戦う理由
そこは、間違いなく地獄だった。
あれから、どうにか持ち直した元クラスメイト達は武器や魔法を使って魔物を倒した。だが、剣で斬った者はその光景に耐え切れずにその場で吐き出し、魔法を使った者は自らの力を恐れた。
平和な世界で、生き物の内臓やら何やらのグロテスクな光景に慣れていない人間には辛いのはわかる。だが、ここでは死ぬか生きるか、殺るか殺られるかの二択だ。
(なぁ……お前たちは、この世界をどこかゲームだと思っていたんじゃないか? 自分達には力があるから、どんな敵が来たとしても大丈夫とか考えていたんじゃないか?)
聞いてみたところで答えは返ってこない。
まぁ、知りたいとも思わない。
《どうしますか?》
凍華が話しかけてくる。
「どうしますかも何も……俺は動かないぞ」
《そうですか……でも、いいんですか?》
「どういう意味だ?」
《今、王国側の前線は押されてきています。このまま行けば、後方に居る佐々木さんの場所まで魔王軍が到達するのも時間の問題でしょう》
「……」
《いいんですか?》
つまり、凍華はこう言いたいのだ。
「お前が守りたいと思っている佐々木は、このまま行けば死んでしまうけど、それでいいのか?」と。
「……」
《私達は兄さんの判断に従います。ですが……くれぐれも後悔がないように》
凍華はその言葉を最後に黙り込む。
(俺は――どうしたいんだろうか)
別に、アイツらを助ける理由はない。
いや、それ以前に俺は助けようとして助けられるだけの力を持っているのか?
(……本命にはちょっと苦戦しそうだな)
閉じた目を開けて、チラリと前線を見据えてそう判断する。
やれる――俺は、助ける事が出来る。
「……ふっ」
笑いが漏れてしまう。
なるほど。凍華は俺に戦う理由をくれたのか。
「そうだよな。やらないで後悔するよりもマシだよな」
白華の柄を右手で握る。
それを敏感に感じ取ったらしい白華の感情が揺れるのを感じた。
《ユウ、行くの?》
その声はどこか嬉しそうで、俺は内心で苦笑してしまう。
この子は、どこまでも戦いが好きだ。
「ああ……行こう」
《うんっ!》
白華を抜いて、峰の柄付近に付いている刃物に親指を付けて血を流し込む。
その血が刃に浸透するにつれて、刀身が紅く染まって行く。
「さぁ、状況開始だ」
《はい!《うんっ!》》
寝華以外の返事を聞いて、俺は時計塔から飛び降りた。
◇ ◇ ◇
「あと少しだ!!」
エルレール・バレシチルは周りを激励しながらも、内心では前線が押し切られるのは時間の問題だと理解していた。
だが、どうにか後方の部隊が撤退するくらいの時間は稼げると思っていた。
その時までは。
「――ッ!!」
ザワッとバレシチルを嫌な予感が走り抜ける。
その感覚に従って、大きく後方へと跳ぶと、先ほどまでバレシチルが立っていた地面が爆ぜた。
「出てきちまった、か……」
汗が頬を伝って地面へと落ちていくのを自覚しながらも、バレシチルは前方を見据える。
土煙が風に流され、視界がクリアになって行くのと同時に自らを攻撃してきた黒い鎧を着こんだ大男の姿が目に入った。
全身が黒い甲冑。兜には二本の大きな角が装飾品としてか付けられている。
右手にバレシチルが持っているよりも大きな大剣を所持し、左手に身の丈程もある大楯を持っている。
「フッ――!」
黒甲冑が動き、バレシチルの目の前に一瞬で移動し、大剣を振るう。
バレシチルは手に持っていた大剣を盾のように構え、その斬撃に対して防御の態勢を取るが、衝撃を抑えきれずに後ろへと飛ばされてしまう。
数回バウンドして止まったバレシチルが反射的に身体を起こすと、既に大剣を振りかぶった黒甲冑が視界一杯に広がった。
(――死んだ)
バレシチルは本能的に自分が死ぬ事を感じた。
手に持っていた大剣は、相手の斬撃を防いだ時に折れてしまい、飛ばされた時に手から抜けてどこかに飛んで行ってしまった。
「――ッ」
バレシチルは迫る大剣から目を離さない。
通常の兵士であれば、恐怖心から咄嗟に目を閉じてしまうものだが、バレシチルは歴戦の戦士だ。
自分を殺す凶器だけは、しかとその目に焼き付けて死ぬ覚悟があるのだ。
刃がもうあと少しで触れるという所で、真横から紅い刃が差し込まれて金属音を轟かせながら黒甲冑の大剣を止める。
「なっ……!?」
バレシチルは目を見開く。
この付近に味方は存在していなかったし、この短時間にここまで辿りつける仲間を知らなかったのだ。
一瞬、勇者の仲間かとも思ったが、あの中に紅い刃物を持つ武器を持った人間はいなかったと考える。
「……生きてるか?」
その声に顔を上げてみれば、そこには今なお右手一本で武器を保持して大剣を受け止めている男が立っていた。
ロングコートの裾を羽ばたかせ、フードを深く被った男。
「な、なんとか……」
「なら、よかった。動けるなら、少し下がって欲しいんだが」
バレシチルがハッ! 後ろへと下がる。
それを見届けたフードの男は、紅い刃を大剣の刃に滑らせて一気に黒甲冑に接近する。
『ムッ……!』
「チッ……」
黒甲冑はそれを確認するのと同時に、後ろへと下がる。
それに対してフードの男は舌打ちをした。
「異次元だ……」
たったそれだけの攻防だったが、バレシチルには自分が出来ない高次元の戦いだという事を判断した。
ソレと同時に、バレシチルは城を出る時にシエル姫から言われた事を思い出した。
「もしも――もしも、戦場で黒いフードを被った男性に会ったら伝えてほしい事があるんです」
恐らく、目の前で自分を守ってくれたフードの男がその男だという事を理解したバレシチルが口を開こうとする前に、フードの男がチラリとバレシチルを見て、口を開いた。
「なぁ、火を持ってないか?」
「火……? も、持ってるが……」
「なら、ちょっと欲しいんだが」
バレシチルは懐から起爆用のマッチを取り出して、フードの男に手渡す。
「サンキュー……ってか、この世界にもマッチがあるのか」
フードの男が懐からタバコらしき物を取り出し、咥えて火を付ける。
「そ、そうだっ! お前にシエル姫から伝言があるんだ!」
「あ? シエル姫から?」
その言葉でバレシチルはフードの男が目の前の男だという事を理解した。
「ああ。『ご武運を』だと言っていた」
「……」
フードの男が目を見開いたのがわかった。
「ふ、ふははっ! わかった。お前はもう下がれ。その体じゃ戦えないだろ」
フードの男が言うように、バレシチルの身体はボロボロだった。
片腕は折れ、足は折れていないだろうがヒビが入っていた。
「ひ、一人で大丈夫なのか?」
「問題ない。それよりも、怪我人が近くに居た方がやり辛くて仕方がない」
「それもそうか……すまない、恩に着る」
バレシチルがよたよたと後方に下がるのを横目に、フードの男――裕は紫煙を吐いた。
「律儀に待ってくれるんだな」
『お前は手慣れだろう……ならば、神聖な戦いに邪魔者が居る事を嫌ったまでだ』
「あのおっさんも結構強いと思うんだけどな……まぁ、いいや」
裕は、半身になりながら白華を構える。
フードの奥から覗く右目は紅く光っていた。




