ろされた刃を裕は目を逸らさずにしっかりと見据えた。
◇ ◇ ◇
「……ここは……」
気づけば、裕はあの星空が広がる空間へと来ていた。
そこには無限に広がる地平線と、その頭上を輝く星々しかない。この星一つ一つが裕の可能性であり、歩んだ道である。
人生とは、些細な事一つで分岐していく。例えば、運動の後に水を飲んだとか飲まなかったとか、コンビニで飲み物を買ってストローを付けてもらったか付けてもらっていないかなどでさえ、分岐していくのだ。
ここにある星は、裕がこれまでの人生で自分が選んでこなかった道でもあり、世界がまるで違う平行世界の裕の軌跡でもある。
「俺は……首は付いてるか」
裕は先ほど、自分が“死んだ”という確信があったが、斬り落とされるはずだった首はキチンと付いていた。
「パパ」
「桜花……俺は、死んでないのか?」
自らが呼ばれた方に視線を向けてみれば、そこには自らの娘である桜花が見つめていた。桜花は裕の疑問に対して首を振って、星へと指を伸ばした。
「選んで?」
「……」
その言葉に、裕は自らが生き残るためにこの空間に来たという事を察した。
この星々は裕の可能性であり、裕はその力を借りる事が出来る。
「パパは、今、何を求めてるの?」
桜花の言葉と共に、全ての星から白い糸が一斉に垂れ下がる。それは、ただの糸であり、今ここに居る裕と別世界の裕を繋ぐ糸でもある。
「俺は……アイツに勝ちたい。もう二度と、何も奪われないために……ッ!」
裕が自分の想いを口にするのと同時に、白い糸は消え、一本だけ赤い糸が残った。残った一本こそが裕が今求めている力を持っている裕との繋がり。
「……」
赤い紐の前まで来た裕は、覚悟を決めてそっとその紐を掴んだ。
◇ ◇ ◇
『む……!?』
「……」
裕の首を刈り取る事を確信していた血狼騎士は目を見開いた。必殺の一撃は、白華の剣先によって受け止められていたのだ。血狼騎士がどれだけ力を入れてもそれ以上進む事はない。
「う……らぁッ!!」
『ぐぅッ!』
驚いていた事で動けなかった血狼騎士は、その腹を蹴られて後ろへと飛びのく。その間に裕は勢いよく立ち上がって追撃をするために大きく踏み込んでいた。
「『……ッ!!』」
長年の経験から突きを繰り出した血狼騎士の剣をしゃがむ事で回避した裕。真下から命を奪おうとする紅い瞳に見つめられた血狼騎士は初めて冷や汗を流す。
(なんだコイツは……!? あの一瞬で何があった!?)
混乱する思考をどうにか落ち着かせて剣を逆手に持つも、遅いと嘲笑うかのうように裕は白華を手放して勢いよく立ち上がり、血狼騎士の首へと手を伸ばす。
『うぉぉぉッ!!』
ダメだとわかっていながらも振り下ろした剣は当たらず、裕は掴んだ首を支点にして大きく回転し、血狼騎士の背中に飛び乗った。そのまま、後ろ腰に付けていたナイフを抜いて大きく振りかぶって鎧と兜の隙間にある首へと突き立てようとする。
「――ッ!!」
血狼騎士も死を覚悟したが、その刃が振り下ろされる事はなかった。突如として、裕へと巨大な矢が三本飛んできたのだ。三本中二本は掠るだけだったが、一本は裕の右肩へと深く突き刺さり、そのせいで手元が狂ってナイフは隙間の上にある兜へと当たった。
『ジャクソンかッ!』
『よし、よくやったぞ!』
裕がチラリと周囲を見てみれば、いつの間にか血狼騎士が九人に囲まれていた。そのうち三人があの大弓を装備していた。
「邪魔を……するなぁッ!!」
咆哮と共に手に持っていたナイフが投擲される。その速度は尋常じゃなく、右肩へと突き刺さった矢を放った血狼騎士の首元へと突き刺さった。
『ガッ……!!』
『ジャクソンッ!!』
『クソッ! ジャクソンがやられたぞ!!』
ナイフを首元から生やして倒れる血狼騎士を横目に、裕は背中を蹴り飛ばして地面へと着地して白華を素早く拾い上げる。
『貴様……ッ!』
「あと九人か……」
仲間がやられた事で今まで以上の殺意と敵意を向けられる中、裕は白華に追加の血を吸わせながらそう呟いた。
それから、不敵な笑みを浮かべて先ほどまで斬り合っていた血狼騎士へと視線を向けた。
「さぁ……始めようぜ」
魔力の奔流が周囲の騎士を襲う。それ自体には何の威力も無かったが、明らかに先ほどまでの裕とは違うという事を周囲の騎士を含めて全ての生き物にわからせていた。




