閑話・幻王ノーフェイス~暗躍する深淵の王~
本日は二話更新です。
こちらは二話目になりますので、ご注意を。
広大な魔界の中でも、一際大きな都市。
その都市の中央にある巨大なコロシアムでは、そこに君臨する存在が訪れた来客に対し首を傾げていた。
「あ゛? ミヤマカイト? 誰だそりゃ」
「現在、冥王様、死王様と交遊が深く、界王様も興味を抱いている異世界人です」
「異世界人? ほぅ、クロムエイナにアイシス、リリウッドまでか……んで? ソイツは『強いのか?』」
「さあ、そこまでは分かりかねます」
荒々しい言葉遣いで話す王に対し、使者はやや緊張した面持ちで言葉を返す。
「……態々そんな情報を寄こすとは、一体あのヤロウは何を企んでやがる? って、テメェに聞いたところで知りやしねぇか……」
「はい。お力になれず申し訳ありません。戦王『メギド・アルゲテス・ボルグネス』様」
「はんっ、考えてもねぇ事を言うんじゃねぇ……叩き潰すぞ!」
「……」
燃え盛る炎の様に苛烈な言葉を投げかける戦王メギド……その凄まじい威圧感を受け、使者は思わず後ずさる。
その様子をつまらなそうな表情で眺めた後、メギドは口元に笑みを浮かべて告げる。
「だが、まぁ……面白そうだ。その異世界人とやらを『ここに招待』しようじゃねぇか! 強えぇなら、それで良し! 弱いなら毛ほどの興味もねぇし、叩き潰すだけだ」
「……」
「後『ノーフェイス』の奴にも伝えとけ、こそこそ動きまわるのはかまわねぇが、俺様の邪魔をしようってんなら……容赦はしねぇってな」
「畏まりました」
メギドの言葉を受け、幻王の使者は深々と頭を下げる。
それ以上話す気はないのか、メギドは使者から視線を外し、コロシアムの方を眺める。
そこには膨大な数の魔族が居た。爵位級高位魔族も含め、優に100を超える高位魔族達は、いずれも満身創痍と言える様相で地面に倒れている。
「おらっ! いつまで寝てやがる!! たかだか1000年ばかり平和だったからって、揃いも揃って腑抜けやがって、情けねぇ!」
「も、申し訳……ありません」
「ほら、立ちやがれ! もう一戦だ! テメェら、俺に傷の一つでも付ける程度の根性は見せやがれ!!」
100体を超える高位魔族とて、戦王にとっては暇つぶし以上にはなりえない。
誰よりも戦いを愛し、日々戦闘に明け暮れる魔界で最も好戦的な王……戦王メギド・アルゲテス・ボルグネス。
その凄まじい咆哮は、今日もコロシアムの大地を轟かせていた。
竜族の住処となっている魔界の山脈では、それらの王たる竜王が静かに使者の言葉を聞いていた。
「以上が、我が主、幻王様より伺った情報です」
『あい分かった。こちらはこちらで動くとしよう。ノーフェイスにもそう伝えておけ』
口調は穏やかながら、空から響く程に大きな声。
それもその筈、竜王マグナウェル・バスクス・ラルド・カーツバルドは、魔界……いや、世界に置いて最大の体躯を誇る生物で、その体はもはや身長では無く『標高』とでも表現する方が正しく感じる程、あまりにも巨大だった。
異世界である地球の単位で表現するなら、5000メートル以上。正しく天を突く程に巨大な竜であった。
マグナウェルは去っていった幻王の使者を見送ると、己の体の上に控える高位古代竜達に向かって、呟く様に言葉を溢す。
『……解せんのぅ、ノーフェイスめ、今度は何を企んでおる?』
「いかがなさいますか? マグナウェル様」
マグナウェルの言葉を受け、一匹の竜が静かに尋ねる。
『しばらくは様子見じゃな……どうも、上手く思考を誘導されておる気がする』
「幻王様に、ですか?」
『うむ、確かに奴の使者がもたらした情報は、興味をそそられるものじゃった。実際ワシも、その異世界人に少々興味を抱いた。が、それこそが奴の狙いではないかとも思えるのぅ』
「マグナウェル様を利用しようとしていると言う事ですか?」
淡々と語るマグナウェルの言葉を聞き、竜は不快そうな声をあげる。
それは己の主を利用しようとしているノーフェイスに対しての怒りが籠った声であったが、マグナウェルはそれをさして気にした様子も無く言葉を続ける。
『情報に不鮮明な部分が多すぎる。意図的に隠していると見るのが妥当じゃろう……となれば、ノーフェイスの狙いはなんじゃ? 恐らく、ワシらをその異世界人と会わせる事……』
「そんな事をして、幻王様に益が有るのでしょうか?」
『奴は己の益などでは動かぬ。が、効率は重視する傾向にある……ならば、ワシらにその異世界人を始末させるつもりか? いや、それならとうに己で動いておるか……う~む、分からんな』
姿を現さず暗躍を続け、裏で糸を引いている様に思えるノーフェイス。
マグナウェルはその思惑を図ろうと考えを巡らせるが、明確な答えは出てこない。
『……ともあれ、しばらくは様子見じゃな。恐らくノーフェイスは、メギドにも使者を送っておろう。ならば、奴が動くのを待つとするか』
「戦王様なら、即座に接触しようとすると思います」
『じゃろうな。奴は頭が悪い訳ではないが、深謀を巡らせる事は良しとせん。恐らく早々に動くじゃろうて、それを待つ事にする。じゃが、ただ待つのも芸が無いのぅ……配下に伝えよ。異世界人、ミヤマカイトの情報を集めろとな』
「はっ! 直ちに」
『……さて、ノーフェイスよ。なにを企んでおるかは知らぬが、何もかも貴様の思惑通りに事が運ぶと思ったら、大間違いじゃぞ』
竜達に指示を出した後、巨大な竜王は静かに空を見つめる。
世界が今、一人の異世界人を中心として、大きく動きかけている事を感じつつ……
薄暗い部屋の中、二体の魔族が片膝をつき報告を行っていた。
「……以上が戦王様、竜王様の返答です」
「……御苦労、引き続きミヤマカイトの監視を続けろ」
「はい。まだ行動は起こさず、監視にのみ勤めておけばよろしいのですね?」
「ああ、まだ、奴の価値は測り終えていない。残した方が世界にとって有益か否かは判断しかねる」
六王の元へ送った配下の報告を玉座に座したままで聞いた後、ノーフェイスは静かに呟く。
「世界にとって有益であるなら、そのままで構わぬが、世界に混乱を招き害となる様であれば……消すだけだ」
「しかし、我々が得た情報では、その異世界人は傷を一瞬で治す魔法具を所持しており、殺害は難しいかと思われますが……」
「愚かな……肉体が死さずとも『心を殺す』術などいくらでもある」
ノーフェイスは情の欠片も感じられない冷たい声で、必要とあれば快人を殺す事を告げる。
シャローヴァナルの与えた魔水晶により、肉体が死ぬ事はない快人だが……ノーフェイスにとってそれは大した問題では無かった。
何故ならノーフェイスは幻惑の名を冠す王であり、精神を殺す事は、むしろ得意分野であった。
「奴の周りに付けている者にも、くれぐれも伝えておけ、勝手に動くなと……最終的な決定は、こちらで下す」
「「はっ! 全ては幻王ノーフェイス様の御心のままに!」」
ノーフェイスの言葉を受けた配下は、深く頭を下げた後でその場から消え、静かになった部屋の中でノーフェイスは虚空を見つめながら呟く。
「これで、メギドは動く。マグナウェルはメギドの動きを待つだろうが、恐らく配下に情報を集めさせるか……それはこちらで、奴に伝わる情報を操作してしまえば良い……何も問題はない」
薄暗い部屋の中、微かに差し込んだ光が、ノーフェイスの顔を照らす。
顔が見えぬ程に深く被ったローブの奥から、闇に溶け込む漆黒の長髪が揺れる。
薄暗い闇の中、今日も幻王ノーフェイスは暗躍を続ける……闇の中から、世界を見つめるかの如く……
「……さあ、試させてもらおうか、ミヤマカイト。お前に『クロムエイナの深奥』に挑む資格が有るのか否かを……」
暗躍する幻王、動き出す六王……それぞれが快人の前に姿を現すのは、宝樹祭編の終了後に始まる六王編からです。




