巨獣と対峙した
いよいよ狩猟大会の日。リグフォレシアの街には一夜前と比べ物にならない程の人が居て、正しく祭りと言った雰囲気だ。
「そう言えば、レイさん。狩猟大会の優勝って、どうやって決めるんですか?」
「量と質だね。森には多種多様の動物や魔物が存在して、種類ごとにポイントが定められていて、その合計で競い合う。勿論強力な魔物程ポイントも高くなるが、危険度も増すね。まぁ、毎年大勢参加するから、いざ危なくなっても近くにいる参加者が助けに入ってくれるよ」
「そうなんですか……一番強い魔物と言うと、何が居るんですか?」
皆で街中を歩きながら、レイさんに狩猟大会について尋ねてみる。
順位はポイント制で競うみたいで、弱い動物を大量に狩るか、強力な魔物を討伐するかは個人の裁量になるみたいだ。
どうやってポイントを集計するのかは謎だけど……討伐証明の部位でも持ち帰るのかな?
「一番は『ブラックベアー』だね」
「ブラックベアー? レッドベアーというのは聞いた事がありますが、似た感じのものですか?」
「いや、レッドベアーとブラックベアーは似て非なるものだね。レッドベアーは肉も良質だし毛皮の質も良いから、獲物としては非常に人気がある。だけどブラックベアーは肉は毒があって食べられないし、毛皮も加工しづらく益の少ない害獣と言って良い存在だ」
「へぇ」
「何より強さがまるで違う。レッドベアーは猛獣ではあるけど、魔法が使えるなら簡単に狩れる程度。しかし、ブラックベアーはワイバーンに匹敵する程強い。動きは鈍重だけどパワーが凄まじく、毛皮も鉄の様に硬いから生半可な技量じゃ傷さえつけられない」
ワイバーンと言うと、どうもクロに瞬殺された印象が強いのだが、アレはクロが強すぎるだけで、ワイバーンは非常に強力な魔物らしい。
ワイバーンを単独で討伐出来れば、人族としては最高クラスの戦闘力を持つらしい。
「大半の参加者は避けるだろうけど、リリアちゃん、ルナマリアちゃん、ジークなら単独でも十分討伐できるだろうし、優勝を狙うなら、このブラックベアーを何体狩れるかが鍵になるだろうね」
「……レイさんも狙うんですか?」
「いや、私は魔導師を引退して長いからね。ブラックベアーとなると、少々骨が折れる。出来れば他で稼ぎたいところだね」
「リリアさん達は、優勝できそうですか?」
レイさんは過去何度も狩猟大会に参加しているらしく、様々な事情に詳しい。なのでリリアさん達が優勝できる可能性があるかどうか、尋ねてみることにした。
「……正直、厳しいだろうね」
「ッ!?」
「可能性が無いとは言わないけど……今回はやはり賞品の影響もあってか、例年より参加者が遥かに多い。エルフ族からも警備隊の隊長が参加するみたいだ。だけどそれ以上に……今朝少し見て回ったんだが、明らかに格が違うのが二人居た」
「格が違う? そんな強い方が?」
「ああ、一人は『ピンクの髪の妖精族』だ。妖精族とは本来あまり強い力は持たないものだが、あの少女の魔力は私より遥かに大きかった……大妖精クラスかもしれない」
うん? それって……何か聞き覚えのある容姿の様な気が……
「そして、もう一人は『黒い甲冑の騎士』……身のこなし、纏う雰囲気、魔力、どれをとっても凄まじい。もしかして高位魔族クラスの力があるかもしれない」
「……」
ラズさんとノインさんじゃないか、それ……確かに、ノインさんは元勇者であり、魔王を倒したほどの実力者。
そしてラズさんは強さこそ不明だが、アハトは姐さんと呼んでたし、ノインさんも敬意を払って接していた。妖精族の中でも名の知れた存在なのかもしれない。
そっか、レイさんの見立てでは、ラズさんとノインさんが優勝最有力候補なのか……もし、どっちかが優勝したら、世界樹の果実を譲ってもらえないか相談してみよう。
どちらも優しい方だし、事情を説明すれば納得してくれるかもしれない。
まぁ、一番良いのはリリアさん達が優勝する事だけど……
「うわっ、宮間先輩! 葵先輩! 凄いお店の数ですよ!」
「確かにこれは凄いな」
「ええ、本当に大きなお祭りですね」
リリアさん達を開始地点まで見送ったのは良いが、俺達は魔物や猛獣が居る森に入る訳にはいかず、狩猟大会が終わるまでは手持無沙汰になってしまい、三人で出店を見て回る事になった。
お祭りが好きなのか、柚木さんは楽しそうにはしゃいでおり、その様子を楠さんと共に苦笑しつつ眺める。
「そう言えば宮間さん。昨日偶々見かけたんですが、あの妖精と甲冑の方はお知り合いですか?」
「ああ、ほら、前に話したと思うけど、クロの家族のラズリアさんとノインさんだよ」
「え? じゃあ、あの甲冑の方がお米などをくれた……お礼を言えば良かったですね」
「明日もあるんだし、話す機会はあると思うから、その時に言えば良いさ……それより、柚木さんが見えなくなっちゃうから、急ごうか」
「……もう、陽菜ちゃんったら、はしゃぎすぎですね」
ラズさんかノインさんが優勝したとしたら、交渉の為に訪ねてみようと思っているし、考えなければいけない事も多いだろうけど……今は、一先ず狩猟大会の事も、リリアさん達の事も置いておく事にしよう。
現状俺に出来る事は応援する位だし、心の中でリリアさん達を応援しつつ、今は宝樹祭を楽しむ事にしよう。
「せんぱ~い! 早く、来て下さい!」
「ああ、今行くよ」
考えを纏めてから、楠さんと一緒にこちらを呼ぶ柚木さんの所へ向かった。
楠さん、柚木さんと一緒に楽しく出店を見て回り、時刻は昼時に近くなってきていた。
「あれ? 出店が少なくなってきましたね?」
「ああ、ほら、あそこに壁が見えるし、ここら辺が最後なのかもしれない」
「成程! じゃあ、あの壁にタッチして、Uターンですね!」
大分進んで来て出店も少なくなり始め、少し先にはぐるりとリグフォレシアの街を囲む木の壁が見えてくる。
どうやらここが出店の終点らしく、柚木さんは楽しそうな様子で壁に向かって駆け出していく。
「元気だな~」
「中学の頃からお祭りが好きな子だったんですよ。文化祭とかもう大はしゃぎでした」
「あはは、柚木さんらしいね……っと、そろそろ12時か。たしか、狩猟大会って14時までだったっけ?」
「ええ、確かその筈です。お昼はどうします? リリアさん達が戻ってからにしますか?」
「う~ん。とりあえず柚木さんにも聞いてみ――ッ!?」
「なっ、何の音!?」
昼飯についてどうしようかと楠さんと話していると、突然何かが崩れる様な大きな音が聞こえてきた。
その音のした方向……柚木さんが駆けて行った方向に慌てて視線を向けると、木造りの壁があった位置から大きな土煙が上がっていた。
「柚木さん!」
「陽菜ちゃん!」
そちらに向かっていた筈の柚木さんの名を、俺と楠さんが呼ぶ。
そして、それとほぼ同時に土煙が晴れて行き、柚木さんが立っているのが見えてホッと胸を撫で降ろしかけた瞬間――信じられない光景に目を疑った。
柚木さんの少し前、崩れた壁から土煙を押しのけ、四メートルをゆうに超える漆黒の熊が姿を露わした。
「ぶ……ブラックベアーだ!!」
「結界魔法が破られたのか!?」
俺達がその姿を確認すると同時に、周囲からも悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。
なんで、気付けなかった? 感応魔法で接近を読みとれなかったのは、結界魔法があったから? ともかくあの位置は不味い!?
ブラックベアーは柚木さんの姿を確認し、そちらに向かってゆっくりと歩を進める。
「陽菜ちゃん! 逃げて!!」
楠さんが柚木さんに向かって叫ぶ。
大丈夫……大丈夫だ。柚木さんは物凄い身体強化の魔法が使える。ブラックベアーは鈍重だってレイさんも言ってたし、まだ数メートル距離があるから余裕で逃げ切れ……
「……ひっ……ぁっ……」
「くそっ!?」
「宮間さん!?」
柚木さんの口から震える声が零れ、直後に俺は柚木さんの方へ向かって駆け出した。
馬鹿か俺は! 対処出来る能力がある事と、実際に対処出来るかどうかは別だろうが!
16歳の女の子だぞ……いきなりあんな化け物が目の前に現れて、冷静に最善の対応なんて出来る訳が無い!
柚木さんに向かって一直線に駆けながら、俺は手に魔法陣を浮かべる。
それに呼応する様に俺の体からはタガが外れた様に魔力が漏れ出し、クロに教わった魔法を使う準備を整えて行く。
俺は聖人君子でも何でもない。見ず知らずの人間を命がけで助けたりなんて出来ない。
だけど……知り合ってしまったら無理だ。俺は臆病者だから……友人を見捨てる勇気すらない程の臆病者だから、柚木さんをここで見殺しになんて出来ない!
時間にして数秒……柚木さんの元に辿り着いた俺は、棒立ちの肩を全力で引き、柚木さんとブラックベアーの間に割って入る。
後方に投げ飛ばされる形になった柚木さんが尻餅をつくのと同時に、ブラックベアーは割り込んできた俺の姿を見て速度を上げて迫ってくる。
俺はバトル漫画の主人公でもなければ、勇者でもない。ロクに喧嘩をした事も無ければ、運動能力だって同年代の平均よりやや下程度しかない。
そんな俺が、元宮廷魔導師のレイさんが骨が折れると語ったブラックベアー相手に勝率があるかと言われれば、無いだろう。
例え仮に俺の手にブラックベアーを一撃で殺せる剣があったとしても、俺にはそれを当てる事すら出来ないと思う。
ロクに喧嘩もした事が無い人間が、初めての実戦で思い通りに立ちまわれる訳も無い。パンチの一つすらまともに打つ事は出来ない……だから、クロに戦闘用の魔法を教えてもらう時、一番初めにそれを考えた。
ロクに戦う事が出来ないのなら、強制的に身を守れる術があれば良い。
俺の唯一の武器は感応魔法によってもたらされる感知能力。これだけなら六王であるクロとほぼ同時にワイバーンの接近を察知できる程だ。
だからそれを最大限に生かせる魔法を考えてもらった。
クロには出来れば使うなと言われていたが、現状俺に他の手段は無い。
準備が整ったのか体から一気に魔力が噴き出し、手に浮かべた魔法陣が一際強い光を放つ。
そして俺の眼前に辿り着き、丸太の様な手を振り上げるブラックベアーに対し、俺はたった一つの諸刃の剣を抜き放つ。
「オートカウンター!」
魔法の名前を口にすると、体は思考だけを残して全て俺の制御下から外れ、噴出する魔力によって精度が遥かに増した感応魔法により読みとった敵意ある魔力に反応し、強制的に体を動かし始める。
拝啓、母さん、父さん――『男には無理をしてでも決めなくちゃいけない時がある』ってのは、父さんの口癖だったかな? 今がその時かは分からないけど、喧騒の中で俺は――巨獣と対峙した。
70話以上かけて、快人初めての戦闘ですね。
ちなみに、
快人
攻撃力15
防御力50(衣服の素材込み)
素早さ20
ブラックベアー
攻撃力130
防御力120
素早さ30
くらいの差があります。
まぁ、実力者は多いので、時間さえ稼げばなんとか……




