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機械仕掛けの神の物語⑦

シリアス展開は速攻で終わらせるという鉄の意思で一話にまとめた結果、今回の話は12000文字ぐらいあります。



 アリシアとマキナのふたりが出会ってから、瞬く間に二ヶ月が過ぎた。半ば住み着くような形で人工島に滞在するようになったアリシアとマキナは、毎日をとても楽しく過ごしていた。

 遊園地に行ったときのようにアリシアに連れられて出かける日もあれば、日がな一日ふたりでお喋りをする日もある、アリシアが内陸の街で買ってきたゲームなどで遊ぶこともあった。

 二ヶ月経ったいまでは、必要最低限のものすら揃っているか怪しかったマキナの家の中もずいぶんと様変わりしている。


 ただ、圧倒的にふたりで居る時間が多いとはいえ、別々に行動することがないわけではない。アリシアは時折マキナが眠る夜中にふらっと出かけて、朝方にお土産を持って戻ってくるということも多かった。

 マキナは『前に言っていた探し物をしているのだろう』と気にはしていなかったが……実際は違う。アリシアはマキナと出会ってから、ずっとある『調べもの』をしており、彼女がひとりで外出するのは大抵その調べもの関係だ。


 そして今日のすっかり日付が変わりそうな深夜に、アリシアは高層ビルの屋上でジッと携帯端末を見つめながら顎に手を当てて考え込んでいた。


(……マキナの状態は少し変だ。あの子の力を恐れて遠ざけるというよりは、『誰かに奪われないようにする』みたいな……なにかあると思って調べてみたけど、う~ん)


 表示されているいくつもの資料を見ながら、アリシアはその卓越した思考力で情報を整理していく。なぜマキナはあの人工島に隔離されているのか、なぜあの人工島はあれほどまでに対侵入者迎撃用のトラップが充実しているのか……それをした者の目的を探っていた。


(驚いたのはマキナの父親……世界の技術一世紀は進めたって言われてる天才科学者。表舞台から姿を消して十年以上……集めた情報だと、いまはずいぶん不審な動きをしてるみたいだね。世界の各地、ソレも辺境と言われるような土地を買ったり、使い道がなさそうな骨董品を大金で購入したり……)


 そこまで考えたあと、アリシアは端末に表示されている世界地図に記された点……マキナの父親が購入したと思わしき土地を見ながら、真剣な表情を浮かべていた。


(……ほとんどは土地的な価値は無い。だけど、なんだろう? なにか引っかかるね……買い方に規則性が無さ過ぎる。いったいなんの目的でこんな小さな土地ばかり……いや、待てよ。これ、もしかして!?)


 一見すると全く法則がなくバラバラに世界各地の土地を買っているように見えたが、アリシアにとっては見過ごせない可能性が浮上してきた。


(……ここも、ここもだ。やっぱりそうだ……買った土地の中に『七星魔獣』が住んでた土地がある!)


 七星魔獣……それは、世界の魔力溜まりと言われる土地に、膨大な年月をかけて溜まった魔力によって生まれる星が生み出したとすら言える桁違いの強さを持った魔獣。生ける災厄とも呼ばれた怪物たち……。

 ただそれはもう過去の話だ。七星魔獣はすべて、他ならぬアリシアによって討伐されており、すでに魔力溜まりと言われた土地も、新たな魔獣が生まれないように処理を終えている。


(……七星魔獣は全部私が倒したし、巨大な魔力の塊である死骸を残すなんてヘマもしてない。だけど、そう、例えば……地中深くまで探せば、魔力が宿った鉱石のひとつやふたつは見つかる可能性もある。そして、こいつが買い漁ってる品も、ほとんどはタダの骨董品だけど、いくつか魔力が宿ってると思えるようなものがある)


 ここにきて初めて見えてきた、マキナの父親の行動の共通点。アリシアはその方向で当たりを付け、さらにいくつかの資料を見ながら思考を進めていく。


(魔力のある品を集めている。そう仮定した場合、コイツの目的はなんだ? まさか……持ってるの? 『大邪神のコアの欠片』を……)


 そこまで思考したあと、アリシアはスッと空間を撫でるように指を動かし、時空間魔法で作り出した空間に移動した。

 そこには彼女が絆を紡いだ者たちの墓があり、その奥には……割れた水晶玉のようなものがあった。


 それはかつて希望の英雄であるアリシアが絶望の大邪神を打ち破った際に破壊した、大邪神のコア……アリシアの攻撃によって粉々になったコアは、大邪神が消滅した際の衝撃で世界の各地に飛び散っていた。

 そしてアリシアはイリスとの約束である旅の途中で、見つけた欠片の回収も行っていた。


(私が回収したコアの破片は8割ほど……残りの2割を見つけて所持しているって可能性がないわけじゃない。いや、持ってると仮定して考えたほうがいい。だけど、だからといって、ソレを持っててなにか意味があるのかって言われると……別になにも無いよね?)


 そう、大邪神のコアの欠片は別にそれ自体になんら危険性があるわけではない。大邪神はすでに滅びており、せいぜい『神の魔力が僅かに残っているかもしれないガラス片』程度の品と言っていい。

 だからこそ特にアリシアも焦って回収しているわけではない。ただ、なんらかの要因が噛み合って事件に発展する可能性がないともいえないので、旅の途中で見かけたものは回収しているだけだ。


(ゲームやアニメじゃないんだ。別に大邪神のコアの欠片を集めたって、大邪神が復活するわけじゃない。復元したとしても大き目の魔力が宿った水晶玉以上のものになるとは思えないし、そもそも大半を私が持っている以上コアが完全な形で復元されることはあり得ない。じゃあ、マキナの父親はなにをしようとしてるの? 集めれば大邪神が復活するって勘違いしてる? だから、魔力のある品を……う~ん、どうもしっくりこない)


 一度頭に思い浮かんだ考え、かつての宿敵ともいえる大邪神の復活の可能性……しかし、それでは説明できない部分が存在する。


(大邪神の復活や七星魔獣の復活が狙いだとしても、それだとマキナの現状に違和感がある。それこそ、マキナの力は『探す段階』で重要なはずだけど、魔力のある品を集めるのにマキナの力を利用してない。分からないなぁ、どうにもマキナの現状と魔力のある品が結びつかない。私が考えすぎなだけで、魔力のある品の収集とマキナにはなんの関連性も無いのかな?)


 そこまで考えたあと、アリシアは気持ちを切り替えるように首を横に振り、再び手を動かして特殊な空間からビルの屋上へと戻った。


(まぁ、引き続き調査するとして……明日、いやもう今日か……マキナにどんなお土産買って帰ろうかな。マキナがよく知らないものの方が喜んで……よく……知らない……待てよ)


 カチリと頭の中でパズルのピースが噛み合うような感覚と共に、アリシアは表情を鋭く変えて再びすさまじい速度で思考し始めた。


(盲点、いや落とし穴だった。私は魔力も魔法も知ってる。だけど世間的にはおとぎ話……世界からすでに魔法という技術は失われてる。マキナの父親が『魔力について知らない』可能性も十分にあり得る。そう、考え方を変えるんだ。集めた品に魔力が宿っているとは知らない……だけどもし、『なんらかの神秘の力が宿っている』ってことだけは気付いてるとしたら? 『魔力をなにか別の力と勘違いしている』とすれば……)


 アリシアは再び携帯端末を取り出し、凄まじい速度で操作していく。彼女が長年の旅で身に着けた技術は多岐にわたり、その中には超高度なハッキング技術もある。

 それを用いていくつかのあたりを付けたデータベースを調べていくと……。


(買いそろえた品々の中で、特にマキナの父親が大金を詰んで買っているのは……『聖遺物』の認定を受けている品々。聖遺物、神の力……可能性としてパッと思い浮かぶのは、死者の蘇生、永遠の命、世界の支配、超人への進化……どれも定番だけど、どうもしっくりこない……けど、なんだかザワザワする。この感覚は、経験上無視するべきじゃない……もっと細かく、マキナの父親についての情報を……うん? これは……)


 高速で動かしていた指を止め、端末に表示された情報を食い入るように見つめるアリシア。それはマキナの父親が表舞台から姿を消す少し前、己のスポンサーである資産家に提出した企画書の情報だった。

 即座に却下されて融資を得ることはできなかったようだが……その企画書はデータとして残されていた。


(……『人造神製造計画』……馬鹿げたタイトルだね。こんな企画書、頭がおかしくなったとしか思われない。実際即座に却下されてるし、これを最後にマキナの父親は表舞台から姿を消してる。内容も支離滅裂、高名な科学者が書いたとは思えないオカルトでお粗末な出来……だけど、この一文『世界を見通す力を持った救済の神』……世界を見通す力を千里眼だとするなら……気になるね。もう少し、この方向で調査してみよう)


 普段なら一笑する内容ではあったが、どうにもアリシアにはソレの企画書が気になった。もう少し詳しく調べてみようと、端末を閉じて一度空を見上げる。

 モヤモヤした彼女の心を現すかのように、夜空は暗く分厚い雲に覆われていた。










 静かな人工島の簡素な建物の中で、マキナは本を読んでいた。アリシアが持ってきてくれたその本はとても面白く、ついつい日付も変わった深夜まで読み続けてしまった。

 さすがにそろそろ寝ようと思い本を閉じ、ふと家の中を見たマキナはひとり笑みをこぼした。


 ないもないと言っていいこの島、なにもないと言っていいこの家……なにもなくただ生きているだけの自分。十数年続いてきたそれが、たった二ヶ月でずいぶんと変わったものだと……。

 アリシアと出会うまで、この家に本やゲームなどといった嗜好品が存在していることなど無かった。アリシアと出会うまで、マキナが島の外へ出かけることなど無かった。

 アリシアと出会うまで……ひとりの夜がこんなにも寂しいと感じることはなかった。


 夜が明けるのが待ち遠しい。変わったお土産を抱えて、明るい笑顔を浮かべながら帰って来るであろうアリシアを出迎えるのが楽しみで仕方ない。

 どこか幸せな胸の温かさを感じながら、眠る準備をしようとしたマキナの耳に……ヘリの音が聞こえてきた。


 すぐに千里眼の力を発動させると、大型の輸送ヘリが数機この島に……マキナの家の前にゆっくりと降下しようとしていた。

 初めての事態に戸惑いつつ、マキナは家の外に出る。すると……ヘリ数機に吊り下げられた巨大なコンテナが、マキナの家から少し離れた場所に降ろされ、次いで次々とヘリが着地してきた。

 そして、そのヘリからは白衣を着た者たちが十数人おりてきた。見覚えのある顔は……先頭に立つひとりの男だけ。


「……ついに時はきた! 今宵、神が完成する!!」


 狂ったような笑みを浮かべて叫ぶ白衣の男を、マキナはただ感情の籠らない目で見ていた。なにを言っているのか、なんの目的なのか、巨大なコンテナはなんなのか……気になることはある。

 だがそれ以上に……ヘリのライトに照らされて見える男の目が不快だった。アリシアとは全く違う、マキナを見ていない……いや、正しくは『マキナをマキナとして見ていない』。まるで機械の部品を見るような目。

 せっかく幸せだった心が、冷え込んでいくような感覚を覚えながら、マキナはまるで他人事のように考える。


 あぁ、やっぱり、この男は父親――『らしき』で十分だと……。


 そして同時に、星が見えない暗い夜でよかったと、そう思った。アリシアと一緒に見上げたこの島から見える星空を、こんな相手に汚されたくはなかったから……。












 男たちはマキナを見つけるとすぐに作業に取り掛かった。一歩でも家に入っていれば、本来ならあり得ないはずの品々が増えていることに気付けただろうが、彼らにとってマキナは人造神作成のための部品以外の何物でもなく、この場にいるのなら家に入る意味などない。

 巨大なコンテナから外に出された人造神……体の中心に巨大な黒い球体を備えた、大きさは15mほどのそれとなく天使を模したようなデザインの機械。

 手早く準備を整えた男たちによって、マキナは黒い球体……神のコアの中へと入れられた。抵抗しても無意味だと悟ったマキナは、大人しくそれに従う。


 コアの中は特になにがあるわけでもなく、ただ真っ暗な空間……マキナの体の自由に動くし、なにかしら不審なものがあるわけでもない。拍子抜けするほどになにもなかった。

 しかし、マキナの父親が起動を宣言し、コアの中が一瞬光った瞬間、マキナは苦悶の叫び声をあげた。


「うっ、ぐっ……あ、あぁぁぁぁぁ!?!?」


 それは、表現するのなら感情の濁流。頭の中にとめどなく流れ込んでくる情報……世界中の感情。苦しみ、憎しみ、悲しみ、怒り……とてつもない量の感情がマキナの頭の中を駆け巡った。

 もともとのコンセプトが世界の救済……世界から苦しみや悲しみを消すことを目的として造られた神は、マキナの力を用いて世界中の負の感情を収集する。

 それは、いったいどれほどの量だろうか? 世界に生きる『人間』だけでも数十億人、現在だけでなく過去も、そして人間ではない生物まで合わせればもはや表現するのも馬鹿らしい数。


 果たして、そんな圧倒的な情報量をただの人が受け止められるのだろうか……否、受け止められるはずがない。だからこそ神のコアは、その内部に満ちる膨大な魔力によってマキナの体を保護する。壊れてしまわないように……だが、それはあくまで部品が壊れてしまわないためにである。

 脳が焼き切れるような情報に苦しむマキナの痛みへの考慮など一切ない。マキナは爆発しそうな頭を押さえ、なにもないコアの中を転げまわる。


 それは、まるで塗りつぶされるような感覚だった。思考が、心が……世界中の負の感情に押しつぶされ、視界すらも黒く染まっていく気がした。

 もはや苦悶の声を出す力すらなく、それでも止まらない情報の濁流に己が消えてしまうような感覚を思い浮かべながら……マキナは、ここに居ない友を思い浮かべた。


(……苦しい……頭が……心が……焼き切れる……世界に溢れる感情で……私が塗りつぶされていく……助け……アリシ……)


 彼女にとって世界でただひとり、たったひとりだけの……助けを求めて名前を呼べる相手。


「……アリシ……ア……」










 夜の闇に染まったビルの屋上で、アリシアは携帯端末の画面を見ながら歩く頭をかいた。


(う~ん。神を作ろうとしていろいろな素材を集めてるのは分かったけど、肝心の場所が分からないなぁ。こんなことなら、もっと情報網とかしっかり構築しとくんだった)


 彼女は基本的に気ままに世界を巡る旅人であり、それこそ世界の危機レベルの問題にならない限り情報収集に特別に力を入れることはなかった。

 なにせ彼女はこの世界において圧倒的なほどに最強の存在なのだ。行き当たりばったりでも十分すぎるほど対処できたし、そもそも彼女を害せる存在などこの世界にはいない。

 この時はまだ情報収集能力をそれほど必要としていなかった彼女は、人造神の情報を集めるのに苦戦していた。


(まぁ、それほど慌てることもないかな? 素材とか考えると、作れるのはせいぜい劣化七星魔獣がいいところだ。世間的にとっては人類滅亡クラスの脅威だろうけど、私が苦戦するレベルの存在を造るには素材の量も質も足りなさすぎる。とりあえず、現れたらぶっ壊すぐらいでいいかな? さて、それじゃあ、長いこと調査して疲れたし、24時間営業の店で軽くなにか食べて、マキナへのお土産を――ッ!?)


 そう結論付けたアリシアは体のコリをほぐすようにグッと伸びをしたあと、夜食を食べるためにビルの屋上から街に降りようとした。

 だが、その瞬間彼女の体が……いや、心が強く脈打った。


「……ヘカトンケイルが反応してる。これは、マキナになにかが!?」


 アリシアの心には絆に特化した心具ヘカトンケイルが宿っている。そのヘカトンケイルが……紡いだ絆が、アリシアに強く告げている――マキナの身になにかあったと……。


「くそっ! マキナ!?」


 アリシアは即座に跳躍し、そのまま強く空中を蹴って加速する。一歩で空気の壁を裂き、二歩で音を置き去りにし、一直線にマキナがいる人工島へと向かう。

 いま、このタイミングでマキナを置いて街に来てしまっていたことを後悔しながら……。










 人造の神……機械の天使の瞳に光が宿る。それはすなわち、人造神の完成を意味する。それを理解したマキナの父親は、歓喜の笑みを浮かべながら両手を広げて叫ぶ。


「ついに、あぁ、ついに……神は完成した! ようやく、世界は救われる!!」


 その宣言に続くように上がる歓声。男と志を同じくして集まった者たちの歓喜の声……それを背に受けながら、男は涙を流す。

 やっと、やっとだと……十数年癒える事の無かった苦しみから、悲しみから、ようやく解放される時がきたのだと……。


「……さぁ、神よ! 私たちを、世界を……救ってくれ! この世界から、悲しみを、苦しみを、消し去ってくれ!!」


 妻を失って以来一度も感じなかった喜びを胸に、願いを口にした男……それが、彼の『最後の言葉』になった。人造神は男へ機械の手をかざし、そこから放った閃光で男を跡形も無く消し飛ばした。

 一瞬の轟音のあとに訪れる静寂、なにが起こったのか思考が追い付かず硬直する男の仲間たちに向け、人造神は機械の手を横薙ぎに振るう。

 すると再び閃光が放たれ、十数人と数機のヘリが閃光によって消滅した。


 故障? 暴走? いや、違う。人造神は、正しく神として降臨した。そして、人造神はマキナの父親……己の創造主の願いを確かに聞き届け、ソレを叶えるために行動した。

 人造神製造計画は成功だった。ただ、唯一にして最大の誤算があるとすれば……成功し過ぎてしまったことだろうか? 彼らの作り上げた神は、その思考まであまりにも神であった。そこに人間の感情はなく、願いの奥底までくみ取るような配慮も存在しない。


 世界から苦しみを、悲しみを消す……容易いことだ。


 世界から――『感情を持つすべての生物を消し去ればいい』。


 感情を持つ者が世界から居なくなれば、誰も苦しむことはない、誰も悲しむことはない。己の創造主が望んだ平和な世界が完成すると……人造神はそう結論付けた。

 たしかに、それもある意味では……救いなのかもしれない。だかそれは決して、マキナの父親が望んだ世界ではない。しかし、人造神がそれに気づくことはない。

 神はただ、世界の救済という目的を果すために動き出す。


 ありとあらゆる魔力の宿った品を素材に使い、かつて存在した神の欠片をコアに宿し、そして最高峰の技術で作り上げられた人造神の力は強大だ。

 この世界のあらゆる国の軍隊が束になっても敵わないほどに……それこそ、ほんの1日あれば世界からすべての感情持つ命を消し去ることができるだろう。


 そして人造神は機械の翼を広げ、世界救済のために羽ばたこうとして……動きを止めた。なにかの接近を察知したから……そして直後に、分厚い雲を切り裂き、流星が飛来した。


「……絆を紡げ! ヘカトンケイル!!」


 あぁ、たしかに神は完成した。人造神には世界を救うだけの力があった。そのまま行けば、創造主の願い通り人造神は世界を救済していただろう。

 ただし、それは……この世界に、かつて絶望の大邪神を打ち破り、世界を救った希望の英雄――アリシアが存在していなかったらの話である。


 数多の流星のような光を纏い、アリシアは怒りの籠った表情で人造神の前に着地する。そして、手に持った白と黒の二本のナイフ、その片方を人造神に向けて口を開く。


「ツギハギだらけの鉄くずが、私の友達を取り込んで神様気取りとか……あんまり調子に乗るなよ、ポンコツ……マキナは、返してもらう!」


 鋭い目でそう宣言するアリシアを見て、人造神は即座に攻撃の姿勢に入った。あまりにも速い攻撃行動は、人造神を作り出すにあたって素材とした、大邪神及び七星魔獣の魔力が原因かもしれない。

 意思はなくとも魔力は知っている。目の前の存在が、アリシアが……人造神と比べてなお次元が違う領域にいる強者であると……。


 両腕から放たれた閃光、自らの創造主とその仲間たちを跡形も無く消し去った救済という名の死の光。それはアリシアが振るったナイフによって、容易く切り裂かれた。

 そして次の瞬間、アリシアは一歩踏み込み容易く人造神の認識可能速度を超え、その両腕を切り落とした。


 しかし、それぐらいで神は止まらない。切り落とされた腕が液体金属のように変化し、即座に当たらな腕を作り出す。それと同時に人造神は翼を広げ、空へと飛びあがった。

 逃げたわけではない。狭い人工島の上ではなく広い上空でアリシアを迎え撃とうとしたのだ。人造神を追って飛び上がったアリシアに向けて、閃光の雨が降り注ぐが……それも凄まじい速度で振るわれたナイフによって切り裂かれる。


(腕が再生したのは、七星魔獣の一体水星獣の力かな? だけど、やっぱり弱い……古代竜以上、七星魔獣未満程度の力しかない)


 両腕と翼から閃光を放ち続ける人造神の周囲を、攻撃を弾きながら旋回しつつ、アリシアは思考を巡らせる。彼女の予想通り、人造神の力はアリシアから見れば脅威と呼べるレベルでは無い。

 それこそ倒すだけなら一瞬で終わる程度……であるならば、いまだ戦闘が継続しているのは別の要因があるから……。


(マキナは、あの中央の球体の中……魔力の流れを見る限り、術式を介していない膨大な魔力で無理やりあのガラクタに取り込まれてる。普通にあの球体を破壊したら、繋がってるマキナにもダメージが……)


 そう、アリシアが攻めあぐねている要因は、コアに取り込まれたマキナの存在だった。迂闊にコアに攻撃を加えればマキナにもダメージが及ぶ。


(でもだからって、このまま攻撃を避け続けてるわけにもいかない。私はまったく問題なくても、マキナの精神に重大なダメージが残っちゃう……)


 人造神の攻撃事態は大したものでは無く、たとえ丸一日攻撃を続けたしてもそれがアリシアに届くことはない。だがそれでは、いまもなお苦しみ続けているであろうマキナの精神が持たない。

 となれば短期決戦を狙わなければならないが……。


(あの雑な魔力結合を高速で解いて、マキナだけを無傷で救い出すのはいまの私の技量じゃ難しい……)


 と、そこまで考えたところで、アリシアはフッと笑みを浮かべた。


(なんだ。いまの私にはどうにもできない? マキナを救えない? そんなの……『いままでと変わらないじゃないか』)


 アリシアの瞳に強い意志が宿る。そう、それはいつも通りのことなのだ。彼女は決して生まれながらに無敵の存在でもなければ、万能の超人でもない。

 いままでも幾度となく困難にぶつかり、それを乗り越えてきた。そう、彼女にとって『いまできない』ことは、なんら障害などではないのだ。


「……いつもと同じだ! 『いまの私』にできないなら、『それができる私』になればいい!!」


 そう宣言すると共に、アリシアは空中を蹴り、さらに高く天へと昇っていく。そして彼女が纏う流星がひとつひとつ、アリシアの体に吸い込まれていく。


「ここが――この瞬間こそ――我が心の極致! 限界を超え――いま、世界を紡げ! ――ヘカトンケイル!!」


 アリシアの声に呼応するようにその体が光を放ち、その光が臨界点を迎えた時……夜の闇を押しのけて、希望の太陽が降臨した。

 煌めくような光を纏ったアリシアは、再び宙を蹴り、暗雲を吹き飛ばしながら一直線に人造神に向かった。









 暗いコアの中、数多の負の感情に晒され続けたマキナの心は、もはや風前の灯火と言っていい状態だった。視界も心も、魂さえも黒く塗りつぶされた。

 もはや痛みも感じない、思考する余裕も残っていない。ただ、酷く寒かった……それでもなお止まらず流れ込んでくる負の感情に、いつしかその寒さすら感じなくなってしまうのかと思うと、ほんの少しだけ恐怖を覚えたが、それすらも数多の感情に追いやられ消えていく。


 いっそ目を閉じて心を殺してしまえば、楽になるのかもしれない。だがそれでも、まだほんの少し、欠片ほどに小さくとも……マキナの心に……アリシアという希望は残っていた。

 だからこそだろうか、直後に感じた光に……マキナは暗闇の中で顔を上げた。


(……光……温かくて優しい……あぁ、これは感情……『希望の光』……)


 その光は冷え切っていたマキナの心に温もりを届け、少しずつその魂に活力を呼び覚ましていく。


(あぁ、そうだ……世界に満ちているのは苦しみや悲しみだけじゃない。私はそれを彼女に……アリシアに教えてもらった)


 震える体に力を入れ、マキナはどこから差し込んでいるかも分からない光に向けて必死に手を伸ばす。なぜかは分からない、根拠もない。だけど、この光の先にアリシアがいると確信できたから。


「……アリシア」


 彼女にとっての希望の名が紡がれるのとほぼ同時に、伸ばした手を力強く誰かが掴んだ。いや、誰か、など……分かり切った話である。


「マキナ!」

「ッ!? アリシアっ!!」


 強く手を引かれ、微かな浮遊感と共にマキナはコアの外へと引っ張り出される。


「ごめん、待たせちゃったね」

「ううん……来てくれて、嬉しい」


 髪の毛のひとつひとつが光り輝き、まるで全身に輝きを纏っているかのようなアリシアを見て、マキナは安堵と共に綺麗だと、そう感じた。

 アリシアが纏う光はかなり強いはずなのに眩しさは感じず、むしろ温かさだけが伝わってくるようだった。そしてマキナはすぐに、この輝きが暗闇の中から自分を引き上げてくれた光なのだと理解した。


(アリシアのこの輝きは未来を……幸福を願う希望の光。すごく温かくて、安心する)


 縋るように手を伸ばししがみ付くマキナを片手で抱きよせ、アリシアは優し気な笑みを浮かべる。


「さてと、捕らわれのお姫様も無事に助け出したことだし、これでお姫様がほっぺにキスでもしてくれたら無事ハッピーエンドなんだけど……まぁ、その前に、ガラクタを片付けちゃおうかね」

「え? あっ……」


 アリシアの言葉を聞いてマキナが顔を動かすと、コアを破壊されて落下していく機械の天使……人造神の姿が見えた。

 まだ完全には機能停止していないのか、落下しながら手を伸ばしそこから光を放とうとしていた。アリシアの纏う光とは違う、無慈悲な破壊の閃光を……。

 だが、それが放たれるより早く、アリシアは白いナイフを天に掲げた。すると甲高い振動音と共に、そのナイフに希望の光が収束されていく。


「……ピアーズ・ホープ!」


 放たれた希望の光は、夜の闇を裂き天から落ちる流れ星のようにも見えた。温かき光を纏う流れ星は、破壊の閃光を容易く打ち砕き、人の手によって作り上げられた名も無き機械の神を消滅させる。

 人造神が完全に消滅したのを確認したあと、アリシアは片手で抱えていたマキナの体をお姫様抱っこの形で抱えなおし、明るい笑顔を浮かべながらどこか軽い口調で告げた。


「なんていうか、あいかわらずアグレッシブな人生送ってるねぇ~」

「ふふ、うん。そうだね。本当におとぎ話みたいな話だよね」

「……どっか痛いところとかない?」

「ううん、大丈夫……けど、安心したからかな、少し疲れちゃったよ」


 アリシアの首に手を回し、安心しきった表情で微笑むマキナ。苦しみはあった、辛さもあった……だけど、いまはそう、それ以上に彼女の心には喜びが満ちていた。


「……本当に、本当に……アリシアが来てくれて、助けに来てくれて嬉しかった」

「当たり前だよ。たとえ世界の裏側に居たとしても、全力で駆け付けたよ……だって、マキナは私の親友だからね」

「……うん!」


 マキナは他の誰でもなく、アリシアに助けに来てほしかった。そしてその願いは届き、アリシアは彼女を助けに現れてくれた。それが、どうしようもなく嬉しかった。


「……アリシアは……私の英雄(ヒーロー)だね」

「えぇ、そこはせめてヒロインって言ってほしいなぁ。私これでもうら若き……若いかどうかはさておいて乙女なわけだしね。変更を要求する!」

「う~ん……やっぱり、ヒロインよりヒーローの方が合ってるよ。だってアリシア、カッコいいもん。というわけで、変更は却下されました」

「なんてこった……」

「ふふふ」

「……あはは」


 雲より高い空の上、ふたりの少女は明るく笑い合う。いまこうして一緒にいる幸福を噛みしめるように……。

 そのままひとしきり笑ったあと、ふとアリシアがなにかに気付き、優しげな声でマキナに話しかけた。


「……ほら見て、マキナ……夜明けだよ」

「うわぁ……綺麗だね」


 ふたりの視線の先、雲の海を照らしながら登ってくる眩しい太陽。それは、新たな始まりを祝福するようにも見えた。


「……さて、ともあれこれで一件落着。マキナも疲れてるみたいだし、そろそろ――」

「アリシア」

「――うん?」


 そろそろ戻ろうと口にしかけたアリシアだったが、直後に名前を呼ばれてマキナの方を振り向く。するとマキナは、流れるような自然な動きでアリシアに顔を近づけ……。


「――ちゅ」


 ……頬に、軽く触れるキスをした。


「なぁっ!? うぉっ、あぶっ!?」


 完全に予想外の不意打ちに、アリシアは術式の制御を間違えて空中で足を踏み外しかけたが、なんとか踏みとどまった。

 そして珍しくかなり慌てた様子で、マキナに向かって叫ぶ。


「い、いきなりなにすんのさマキナ!?」

「……これで、『ハッピーエンド』、だよね?」

「……」


 マキナがいたずらが成功したような顔で笑いながら告げると、アリシアは一瞬キョトンとしたあとで噴き出した。


「……ぷっ、あはは! そういえば、そんなこと言ったね。うん、そうだね。これで文句なしに……ハッピーエンドだね!」





~特に関係のないおまけ・好みを探せ! 母性キャラ五選~




①クロムエイナ


言わずと知れた我らがメインヒロイン兼メインヒーロー。母性のタイプとしては優しく導いてくれるタイプ。

弩級のお金持ちで、お小遣いで100万とかポンとくれるのでヒモになるなら最適の相手のように思えるが、たぶんそうはならない。


基本的に人を育てるのが大好きで、いままで25万人以上の雛鳥を育て上げた実績は伊達ではなく、甘えてるつもりが気付いたら立派に成長して自立している可能性が高い。

優しく育ててほしいなら間違いなく最高の相手である。


ただし、ベビーカステラを山程食べる覚悟は必要



②イルネス


現状母性と言って真っ先に思い浮かぶキャラと言っていい。母性のタイプとしては献身、つまりは支えてくれるタイプ。

優しくて有能な上、家事は万能だし、要所要所でこちらを立ててくれる気配り上手。


甘えたいときはたっぷり甘えさせてくれて、逆に頼られたいときは頼ってくれるので自尊心も満たしてくれる。


ただし天性のダメ男製造機と言ってもいいので、油断するとすぐにイルネスがいないとダメになってしまう。



③エデン(マキナ)


いまがホット……ホット過ぎて溶岩みたいな母性キャラ。基本的に全肯定タイプ。

とにかくこれでもかってほど滅茶苦茶甘やかしてくれるし、生きてるだけで褒め倒してくれる。


ただし、彼女は『決して自分から進んでは助けてはくれない』という点は覚えて注意しておかないといけない。

というのも彼女は我が子の『不幸も破滅も愛おしい』ので、例えば選択肢の先に破滅が待ち構えてるとしても、助言も忠告もしてくれず『あぁ、破滅に向かう我が子も可愛いよぉ』って感じに、オリジナル笑顔で見てる。


こちらから助けを求めたり頼ったりすれば助けてくれるが……こちらにも注意が必要。というのも助けを求めたり頼ったりするたびに、内部で『ヤンデレゲージ』が蓄積されており、それが100%まで溜まるとヤンデレモード突入する。

気が付けば専用に作った惑星だとか、空間に拉致られてるかもしれない。


なお我らが主人公快人くんは、『顔合わせた時点でヤンデレゲージ90%以上スタート』という激烈難易度。日によっては『顔合わせただけで100%』とかもある。

セ●ムたちがいなければとっくに拉致られているだろう。


余談ではあるが、アリスとクロに弱いので、そのふたりを味方につけておけば高確率で撃退してくれる。



④ノア


母性的なキャラという印象は強くないが、実際に一児の母であり、優しさと厳しさのバランスがいい安定型。やや天然気味ではあるが、一緒にいてホッコリするタイプ。ママというよりはお母さんって感じ。

強烈な特徴もないが、これといった問題点もないので、可愛いお母さんとのんびり過ごしたいとかだと最高の相手。


一緒にお茶したり、買い物したりするととても楽しいタイプ。



⑤シア


正直母性的というよりはツンデレお姉さんみたいな感じではある。口は悪いがなんだかんだでいろいろ世話を焼いてくれるツンデレタイプ。

慣れるまでは機嫌が悪そうに見えるが、なれればすぐにその表情がデフォであり別に機嫌が悪いわけではないとすぐに気付ける。


間違ったときに厳しく叱って導いてくれるタイプなので、大変ではあるが一緒にいると自分の成長を実感できるかもしれない。

ただし、彼女が用意した食べ物は基本食べてはいけない。常人なら辛さで死ぬ。



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― 新着の感想 ―
[一言] …いつか…快人きゅんとエデンちゃんとアリスたん3人でピーして欲しいな…(*´﹃`*)
[一言] ……あれ、主人公アリシアだっけ?
[一言] 更新お疲れ様です!マキナさんの危険に迫り危ない所でしたがアリスさんいたら安心できるな でもアリスさんがいなかったら本当に不味い事になってたな そして後書きはイルネスさんとクロさんだな 次も楽…
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