噂の騎士
まだ霧が視界を覆っている時間帯に、俺達は出発した。そこから休憩を歩いて行き、太陽が俺達の真上に到達する頃には“深緑の森”の入り口へと到着した。
《兄さん。地面を見てください。馬車が通った形跡があります》
凍華に言われて地面を見てみれば、確かにそこには車輪の跡が薄く残っていた。その数的に馬車は二台ここを通過したという事もわかった。
《深緑の森は噂のせいで人が絶対に寄り付かない場所です。それなのに、跡があるという事は……》
「何者かが、俺達を追ってきている……?」
《その可能性が高いですね。この先に待ち伏せしていると思われますが、どうしますか?》
チラリと佐々木を見てみると、凍華の声は聞こえていないだろうが何が起こっているのかは理解したらしく、小さく頷いた。
「私は、大丈夫」
「そうか? なら、このまま進むか」
何かあれば、俺が守ればいい。そう思いつつ、左腰に差した桜花の柄を握る。いつでもどこでも、対処出来るように。
《ん~……パパ?》
「起こしたか? すまないが、そろそろ仕事みたいだ」
《は~い》
寝起き声の桜花に苦笑しつつも、俺と佐々木は歩みを進める。
深緑の森に入って一番に思った事は、生えている木々がどれも大きいという事だった。普通に生えている木よりも長く、太い。
それこそ、大型の動物がぶつかったとしてもビクともしないだろうと思わせる程だ。
「大きいねぇ……」
「ああ。今まで見て来た木で一番デカイかもしれないな」
「日本でもここまで大きいのは滅多になかったもんね」
佐々木とそんな事を話しながら歩いていると、左右や背後から視線を感じた。
左手で佐々木を止めながら、警戒するが相手が襲って来る感じはしない。
「なんだ……?」
慎重に一歩ずつ歩き始めると、今度は露骨な視線が正面から俺に突き刺さった。
「見つけたぞッ!!」
どこかで聞いた声――その声を聞くだけで、凄く面倒な気持ちになる。しぶしぶといった感じで正面に視線を向けてみれば、そこには案の定ヤツが居た。
整った顔立ちに、細いながらも鍛えられた身体。全身を覆うかのように金色のフルプレートアーマーを着込み、右手に同じく金色に輝く直剣を持っている。
「柏木……」
「久しぶりだな、一ノ瀬」
柏木 春斗は、俺の名前を呼びながらゆっくりと近づいてくる。だが、その視線は俺ではなく、俺の背に隠れるようにして立っている佐々木の事を捉えていた。
「桜木さんだけでなく、由美まで連れ去って……どういうつもりだッ!?」
「お前は何を言ってるんだ? 美咲は俺じゃなく、魔王に連れ去られたじゃねぇか」
「嘘を吐くな! お前が連れ去ったと俺はきちんと聞いたんだ!」
黄金の直剣――聖剣の剣先が俺に向けられる。
聞いたって、どうせそれは国王からだろうし、よくよく考えてみればコイツはあの瞬間、気を失っていたのか。
「はぁ……」
「何とか言えッ!」
ため息を吐きつつ、チラリと柏木の背後を見てみれば、そこには一週間前にも見た近衛騎士団の連中が勝ちを確信した顔で俺の事を見ていた。
(まぁ、勇者を味方につければ勝ったと思うよな……これじゃあ、“虎の威を借りる狐”だな)
我ながら上手い例えをしたと、一人で笑みを浮かべていると、それが癪に障ったのか柏木が大きく踏み込んで来た。
「なにがおかしいッ!!」
「別に、お前を笑ったわけじゃねぇよ。あと、それ以上近づくんじゃねぇ」
警告として、桜花の鯉口を切って見せるが、柏木はその意味を理解できなかったのか、もう一歩踏み出してくる。コイツ、流石に空気読めよ。
「由美は……由美はどうして連れ去った!!」
流石にそろそろ面倒になって、抜刀しようとした時、佐々木が俺の背後から飛び出して俺達の間に割り込んでくる。
「違うの! 私は、自分の意志で一ノ瀬君に付いていく事にしたの!」
「由美……一ノ瀬、お前ッ!!」
「何で、このタイミングで俺に話しかけるんだよ……佐々木ときちんと話せよ」
「由美がこんな事を言うはずがない! 知ってるぞ。お前のその武器は危険な物なんだろッ! その武器の力を使って脅しか洗脳をしたんだろう!!」
柏木の言葉に流石にイラッと来た俺は、佐々木を押しのけて抜刀しようとして――
「――ッ!!」
――背後から寒気を感じて、左手で佐々木を抱きとめて大きく後ろへと跳ぶ。
俺と入れ違うように、真横を何かが通り過ぎて行く。それは矢というには大きすぎるが、人が投げたにしては速度が早すぎる物体だった。
「ぐあああああああッ!!」
「「「!!??」」」
悲鳴がした方を見てみれば、柏木の背後に控えていた近江騎士団……その団長と思わしき男の右腕に大きな槍が突き刺さっていた。
右腕はすでに皮一枚で繋がっているような状態であり、アレではもう切り取ってしまうしかないだろう。
「アアああああああッ!!! う、腕が……!! 腕がァ!!」
「――ッ!」
「待て」
団長の方へと走りだそうとした佐々木を引き留める。恐らく、あの右腕を手当てしたいと思ったのだろうが、いつ二射目が来るかわからない状況で行かせるわけにはいかない。
「クソッ! 一ノ瀬! 卑怯な手を!!」
「俺じゃねぇよ……」
柏木から冤罪を着せられていると、団長の騒ぎ声が大きくなり始める。近江騎士団も第二射を恐れて引き腰になっている。
「て、撤退だ!!」
「「おぉッ!!」」
「なッ!? ちょ、待て!!」
撤退を決め込んだ近江騎士団に引きずられるようにして、柏木は連れ去れていく。勇者に何かあったら彼らの首も危ういのだろう。
最後まで俺に向かって何やら喚いていた柏木を見送る。
「あ、あの……一ノ瀬君」
「どうした?」
「も、もういいから……患者さんもいなくなっちゃったし、どこにも行かないから、離してほしいなぁって……」
「ダメだ」
「うぅ……」
即答しつつ、周囲の気配を探る。先ほどから、どこからか視られている気がする。普段だったら、すぐに相手の場所がわかるはずなのに、今回は全然わからない。
(どこだ……? 気配を辿れないという事は、相手は余程の手練れだろう。一瞬でも気を抜けば、殺される……!)
「――ッ!!」
「キャッ!」
佐々木を突き飛ばして、振り返りながら桜花を抜刀する。桜花の刃は的確に相手の首を捉えていたが、俺は斬る直前で止める。
『……』
「何者だ……?」
目の前に居るのは、所々、赤い装飾を施された甲冑と赤いマントを羽織った騎士。そして、“右手に持った大剣が俺の首”に添えられていた。
お互いの得物が首元にある状況で、俺達は動けなくなっていた。
『……お前は、人間か?』
「俺の質問にも答えてほしいんだが……まぁ、俺は人間のつもりだ」
『どうして、気づけた?』
何が? とは聞かない。
俺がコイツの攻撃に反応できた事を聞いているんだろう。
「勘だ」
『ふっ……』
俺の首元から大剣が引かれ――
「クソッ!!」
『――!!』
次の瞬間には、大剣が振られた。ソレを桜花で受け止めつつ、一歩踏み出す。俺とコイツでは身長差がありすぎる。
少しでも押し切られたら、俺はあっさりと負けるだろう。それを阻止するためにこちらが先に一歩踏み込む必要があったのだ。
ギリギリと音を立てながら至近距離で睨み合う形となったが、相手はフルプレートの兜を装備しているために顔は見えない。だが、相手の目だけは赤く光っている気がした。
『似ているな……』
「あぁ!? 何と何が似てるっていうんだよ!?」
『俺と……お前がだッ!!』
大きく振られた大剣によって、俺は後ろへと弾き飛ばされる。桜花を地面に突き刺して減速をし、地面から引き抜くよりも白華を抜いた方が早いと判断して、構える。
《強敵、ですね……》
「ああ。凍華、何かわかる事はあるか?」
《……一つだけ。私も詳しくは知りませんが、あの甲冑は血狼騎士団で使われていた物に酷似しています》
「噂は本当だった……って事か」
噂が本当だった事。その相手が強敵だった事に、焦りを感じる。それに呼応したように、頬を汗が伝い地面へと落ちる。
「長くなりそうだ……」
それでも、どこか楽しんできている事に苦笑した。




