深緑の森と噂
王都を脱出して、龍剣山の山頂に籠り始めてから一週間が経過した。その間、俺はほぼ部屋に籠っていただけだが、佐々木とかは色々な技術を身に着けたらしい。
「……今日は肌寒いな」
「そうですね。風邪を引かないようにマントを羽織っていてください」
夜。俺は星空と月が照らす下であの桜の木を凍華と一緒に見に来ていた。桜花は最近何かと寝る事が多くなり、今も刀状態で俺の左腰に収まっている。
本当は一人(桜花と寝華も居るから三人か……)でこの桜を見に来るつもりだったのだが、ソレを発見した凍華が付いてきて四人となった。
「この桜は、一年中咲き続けるんだな……」
「そうですね」
「不思議だな。こうして花びらは散るのに……次の日には、新しい蕾が出来ていてすぐに花を咲かせるなんて」
「恐らく、魔素を吸収しているからだと思います。植物が濃い魔素を多く吸収した場合は、その成長を早める事がありますから」
凍華の説明に「なるほどなぁ」と頷きながら、もう一度桜の木を見上げていると、背後から足音がした。
振り返ってみれば、そこには龍剣が腕を組んだ状態で立っており、良く見れば背後に椿さんも付き添っていた。
「お主がここに来て一週間が経った。既に龍神様の力は血肉となり、これから先、反動で体調を崩す事もないだろう」
「そうか。世話になったな」
「……明日には行くのか?」
「そのつもりだ。凍華に頼んで、準備はしてもらっているしな」
「ササキ譲はどうするつもりじゃ? あの子は、治す事は出来ても自衛する力さえ持っていない人間じゃぞ?」
その言葉に俺はそっと目を閉じた。
最初はここに置いて行こうとも考えて居たが、昨夜、突然部屋にやってきた佐々木は面と向かって自分もついていくとい旨を伝えて来た。
危ないという事を丁寧に説明してみたが、それでも考えが変わる事はなく、凍華も佐々木の援護をし始めて俺が折れた。
「連れていくつもりだ」
「……そうか。ならば、お主」
龍剣が右手を握り締めて、俺に向かって突き出してくる。
その目は真剣で、無意識に息を飲む程の威圧感があった。
「何があっても、守れよ」
「ああ。わかってる」
俺も右手を握り締めて、龍剣の拳に合わせる。
しばらくそうしていたが、俺が本気だという事が伝わったのか、龍剣はニヤリと笑って腕を下ろした。
「次は、風の国シルフィアに行くんじゃったな?」
「ああ。俺と桜花は食事が必要だし、他の奴らも何やかんやで食べる事は好きみたいだしな。それに、移動手段やら雑貨にも金が必要だから、冒険者にでもなってチマチマ稼ごうと思ってる」
「ふむ……ルートはどう行くつもりじゃ? 黒龍はまだ訓練が足りておらんから、徒歩となるが」
「ここから直線ルートで行くつもりだ。あまり時間も掛けてられないしな」
そう言うと、龍剣はどこか難しそうな顔で考え込んだ後に、何かを決心した顔で口を開く。
「となると……“深緑の森”を通る事になるな」
「深緑の森?」
「うむ。かつて、とある王国があった場所が森になった場所なのじゃが、あそこには変な噂があってな。何でも、入って無事に出て来た生き物がおらんのじゃよ」
「……この世界には、何かと森にいわく付きが多いんだな?」
「そうじゃのぉ……何か問題があった場所は魔素がその場に留まりやすい。故に、木々の成長が早くなり森となる事が多いのじゃよ」
そういうものか。
この世界で“魔素”という物は何かと色々な物に影響を及ぼすらしい。まぁ、俺が元居た世界にはそんなものは存在しないから詳しくはわからないけど。
「それで? 深緑の森とやらには、一体何が出るんだ?」
「そこにあった王国……“旧風の国ベルセ”に存在した最強の騎士団である血狼騎士団の亡霊が出没するという噂じゃ」
血狼騎士団――その名前を聞いたとき、左腰に差していた寝華がピクリと反応した気がしたが、コイツはいつも寝ているから恐らくは俺の気のせいだろう。
それにしても、亡国の亡霊とは異世界では何でもありだな。
「亡霊について、他に知ってる事はあるか? 龍剣は長い事生きてるんだろ?」
「うーむ。当時は儂も色々あってここに籠っていたのでなぁ。詳しい事は知らんのじゃよ。唯一知っている事と言えば、龍達が噂をしておった事ぐらいじゃな……曰く“龍血の契り”をした龍と対等に戦える10人の人間で構成された精鋭部隊との事じゃ」
眉を顰める。
龍血の契りとは、生物としての理を外れる程の力を付与される物のはずだ。それに加えて、龍となればもはや手がつけられない程の生き物になっているはず。
なのにも関わらず、その騎士団は“たった10人”で互角に渡り合えたという。もはや、本当に人間なのか疑問に思える程だ。
「10人で最強の生物と渡り合うなんて、頭がおかしくなったヤツが言いだした妄言にしか聞こえないな」
苦笑気味に言った俺の言葉に龍剣はそっと首を振った。
なんだ? 俺が言った事に何かおかしい事でもあったのか?
「10人で1匹と渡り合ったのではない。1人で1匹と渡り合えたのじゃよ」
「――!? ば、バカな事を言うなよ……そんなの……」
「あり得ない事とは言えまい? お主だって、今ならば1人で1匹を捌けるはずじゃ」
「それは、俺が龍血の契りをしたからだろうッ? もしかして、そいつ等も……」
「いや。龍神さまと契りを交わした人間は、お主で二人目じゃ。一人目は幼い少女であったという事も確認されておるし、その情報に間違いはない」
マジでそいつらが何者なのかわからなくなってきたな……上位存在と契約したわけでもないのに、そんな力を持っているなんて、それほどに旧風の国ベルセには特別な秘密があったのだろうか。
「儂が知っているのはそれくらいじゃな。とにかく、行くのであればくれぐれも気を付ける事じゃ。噂の真偽はわからぬが、警戒していて損はなかろうて」
「そうだな。ありがとう、気を付けるよ」
「うむ」
龍剣との話が終わると、ソレを待っていたかのように椿さんが夕食の完成を知らせて来た。その言葉に反応したかのうように桜花も起き出して、俺達は揃って屋敷へと向かった。
寝華がまた動いた気がしたが……話しかけても反応はなかったから、また俺の気のせいなのかもしれない。




