1 小さな悪だけ見逃さない!
「私のストレス解消のため、小さな悪だけ見逃さない! 魔法蝶々バタフライ!!」
何にもなかったはずのところから。
誰もいなかったはずの場所から。
突然それは現れた。
最近。時折。校内で出現が確認されている、謎の正義の味方……いや、怪人…………んー、痴女? セリフ的にはギリギリ底辺の方の正義の味方っぽいけど。恰好は、変質者っぽい。
学校指定のスクール水着、所謂スク水。そのスク水が、いつはち切れてもおかしくないくらいのけしからんおっぱい。何なの、あれ? 何を食べたら、あんなに育つの? うらやまけしからん。食生活について詳細に取材したい。うらやまけしからん。
おまけに、太ももの辺とかちょっとムチッとはしているけれど、決して太っているわけではなく、そこはかとなくエロスを醸し出しているとか、誰にケンカを売っているの?
そのエロ臭い太ももを片方高々と上げて、両手もバーンと高く掲げ、手首をクッと内側に折り曲げたポーズ。ちょっと、カマキリっぽい。
そして、ピンクと紫と黒と緑が怪しくラメラメしく輝く蝶の羽をモチーフにした目の部分だけを覆い隠す仮面。ちなみに、背中からも蝶々の羽が生えている。
うん。まあ。
正義の味方とか、怪人とか、痴女とか。そういうことは置いておいてだ。
まずは、昆虫なのか水泳なのか、はっきりしてもらおうか。
そんな、あたしの内なるツッコミを余所に、事態は何となく進行していた。
「あなたは今、その自販機に置き忘れにされていたお釣りをネコババしようとしたでしょう?!」
「え? いや、その……」
バーンと痴女が指先を突き付けるその先には、自販機の前で微妙にうろたえている男子生徒がいた。握りしめた拳を、ズボンのポケットに入れる直前のポーズで固まっている。
あの狼狽えぶりからして、マジでお釣りをネコババしようとしていたようだ。
しかし。
本当に小さい悪だな、おい!
見逃してやれよ、それくらい!
そんなあたしの心の声が聞こえたのか、はたまた、ただの偶然か。
「その自販機には、五百円硬貨を入れて八十円のジュースを買ったお釣り、四百二十円が遺されていた。四百二十円。四百二十円ですよ! 四百二十円をチョロまかそうなどとは! これは、もう、立派な犯罪です!」
四百二十円か。
それは、確かに犯罪だな。
高校生のお財布にとって、四百二十円は大きい!
てゆーか、やけに詳しいけど、もしかしておまえが置き忘れたんかい。
ただの、私怨やん。それ。
私怨…………てゆーほどでもないな。そんな、痴女の格好とかしてないで、まずは普通に声をかけろよ。なんか、地味で気の弱そうな男子だし、普通に声をかければ普通に返してくれたかもしれんだろうがよ。
なんか、ギャラリーが集まってきているし。放課後の、売店近くの自販機前だからな。そこそこ、人通りもあるわけですよ。通りがかっただけの生徒も、足を止めて行く末を見守っているし。これじゃ、さらし者にされた男子が気の毒だろうがよ。
なんて、思いつつも声に出す勇気はなく、大人しく動向を見守るあたしです。てへ。
が。
心配しなくても、地味男子は痴女に向かっておずおずと握り締めた片手を差し出した。
「あ。これ。君の置き忘れだったんだ。その、返すよ」
ほらほら。ちゃんと、返してくれるじゃん。
まあ、ギャラリーの手前もあるかもしれないけどね。
ちょっと視線が泳いでいるけれど。それは、心にやましいことがあるからじゃなくて、暴力的なおっぱいの吸引力に逆らおうとする意志の表れだろう。
いや、それも。やましいと言えばやましいが。
でも、ありゃ。しょうがないよ。
視界の暴力っていうかさ。
男子じゃなくても、つい凝視しちゃうもん。
まったく意識しなかったら、高校生男子としては、むしろ不健全なレベル。
当事者じゃない男子たちの視線は、普通におっぱいか太ももに吸い寄せられてるしな。
それにしても。うちの学校に、あんなイイ体の女子生徒、いたっけな?
何、あれ。ホントに。
何をどうすれば、あんなんなるの?
もうちょっとさあ、恵まれない女子に分けてくれてもいいと思わない?
みんなで分かち合ってこそ、真の平等じゃない?
なくそう、おっぱい格差!
なんて一人で熱くなっている内に、事態は勝手に収束に向かっていた。
「わ、分かればいいのよ。次からは、気を付けるようにね!」
痴女は地味男子から小銭を受け取ると、姿を消した。
ん?
んん?
あれ?
本当に、消えたよね? 今?
なんか、幽霊が突然成仏しちゃったみたいな。
あるいは、消失系のマジック大成功みたいな感じに。
唐突に。
瞬きして、目を開けたらいなくなってたみたいに。
ま、魔法蝶々とか、意味不明なこと言ってたけど。
もしかして、本当に魔法少女の亜種、とか?
そんな感じの、何かなの?
「ねえ。今のさ……」
「うん。同じクラスの、一色アゲハさんだったね。一瞬で早着替えしてたけど、マジシャンとかなのかな? どういうことなんだろ?」
「一色……アゲハ?」
隣で一緒に見物していた、幼馴染と言う名の腐れ縁、連城美琴に声をかけるとまさかの答えが返ってきた。
あれが、クラスメートとな!?
魔法少女の亜種とか、アホなこと言わなくてよかったけど、いや、でも。
いや、でも。ですよ?
一色アゲハ?
……………………………………。
あ、あー! いた、いた。いや、いたような、いないような?
名簿かなんかで、名前には聞き覚えはある。
えーと、確か、そうそう!
薄ぼんやりと思い出してきた。
名前は可愛いんだけど、本人は至って地味子っていうか。眼鏡で。おさげで。そばかすで。おまけに猫背。
我がクラスが誇る、いるんだかいないんだか分かんない系女子!
まあ、つまり、存在感皆無の地味系女子だ。
あまりにも存在感がなさ過ぎて、うっかり存在していることを忘れちゃうくらいに。
…………それが、あれ?
滅茶苦茶、存在感ありましたよ?
そりゃもう、暴力的なまでに。
恰好もそうだけどさ。
何よりも。あの。
おっぱいとか。太ももとか。おっぱいとか。太ももとか。
視界の吸引力ありすぎるっていうか。
羨ましさのあまり、涎が出てきそうなレベルでしたよ?
半信半疑で。
廊下の向こうを見ている美琴の視線を追うと。確かに、いた。
猫背なおさげがトボトボと遠ざかっていく。
「どういうことなのかな? なんだか気になるし、追いかけて、事情を聴いてみない?」
「がってんだ!」
うずっと瞳に好奇心を覗かせて提案してくる美琴に、あたしは親指を立てて頷いた。
クラス一の地味子が、本当にあのエロいい体の持ち主なのか、確認せねば!
いざ、行かん!
そのおっぱいの秘密、解き明かしてみせる。
そして、あわよくば。
あたしの成長の助けになってくれないかなー。
なーんて……………………ね……。




