ジークさんの力になれたと思う
「……勿論、カイトさんに悪気が無いのは分かっています。ですがもう何回目ですか? クロムエイナ様、創造神様、死王様、界王様……クロノア様は置いておくにしても、既に4回ですよ」
「……はい」
「私も色々精神的に限界なので、一度位カイトさんを叱っても許されると思うんです!」
「お、仰る通りです」
悲痛な表情……というか半泣きで立つリリアさんを前に、俺は正座をして頭を下げていた。
話の内容は勿論リリウッドさんの事であり、流石に六王3体目ともなると、リリアさんの堪忍袋も限界らしい。
ただそれでも、俺が意図して行った訳ではないと言うのは理解してくれているのか、むやみやたらに怒鳴り散らしたりする訳では無く……と言うかもうほぼ愚痴の領域だった。
「……まぁ、今回はカイトさんが隠していた訳でもないですし、幸い界王様であればそれほど大変な事態にはならないでしょう。なので、話はここまでにしておきましょう」
「あ、ありがとうございます」
どうやらここで説教、もとい愚痴は終わりらしく、リリアさんは大きく溜息を吐いて強張らせていた表情を崩す。
いやはや、本当にリリアさんをここまで追い込んでしまって申し訳ないと思うし、優しいリリアさんがここまで危機迫った表情になる程、俺の知り合った方々がとんでもないと言う事は分かる。
いや、本当に申し訳ない……けど……もし、ほんの一言、一言だけ文句を言って良いなら……リリアさん、その結論には後『30分早く』達してくれると嬉しかったです。
もう足痺れて感覚無い……
リリアさんの怒りよりようやく解放され、皆の元に戻ってくる。
皆もとりあえずリリアさんの件には触れない事にする様で、ごくごく普通に俺を迎えてくれた。
「ミヤマ様……こちらを」
「ルナマリアさん? なんですか、この封筒?」
戻るなりなんだか上機嫌なルナマリアさんが俺に封筒を差し出して来て、それを受け取って首を傾げながら中を見てみると……そこにはかなりの額のお金が入っていた。
「いや~ミヤマ様には稼がせていただきました。もう笑いが止まらない状態です。なのでそれは、ほんのお気持ちと言う事で」
「は、はぁ……」
どうやら俺に先月の給料を全部賭けたルナマリアさんは大勝ちしたらしく、それはもう天使の様な笑みを浮かべてほくほく顔だった。
本当にこの駄メイドは……一回アインさんの爪の垢でも煎じて飲んだ方が良いんじゃなかろうか?
とまぁルナマリアさんにはそこそこに返事をして、視線を動かすと……椅子に座って項垂れているフィアさんの姿があった。
「あの、フィアさんはどうしたんですか?」
「ミヤマくん……そっとしておいてあげてくれ。今、フィアは人生について黄昏ている所なんだ」
「は?」
「……2000……2000って、そんな数字……化け物……」
何か燃え尽きた様な表情で、俺の事を化け物だと呟くフィアさん。その哀愁漂う様子に困惑しながら、何とか慰めようと声をかけてみる。
「……あ、いや、それはリリウッドさんの力ですし、俺は全然」
「じゃあ……界王様と会うまでに何個集めたの?」
「……300ちょっと、です」
「……弟子にして下さい」
「なんでっ!?」
どうやら相当心が弱っているみたいで、フィアさんは何故か土下座の体勢になり訳の分からない事を言い始める。
その状態のフィアさんを、レイさんと一緒に何とか慰めると……しばらくしてようやく、顔を上げて元の体勢に戻ってくれた。
うん、色んな意味でやり過ぎた。
やっぱり事前にちゃんと、今までの収穫祭の得点とか聞いておくべきだった。
「まぁ、本当にカイトさんには色々驚かされてばかりですね……流石に、もう、何もないですよね?」
「……あ、いや、それが……」
「……あるんですか……」
ルナマリアさんが淹れてくれた紅茶を一口飲み、心底疲れた様子で告げるリリアさんの言葉を聞き、俺はマジックボックスの中にある物を思い浮かべた。
そう今俺は、世界樹の果実を手に入れている訳なんだが……それを出すとどうゆう状況になるかは容易に想像が出来る。
しかし、だからと言って、ここで隠しておくと……後が怖い、主にリリアさんが……
俺は少し考えた後、後回しにするよりはと思いマジックボックスから世界樹の果実を取り出してテーブルの上に置く。
「これは、何ですか?」
「綺麗ですね」
透き通った水晶の様にも見える世界樹の果実を見て、楠さんと柚木さんが不思議そうに首を傾げる。
しかしそれだけではなく、リリアさんやルナマリアさんも首を傾げてそれを見ていた。
ああ、そう言えば、リリアさんも実物は見た事が無いって言ってたっけ……
「み、ミヤマくん!? これは……まさかっ!?」
どうやらレイさんはコレが何か察した様で、信じられないと言いたげな表情を浮かべて俺の方を見る。
「はい……世界樹の果実です。リリウッドさんから頂きました」
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
俺の告げた言葉に、全員の顔が驚愕一色に染まる。
それもその筈、世界樹の果実は滅多に出回る事が無く、狩猟大会の賞品になると聞いただけでアレだけ驚いていたんだから、その実物が目の前に現れればこの反応は当然とも言える。
皆しばらく世界樹の果実を見つめ、そして……リリアさんの顔から表情が消えた。
「……」
「あの、お嬢様?」
リリアさんはそのまま無表情で立ち上がり、部屋の隅に歩いて行って……膝を抱えて座り込んだ。
「お嬢様!?」
「……なんで……なんで……私が、何年も探し回って手に入れられなかったのに……そんな、出かけたついでに買って来たみたいな感じで手に入れて来ちゃうんですか……」
「お嬢様、お気を確かに!?」
「う、うぅ……うわあぁぁぁぁん! もう、カイトさん、嫌いぃぃぃぃ!!」
……泣き出してしまった。
自分が何年も必死に探しても手に入れる事が出来なかった世界樹の果実を、俺があっさりと手に入れて来てしまったのは相当ショックだったらしく、リリアさんは子供の様に泣きじゃくっていた。
その光景にいたたまれない気持ちを感じながらも、俺は世界樹の果実を手に取り、ジークさんの方に差し出す。
「ジークさん、これを……」
「ッ!?」
「ジークさんがその傷を治すつもりが無いってのは昨日聞きましたが、もしかしたらいつか心変わりする事があるかもしれないですし……その時に使ってください」
「……!?!?」
俺が差し出した世界樹の果実を見て、ジークさんは勢いよく首を横に振る。
ある程度予想できた結果だが、ジークさんはそれだけ高価な物を貰う訳にはいかないと遠慮しているんだろう。
しかし俺としては、何としてもこれはジークさんに受け取ってもらいたいので、少し強引に渡してしまう事にする。
素早くジークさんの手を掴み、そこに世界樹の果実を握らせてる。
「使うつもりが無ければ、それでも構いません。ただ俺が、いつもお世話になっているジークさんに、何かしてあげたかっただけなので……」
「~~!?!?」
余程慌てているのだろうか? 俺に手を掴まれたジークさんは、顔を赤くして戸惑った表情を浮かべたが、俺が譲らないと言うのが伝わったのか、少しして世界樹の果実を受け取ってくれた。
ジークさんは世界樹の果実を大切そうに両手で持ち、少ししてそれを自分のマジックボックスにしまってから、紙とペンを取り出す。
『ありがとうございます。カイトさん』
「あ、いえ、差し出がましいとも思ったんですが……やっぱり、選択肢は多い方が良いと思いまして」
『そう、ですね。今は、まだ、使うかどうか答えは出ませんが……大切にします』
「はい。ジークさんのしたい様にするのが、一番だと思います」
『貴方は……本当に……』
ジークさんはそこまで書いたところでペンと紙を置き、スッと俺の方に両手を伸ばして、俺を抱きしめた――え?
「ちょっ!? ジークさん!?」
「……」
身長が俺と殆ど変らないジークさんは、驚く俺を少しの間抱きしめ、その手を解く直前に耳元に口を寄せてくる。
――ありがとう
気のせいかもしれないが、そんな声が聞こえ、耳たぶに柔らかい何かが触れた気がした。
拝啓、母さん、父さん――世界樹の果実をジークさんに渡したよ。使うかどうかは今の時点では答えはでないみたいだけど、少しは――ジークさんの力になれたと思う。
リリア……泣いてた。
快人……いちゃついてた。
リリアは快人の事、二三発殴っても許されると思う。




