亡国の姫
まさに一触即発。どちらかが仕掛ければ、間違いなく戦いが始まるだろう。
そうなった場合、佐々木はどうなる? 今はまだ、人質として捕えられているだけで、戦いが始まれば俺の動揺を誘うために殺されるかもしれない。
せめて、右腕が動けばどうにかなるかもしれないが……。
《ダメです……この剣には何かしらの魔法が掛けられているみたいで、私の治癒魔法も受け付けません……》
脳内に翠華の悔しそうな声が聞こえてくる。
翠華は、契約者である俺限定でどんな傷でも癒す事が出来る能力を持っているが、その能力があってもこの傷を癒す事は出来ないらしい。
「仕方ない……」
凍華を構えている左腕を動かす。それだけでは、攻撃と認識されていないのか相手が仕掛けてくる感じはしない。
《兄さん、まさか……ッ!?》
「そのまさか、だ。ここで使わなくちゃ、意味がないだろ」
左腕の裾を口で捲り、黒龍布の結び目を噛む。
黒龍布は、元々この左腕を封印するために巻かれている物だ。それを外せば、俺は一時的に凄まじい力を手に入れる事だろう。
だが、それは諸刃の剣だ。コレを外している間、俺の寿命は高速で減っていくのだから。
《しかし……》
凍華はどうにかして、ソレを止めようとして来るが、現状を打ち破るにはコレしか手がないのだ。
怖くないと言ったらウソになる。一度も外した事がないコレを外したら、俺は一体どうなってしまうのかわからないからだ。もしかしたら、外して数秒で寿命が無くなってしまうかもしれない。そうなったら、美咲を助ける事はできない。
(でも、やるしかないだろ。ここで生き延びる方法はソレしかないんだ……それに、俺だけ逃げる事は出来ても、佐々木は死んでしまうだろうし……)
覚悟を決め、今まさに黒龍布を外そうとした時――
「双方、剣を納めなさい」
戦場に声が響いた。
その声はどこか幼さを残しており、か細い。しかし、この緊張感に満ちた場所に確かに響き渡った。
「――ッ!?」
《アレは……》
声がした方を見てみれば、俺の右側にいつの間にか一人の少女が立っていた。いや、正確には少女なのかはわからない。ただ、身長は桜花と同じくらいだ。
灰色の和服には紫色で何かの花が刺繍されており、ソレが少女と抜群に合っていた。
「はぁ……」
少女は肩甲骨まで伸ばした灰色の髪を揺らし、その紫色の瞳を眠そうに細めながら前へと進む。
「待っ……!!」
「大丈夫」
俺が止めようとするも、少女は一言だけ呟いて、未だに座り込んでいる俺が戦っていた血狼騎士の前へと行く。
『あ、貴女様は……!!』
「久しいですね、ハリンド……我が家族」
『……ッ!!』
俺が戦っていた騎士の名前はハリンドというらしい。
その名前を呼ばれたハリンドは、感極まったように震えた後、少女の前に跪いた。
「……あの子は誰なんだ?」
《亡国……旧風の国ベルセの姫君です》
「なんだって……!?」
状況を把握出来ずに呟くと、凍華が教えてくれる。
まさか、亡国の姫様が出ててくるとは思ってもいなかった。てか、一体どこから出て来たんだ? 直前まで存在を感知できなかったぞ。
《兄さん……右腰を見てください》
言われて右腰をチラリと見てみれば、そこには差していたはずの魔刀が一本だけ無くなっていた。
「寝華……?」
《はい》
衝撃が走る。
寝華が亡国の姫だって……? どうして、姫様が魔刀なんかになってるんだ?
《詳しくは、後でご説明します。今は、状況に集中しましょう》
「あ、ああ……」
促されて前を見てみれば、何やら話が進んでいるようだった。
『姫様、今までどちらに……』
「詳しくは話せません……ですが、こちらの方々は私の客人です。ですから、無礼は許しませんよ?」
『ですが……ッ! いえ、わかりました』
会話をしていた血狼騎士が周りに目配せする。だが、俺達を囲んでいる騎士達は俺をチラリと見るだけでその武器を納めようとはしなかった。
「はぁ……すいません、ご主人様。凍華お姉ちゃんを納めてもらってもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」
よく聞けば、契約の時に聞いた声と似ているのだが、いかんせん喋り方が違う事に戸惑うが、とりあえずは頷いて凍華を鞘へと納める。
すると、騎士達もそれぞれの武器を納めた。
『姫様、我らはこの時をずっと待っておりました……』
「……そうですか」
『今こそ……今こそ、悲願の時です! 亡き、ベルセを再建致しましょう!!』
「それは……出来ません」
『何故ですか!? 我らは、そのために今まで戦い抜いて来たのです!! 数万年前のあの戦いから、ずっと……!!』
「貴方たちの気持ちは理解しているつもりです……ですが、私達は滅んでしまったのです。そして、今は新しい国がこの世界を支えています。そこに、新しい国を作ろうとすればどうなるかは貴方達も理解しているはずですよ?」
『理解しています……ですが……ですがッ!! では、姫様はあの憎き帝国を野放しにしろと仰るのですか!?』
「……」
何やら、話が複雑になってきた。
色々と聞きたい事も多いが、ここで俺が口を出しても意味はないだろうし、今は黙って聞いているしかないだろう。
《兄さん、右腕は大丈夫ですか?》
「正直、凄く痛いが……今はどうしようもないだろ」
《はい。もう少し、我慢していてください》
「はぁ……」
ここで、剣を引き抜く事は出来るだろうが、ソレをした場合はどれだけ出血するかわからない。出来れば、治療の用意が出来てからやりたい。
「ですが……」
『姫様はまだ現状をよく理解できていないようです。なので、今は一旦引かせて頂きます。ですが……また近いうちに、お迎えに上がりますので、それまでにお覚悟を決めて頂きたい』
「……わかりました」
『では、失礼します』
話していた血狼騎士が深く一礼し、周りの騎士を引き連れて森へと消えて行く。その姿が完全に見えなくなった辺りで佐々木は大きく息を吐き、その後に血が引いた顔で俺の元へ走り寄って来た。
「だ、大丈夫!?」
「まぁ、命に別状はないと思うけど……そろそろ抜きたいから、治療の準備をしてもらってもいいか?」
「うん! ちょっと待ってて!!」
バックから色々と器具を出し始めた佐々木を見ていると、人型の寝華が俺に近づいて来た。
「……」
「お前は、寝華で間違いなんだよな?」
「ええ。間違いありません……ところで、口調を戻してもよろしいでしょうか?」
「ん? まぁ、別にいいけど」
むしろ、その口調に違和感しかないからな。
俺がそう返事をすると、寝華は眠そうな目を更に眠そうにし、大きくため息を吐いた。
「はぁ~……まったく、あの喋り方は色々と疲れるよ」
「そ、そうか……というか、色々と説明してもらってもいいか?」
「いいけど、それよりも治療が先だね」
寝華が右肩に刺さっている剣をツンツンと突く。普通に痛いからやめてほしい。
「準備出来たよ!」
「じゃあ、頼むわ」
佐々木が頷くのを確認して、俺は一気に剣を引き抜いた。
右肩の骨が持ってかれると錯覚するほどの痛みが俺を襲ったのは、言うまでもないだろう。




