前へ進むために
白華を振るえば、大剣が受け止める。
大剣が振られれば、白華で捌く。
お互いが決定打を与えられないまま、火花だけを散らす戦場で俺は黒甲冑と切り結んでいた。
俺よりも身長が高い黒甲冑にいくらかのアドバンテージはあるが、実力はそれで同じくらいだろう。だが、この黒甲冑にはあって、俺には無い物がある。
――経験。
この黒甲冑には、圧倒的な実戦経験がある。
戦場で敵を斬るためにはどうすればいいのか。相手がどう動いたらどうすればいいのかなど、コイツには恐らく考えるまでも無く答えが存在している。
内心で舌打つ。
元クラスメイト達に色々言ったが、それは俺もだったらしい。
よくよく考えてみれば、俺も命のやり取りをした事なんて片手で数えられるくらいだ。
『ふんっ!!」
「――ッ!!」
上段から振り下ろされた大剣を、両手持ちにした白華で受け止める。
とてつもない重さに両腕が悲鳴を上げそうになるが、それを何とか堪えて大剣を押し返し、片手持ちにした白華を突き出す。
『……ッ』
突き出された白華は黒甲冑が半身になって避けた事で、甲冑の胸元を若干削るだけで終わる。それどころか、ヤツは突き出された俺の右腕を折ろうと手刀を下ろしてくる余裕さえ見せてくる。
「チッ……!!」
俺もタダで折られてやる気はない。
咄嗟に右腕を引いて、再度白華を振るう。
ガキンッと大剣が白華を受け止め、鍔づり合いへ。
互いに力を込めて、ガチガチと得物を食い込ませるように押し付ける。
『その武器……紛い物ではないようだ』
「なん……だと……ッ?」
紛い物……。つまり、コイツは俺が持っている魔刀を偽物だと疑っていたという事か。
というか、コイツは魔刀の事を知っているのか?
『……フンッ!!』
「――!」
大剣が振り抜かれ、俺は滑るように後ろへと下がる。
追撃を警戒して即座に体勢を整えて白華を構えるが、黒甲冑はその場で大剣を持った右手をぶらりと下げてこちらを見ていた。
『我が名はデュラロス・ローラン。貴公、名前はなんという?』
「……一ノ瀬 裕だ」
『やはり、か……』
黒甲冑――デュラロスは左手で兜を覆って空を見上げた。
『ふ……ふははっ……ふはははははっ!! まさか、姫様の想い人とこんな戦場で出会うとは!!』
「姫様……? まさか、美咲の事かッ!?」
『貴公、いくら知り合いだろうと姫様を呼び捨てにするのは許せぬぞ』
デュラロスが大剣を構える。
その声からは明らかな怒りを感じる。
「知り合いってレベルじゃないんだけどな……」
俺も白華を構えるが、何でも斬れるはずの白華でも斬れないあの大剣をどうすればいいかの答えは未だに出ていない。
それでも、前に進まねばならない。戦わなくちゃいけない。こんな相手に……魔王ではない、こんな敵に手こずっている場合ではないッ!!
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
前へと走りながら、雄叫びを上げる。
前へ、前へ、前へ――ひたすらに前へ!
『来るか……魔王軍第二部隊隊長、デュラロス・ローラン。推して参る!!』
白華が風を斬って黒騎士へと迫る。
それをデュラロスは大剣で受け止めるが、俺はそこを支点に回し蹴りを放つ。
『ムッ……』
ガンッと俺の回し蹴りは大剣の腹に当たるも、デュラロスを一歩引かせる事に成功する。
(――体勢が崩れたッ!)
一歩踏み込み、白華を真下から切り上げる。
だが、白華はデュラロスの兜を切り裂くだけとなる。
「我の兜を斬ったか……」
ゴトン、と音を立ててデュラロスの兜が地面に落ちる。
中から現れた顔は、金髪の整った顔立ちだった。
「チッ、イケメンかよ……」
《そうかなぁ……それよりも、あの大剣斬れないッ!!》
俺の呟きに白華が不満を漏らす。
白華的には、斬れない物があるというのが許せないんだろう。
「貴公、どうしてそれだけ武器を所持しているのに、一本しか使わない?」
「……」
何回も斬り合っている内に、俺のロングコートやらマントは剣戟によって生まれた風で捲れあがったりしている。
その時に、俺が腰に差している武器が見えていたんだろう。
「両手に二本持てば、我の守りを突破する事くらい簡単だろう。それなのに、何故使わない? いや……使えない理由でもあるのか?」
俺は、それに答えない。
俺が二本使わない理由――それは、凍華に言われた一言に答えがある。
◇ ◇ ◇
屋根を飛び移りながら走る。
その速度はかなり速く、景色が高速で流れていく。
魔力補充剤を使っているため、身体強化を発動させて走っているからこの速度を出せるのだ。
《兄さん。一つ言いたい事があります》
「なんだ?」
《……戦闘で私達を同時に使わないでください》
その言葉に足が止まる。
急に止まったせいでガリガリと足が屋根の瓦を捲り上げる。
「どういう事だ?」
《魔刀とは、お互いに異なった性質を持っているんです。二本同時に扱おうとしたりすると、その性質同士が反発して、持ち主の身体をボロボロにしてしまうんです》
「……だが、前世の俺や塔から脱出する時に俺は二本使っていたはずだ」
《それは、魔力があったからです。ですが、現在の兄さんには自分の身体を守るための魔力がありません。仮に【魔力補充剤】を使ったとしても、それは変わりません。アレで補充された魔力は、細かく分類すると兄さんの魔力ではありませんからね》
凍華は最後に「くれぐれも気を付けてくださいね?」と俺に念押ししてくる。
それに対して返事をしつつも、俺はいざとなったら……それこそ、負けそうになるという状況になったら躊躇なく使う事を内心で決意していた。
◇ ◇ ◇
「仕方ないよな……」
このままでは、今尚こちらを見据えているデュラロスに勝つ事は出来ないだろう。
いや、出来たとしても時間が掛かりすぎる。こうしている間にも、前線は地味に下がっているのが感覚的にわかる。
(佐々木の所に到達するのも、時間の問題か)
ため息を吐きながら、左手を桜花の柄に伸ばす。
《――!! 兄さんッ!?》
「凍華、すまない。だが、これ以上コイツに時間を使っている暇もないんだ」
《ですが――!!》
凍華の言葉を最後まで聞かずに、俺は左手で桜花を一気に抜いた。
――ドクン。
そう、心臓が強く脈打った。
次第に強くなっていく鼓動と同時に、俺の視界はどんどん色を失っていき、全身の血管が燃えているんじゃないかと錯覚するほどに暑くなってくる。
(コレは、細胞の一個一個が高速で死んでいっているのか……?)
自分の身体だから、すぐにそういう事だと理解する事が出来た。
このまま行けば、俺の身体は自然に壊死するだろう。
「時間が無い。手短に片づけさせてもらう」
「ほぅ? 中々大した自信だな」
お互いの視線が交差する。
視界に色は無い。だが、斬るべき敵だけは赤く強調されており、敵を見失うという事も無さそうだ。
《ユウ、いける?》
《パパ、大丈夫?》
両手に持った二人から心配そうな声が聞こえてくる。
それに対して「大丈夫」と伝えるように両方の柄を強く握り、どうやって斬るかを考えるために集中して敵を見る。
恐らく、次の斬り合いで決着が着くだろう。
デュラロスも左手に持っていた大楯を捨て、両手で大剣を構えている。
アイツを倒すための技は、俺には一つしかない。
故に、それを使うためにそっと口を開く。
「装填」
それは、龍剣に対して使った“桜花散桜”だ。
あの時は五連撃だったが、龍剣よりも防御力があるデュラロスに対してはもっと必要だろう。それに、今回は二刀流での発動になるんだし、もっと増やせるはずだ。
デュラロスを中心に、俺は脳内に“十連撃”を思い浮かべる。
「来るかッ!!」
「発射ッ!!」
身体強化した全力の踏み込みを行う。
そのまま、視界に映る軌道に沿って桜花と白華を振るう。
「うおおおおおおおおおッ!!」
「――ッ!!」
一連撃から五連撃までは、デュラロスが持った大剣によって受け止められていく。それを横目に俺は止まることなく、連撃を放ち続ける。
だが、油断する事は出来ない。
デュラロスも連撃の隙を付いては、俺に向かって大剣を振るうのだ。
極限まで研ぎ澄まされた連撃といえど、二刀流でやるからにはどこかしらに僅かな隙が生まれてしまう。デュラロスはそういった僅か0.01秒の隙に差し込んでくるのだ。
(防御なんてしている暇はない――!!)
ギリッと奥歯を噛みしめて、迫る大剣の恐怖に耐える。
大剣という武器は懐に入れれば大した脅威にはなり得ない。だから、俺は前へと進み続ける。
それでも当たったり、大剣が砕いた地面の破片が身体に当たり、俺に傷を付けていくのは抑えられない。
だが、それがどうした?
それが、何の意味になる?
心の奥底で誰かがそう言って来る。
お前の身体が傷つくことに何の意味がある? それに、一体どうした? と。
ここは戦場だ。
戦場では、最後に生きているかが重要なんだ。
確かにそうだ。
いくら傷を受けようと、最後に立っていたヤツが全てだ。
「うああああああああああッ!!」
俺の口から漏れだしていた咆哮は、いつからか恐怖を抑え込むような物になっていた。
気づけば、もう俺の連撃は残り二発。
「うおおおおおおおおおおお!!」
デュラロスもその口から咆哮を上げる。
それもそのはずだ。俺よりも、デュラロスの方がボロボロなのだから。
着こんでいた鎧は既にその意味を為さず、その手に持った大剣は先ほどまでの姿とは異なった鈍らと化していた。
九連撃目――紅い軌跡を残しながら左斜め下から切り上げられた白華を大剣が防ごうとするが、白華は鈍らとなった大剣を半ばから断ち切り、辛うじて残っていたデュラロスの鎧――その胸元部分を破壊する。
十連撃目――白華を引き戻す勢いを利用して放たれた最高速度の桜花による突きがデュラロスの左胸に突き刺さり、勢いを止めずに鍔まで差し込まれた。
「ゴホッ……」
上からボトボトと落ちてくる血を浴びながら、俺はふと思った事を口にしようとした時――
「見事……まさか、貴公がここまで――」
「なんだ。やっぱりまだ生きていたのか」
――自ら生きている事を教えてくれたので、俺は桜花を抉るように回転させ、そのまま真上へと切り上げる。
「ガアアアアアアッ!!」
身体の大半を半分に斬られたデュラロスの腹を蹴り飛ばして、返り血をこれ以上浴びないようにする。
「……流石に、死んだか」
デュラロスがこれ以上動かないのを確認した後、桜花を軽く振って付着していた血を飛ばし、鞘へと納めた。
「あーあ。ここまでやるなんて酷いなぁ」
「――ッ!!」
終わった――そう、思っていた。
だから、油断していたのかもしれない。
「初めまして、かな?」
「な、何で……お前がここに……」
振り返った先に居たのは、青い髪を肩まで伸ばし、どこまでも落ちていけそうな海のように青い瞳をした少女。
「あれ? 私の事、知ってるの? おにーさんとは初対面だったと思うんだけどなぁ」
そう言って考えるように腕を組んで首を傾げる女の子。
「んー、まぁ、いいか。とりあえず、私は初めましてだから挨拶しておくね? 初めまして。私はリベージ……魔王軍第一分隊隊長だよ♪」
ニッコリと上機嫌そうに、少女――リベージは笑った。




