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脱出

 幻想的な光景に目を奪われていた人々が徐々に正気に戻り始める。そこには、もちろん近江騎士団に所属する騎士達も含まれていた。

 近江騎士団の中でも無駄に豪華な装飾を施された鎧を着ていた騎士が誰よりも早く正気を取り戻し、即座に左腰に下げていた鎧と同じような装飾が施された剣を抜きはらった。


「氷が無くなった!! 今がチャンスだッ!!」

「「「おぉッ!!」」」


 近江騎士団長の言葉に騎士達が正気を取り戻し、すぐに剣を抜いて一歩前へと進む。

 だが、彼らを阻む物は万物を凍らせる氷の結界だけではなかった。目標の人物を囲むように展開している龍達も恐怖の対象なのだ。

 その龍に一睨みされ、騎士達は踏み出した一歩をまた元の位置に戻す事になった。


「ひ、怯むなッ!! 今こそこの滅龍槍めつりゅうそうを使うのだッ!!」


 騎士達は即座に動き、背後に置いてあった大きなバリスタを前へと持って来る。

 滅龍槍めつりゅうそうと名付けられたソレは、巨大な杭を矢として放つ攻城兵器こうじょうへいきであり、その威力はどんなに強固な門であろうとも破壊し、龍の強固すぎる鱗さえも貫ける物だとさえ言われている程だった。


 実際、滅龍槍めつりゅうそうで龍の鱗を貫けるはずがない。むしろ、貫けると信じ切っている人間たちに苛立ちを覚えた龍達は「やってみろ」と言わんばかりに一歩前へと踏み出した。


 まさに一触即発。

 いつ人類と龍の戦いが開始されてもおかしくはない状況の中、急に龍達が一歩下がってその頭を下げ始めた。


「俺に用があるんだよな?」


 龍達の後ろから白髪の美少女――凍華とうかを背後に連れて歩いて来たのは裕だった。その足取りは散歩に行くかのように軽く、何の気負いも感じさせなかった。


「「「……ッ!!」」」


 だが、その裕に近江騎士団達は息を飲んだ。


 生物的恐怖感――人間という枠を超えて、龍血を大量に摂取した事で龍としての領域さえも超過してしまった名前の付けられない生物に対して、本能で恐怖心を抱いたのだ。


 龍もまた同じだった。

 龍という生物は基本的にはどの種族よりも上位に位置するが、その数は少ない故に山奥でひっそりと生きている。

 だが、山奥でひっそりと生きていたとしても、龍は己たちの強さにプライドを持っている。それ故にバカにされるような言動や行動を取られれば、先ほどのように苛立ちもする。

 それと同じくらいに、自らよりも強い生物には礼儀を尽くす生物でもあるのだ。


「う、撃て……」


 近江騎士団長が震える声で命令するが、先ほどとは打って変わって騎士達は躊躇した。それは、裕から発せられる圧倒的強者のオーラとは別に佐々木の姿が目に入ったからでもあった。

 佐々木の事は召喚された人間という事でも把握しているし、何よりも“シエル姫が個人的に親しくしている”という事で何かと有名だったりする。

 それ故にここで攻撃して佐々木が巻き込まれでもしたら、その責任を……という不安が騎士達の中に渦巻いているのだ。


「何故撃たん!!」

「さ、ササキ殿の姿が見えますし……」

「そんな事はわかっておる! だが、あそこに居るのが本物だという保証はないだろう。いや、むしろあそこに居るという事はきっと逆賊の幻術に違いない!!」


 自らに言い聞かせるようにして発せられた言葉に騎士達は「確かにそうかもしれない……」と思い始めた。


「そ、そうだ……ササキ殿が逆賊と一緒にいるはずがない……」

「仮に居たとしたら、ササキ殿も逆賊に手を貸しているのかもしれないな……」


 ちらほらとそんな声が上がってきたあたりで、裕は小さくため息を吐いた。

 この国には一切の期待をしていない裕であっても、まさか自分達が召喚した人間をきちんと調べもせずに殺そうとするとは流石に思っていなかったのだ。


「逆賊って、俺の事か?」

「貴様以外に誰が居るッ! 貴様は魔王軍を国内に手引きし、国家転覆を狙った罪がある。よって、我ら神聖なる近江騎士団が王の命で処刑するッ!!」

「何がどうしてそうなったのかわからないんだが……取り調べも無しにいきなり処刑か」


 裕は冷めた目で全面へと押し出されて行く滅龍槍を見つめた。

 いっそ、アレが発射される前に皆殺しにしてしまおうか。今の自分ならそれくらい簡単に出来るだろうと思いつつも、脳裏に疲れた顔のシエル姫が浮かび上がった事でその考えは却下した。となれば、裕が今取れる選択肢は左程多くは無い。


「龍剣。ここは俺に任せて他の龍を飛び上がらせてくれないか?」

「……よかろう」


 龍剣が指笛を吹くと、龍達は一斉に空へと飛びあがる。黒龍だけは裕の事を心配そうな目で見た後に飛びあがったのが、裕の目には見えていた。


「凍華」

「はい。どこまででもお供します」


 凍華を刀状態にして右手に握った裕は、佐々木の方に振り返りその手を取った。


「え? えっ!?」

「すまないが、我慢してくれると助かる」


 そのまま佐々木の手を引いた裕は左腕で佐々木をしっかりと抱きしめ、滅龍槍の方へと振り返って凍華を構えた。

 目はいつの間にか赤く発光し、一瞬だけ全身から青い魔力が放出された。その際に発生した風圧でマントとコートの裾をなびかせる。


《身体強化、発動しました。魔力はきちんとあるみたいです》

「みたいだな。コレで、色々と不便しなくて済むようになると思うと嬉しい限りだよ」

《今なら、兄さんにも使えるかもしれませんね……兄さん、私に魔力を流し込んでみてくれませんか?》

「ソレをやると、あの時みたいに大規模な魔法が発動するんじゃないか?」

《いえ。アレは私が魔法を構成して、そこに魔力を注ぎ込んだ結果です。今回は何の魔法も構成していませんから、私自身を強化するだけになります。やり方はあの時と同じですので難しくはありません》

「ふむ……わかった」


 凍華の柄を強く握りしめた裕はそこに魔力を流し込む。すると、刀身が青く発光し始める。それだけでなく、刀身を冷気が纏い始め、触れる物全てを凍らせようとしていると裕は感じた。


《完璧です。流石ですね、兄さん》

「ありがと」


 着々と準備を終えて行く裕と同じように、発射体勢に入りつつある滅龍槍を眺めながら裕はチラリと左腕に抱えている佐々木を見た。


「今更だが、佐々木はどうしたい?」

「どうって……」

「このまま行けば、俺と指名手配される事になるかもしれない。もしも、佐々木が望むのであれば後でこっそりと王都に戻る事も出来るぞ?」

「……ううん。私は、一ノ瀬君と一緒に行くよ。一ノ瀬君は放っておくと、すぐにケガをするからね」


 佐々木の言葉に裕が肩を竦めたのと同時に、近江騎士団長の声が響き渡り滅龍槍が発射される。その巨大な杭が迫ってくる光景に思わず目を閉じる佐々木の耳は裕が呟いた言葉を捉えた。


「絶対に後悔させない」


 その言葉にハッと目を開けた時、迫ってきていた杭は真っ二つに斬られ、二人の両脇を通り過ぎて行く所だった。音も無く、振動も感じない程の斬撃だった。


「なっ……!?」


 あまりに現実離れした光景に唖然としている騎士団を後目に、裕は身体強化された両脚に力を込めて佐々木を抱きかかえたまま上空へと跳びあがった。


「――ッ!!」


 一気に城壁よりも高く跳んだ事で声にならない悲鳴を上げる佐々木。それをスルーした裕は、タイミングよく下を通過した黒龍の背に着地した。


「迎えに来てくれたのか。ありがとう」


 軽く放心している佐々木を抱きかかえたまま、凍華を鞘に納めた裕は右手で黒龍の背を軽く撫でた。

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