人間、辞めました
俺に龍神の血が馴染むのを待っている間、龍神はひたすら俺の事を面白そうに見ている。
その視線に晒されながら、俺はあぐらを掻いてその前に座って居る。
「そういや、ここってどこなんだ?」
『ふむ……お主達にもわかりやすく言うのであれば、ここは我の残留思念の中だ』
「本当の龍神は、もう死んでるとか?」
『まさか! 我とて上位存在の一柱だぞ! 一体、誰に殺されると言うのだ!』
龍神は笑いながらそんな事を言う。
よく、上位存在の事を知りはしないが、どうやら普通に倒そうと思って倒せる相手ではないらしい。
『我らはお主らとは違う高次元に生きておる。まぁ、中にはお主らの世界に住んでいる気まぐれ者もいるがな……とにかく、高次元に住んでいる我らを攻撃できる者など存在しないのだよ。攻撃できたとしても、負ける気はしないがな』
なんならやってみるか? と不敵な笑みを浮かべて聞いてくる龍神に対して、俺は首を振った。
武器が無いのに素手だけでこの巨体と戦うのは、どう考えても無理があるだろ。
『冗談だ。さて、お主も血に馴染んできた事だしそろそろ“龍血の契り”の儀式を行うとしよう』
「頼む。俺はどうしたらいい?」
『お主はそのまま座っておればよい。あとは、目を閉じて心を無にせよ』
心を無にするって、難しいだろ……と思いつつも目を閉じて、何も考えないように集中する。
『始めよう……』
俺の額に硬い何かが触れる。
そこから暖かい何かが流れ込んでくるのを感じる。ソレに俺の体内にある龍神の血に反応して熱を持ち始める。
『我が血は主の血肉となり、力となるだろう。全ての生き物を超越し、我との盟約に従いその使命を全うするのであれば、この契約は不滅なり――』
歌うように、謳うように、詠うように紡がれた言葉に俺の心臓が大きく脈打ち、全身に流れていた龍神の血液が俺の血液と混じりあい、同化した。
『ここに契約は成立した。今後は思う存分にその力を振るうといい』
「ああ……ありがとう」
目を開けると、全身に力が沸いてくるのを感じる。
俺が失っていたはずの魔力も元の倍以上になっているのを感じるし、それ以外の力も宿っているのが感覚的にわかった。
(生まれ変わったみたいだ……魔力は底が見えないし、筋力も上がってる気がする)
「俺は……どれだけ強くなったんだ?」
『少なくとも、人間――勇者であろうともそう簡単にお主に勝つ事は難しいだろうな。お主と対等に戦えるのは魔族の上位層か獣人共の上位層……それくらいか』
「何だか、よくわからないな……」
『そういうものだろう。力なんて目に見えない物は実際に使ってみて確かめるしかない。だが、気を付けよ。力とは使うものであって、使われるものではない。せいぜい振り回されないように精進せよ』
「努力は怠るなって事か……」
手の感触や身体の具合を確かめてみるが、特に違和感を感じる事はないし、コレなら戦いになったとしても問題はないと思える。
『さて、ではお主は帰るといい。人間があまりこの空間に居るのも好ましい事ではないのでな』
俺の足元に魔法陣が浮かび上がり、光が強くなるのと同時に身体が薄くなる。
魔法陣が大きな光を放つ時、俺の耳はしっかりと龍神の言葉を捉えた。
『――お主の進む先に光があらんことを』
その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は途切れた。
(俺、最近なにかと意識失ってばかりだな――)
◇ ◇ ◇
膝を着き、項垂れたままの裕を龍剣・凍華……それと現実に帰ってきた佐々木が心配そうに見つめていた。
「兄さん……」
「一ノ瀬君、大丈夫なんだよね……?」
「う、ううむ。一口でいいところを全て飲んでしまったからのぉ……恐らくは大丈夫だとは思うんじゃが……」
三人がコソコソと話し合っていると、ピクリと裕の右手が動いた。
それにいち早く気づいたのは凍華だったが、駆け寄ろうとした所でその足を止める。その顔はどこか悲しそうな顔をしており、それでいて目は泣きそうだった。
「兄さん……」
「……強制解除」
ボソリと呟かれた言葉に、裕を中心に広がっていた氷は儚い音を立てて一斉に砕け散る。砕け散った破片は魔力で構成されていたために、そのまま魔素へと帰り空中へと溶けていく。その光景はとても幻想的であり佐々木はもちろん、様々な人が一時的に自らの使命を忘れて見惚れる。
だが、凍華だけは悲し気に魔素へと帰る破片を見上げた。
「上手くいったようじゃな」
「はい……」
「これで、アヤツ……いや、ユウもお主と同じ道を歩く事になるというわけか。辛いかもしれんが、見守ってやるのが理想的な武器というものじゃぞ」
「わかっています……ですが、私は見守るだけではなく、導いてあげたいのです。兄さんには、御恩がありますから……」
「そうか……」
凍華が視線を下げれば、そこにはゆっくりと立ち上がる裕の姿があった。その背中は、どこか裕の前世である純を思い出させ、そして“いつかのどこかで出会った彼”の姿を彷彿とさせた。
「今度は、私が……兄さんを救う番ですから」
ゆっくりとその足を進め、凍華は裕の背中にそっと抱き付く。
「おかえりなさい、兄さん」
「凍華か……ただいま。心配を掛けたか?」
「いえ。兄さんなら無事に契約を済ませて帰ってくると信じていましたから」
「そっか。なぁ、俺、人間じゃなくなったらしいんだ」
その言葉にハッとした顔で凍華が離れると、裕は振り返って右手の手袋を外す。そこには、黒い龍の鱗に覆われつつある右手があった。
コレは、《龍血の契り》によって裕の体内に追加された龍血と呼ばれる龍の根源たる力が完全に吸収されずに表面化してしまっているために現れている現象であり、このまま行けば近いうちに裕の全身は鱗に覆われて龍へと変貌する事になる。
「人間には過ぎた力なんだな」
「大丈夫です。私が兄さんを補助します」
裕の右手に凍華が口づけを落とすと、鱗はその存在がそこにあった事さえ感じさせない速度で消えて行く。それと同時に凍華の髪は青みが濃くなり、目も青から藍へと変わって行く。
「凍華、大丈夫なのか?」
「はい。私は、元々この力に適正がありますから」
そう言ってニッコリ笑った凍華は両手で裕の右手を大切な物を包み込むように握る。
凍華の手から伝わってくる暖かさに、裕は照れたように左手で頬を掻くのだった。




